06:ショーのお話

 僕は次の話を投稿した。ユウキとチエミがサッカーの観戦に行く話だ。そこで、カバンに隠れていたリョクが出てきて大騒ぎ。

 閲覧数とブックマーク数は相変わらず伸びないが、自分では満足している。

 篠原の作品はというと、ついに累計ランキングの下位に食らいつくようになった。

 桜口さんも、順調に投稿を続けている。

 そうこうしている内に、校外学習の日になった。




「晴れたわね!」


 深田は天に向かって両手を突き出した。

 黒のプリーツスカートにベージュのセーター、それにショルダーバッグという恰好。

 胸元に食い込むバッグの紐が目の保養、いや、何でもない。


「よかったね、ゆかりちゃん」


 対する桜口さんは、デニムにピンクのカーディガン。私服も地味だろうと思っていたのだが、意外と華やかな色彩だ。

 僕と篠原は、服装には無頓着なので、特にお洒落などしていない。


「じゃあ、一旦解散な。十二時の集合、忘れるなよ!」


 そう言って篠原は、深田と一緒に意気揚々とジェットコースターに向けて駆けて行った。


「えっと、上野くん。あたしたちはまず、マジックハウスだったね」

「うん、行こうか」


 僕たちは、周りの目を気にしつつ、パークの奥へ歩いていく。

 女の子と二人っきり。それは、こういうテーマパークにおいては珍しくもない光景なのだが、いざ自分がそういう立場に置かれると、そわそわして仕方がない。




 マジックハウスとは、背が大きく見える鏡や、トリックアートが置かれているアトラクションだ。

 はっきり言おう。子供向けである。僕たちの他には、小学生くらいの子供とその親しかいなかった。


「見て、上野くん。こうすると、わたしの方が上野くんより背が高いよ!」


 桜口さんは、案外楽しんでいるようで、いちいち感嘆したり、写真を撮ったりしている。

 それを見ているだけで、僕はどうにも幸せな気分になる。

 もし僕に妹がいたら、こんな感じなのだろうか。


「わわっ、床がゆがんでるよ!」

「桜口さん、気をつけて!」


 よろけそうになる桜口さんの手を、僕はぎゅっと引っ張る。


「あ、ありがとう」

「どう、いたしまして」


 桜口さんの体温が、右手に残る。僕はそれを逃さないように拳を握りしめる。

 ……何やってるんだろう、僕は。

 それから、いくつかのアトラクションを体験した僕たちは、少し早めにレストランに着いた。




 篠原と深田は、遅れてやってきた。


「ごめんごめん! 思ったよりも混んでてさあ」


 深田が言うと、桜口さんが首を振る。


「ううん、いいの。楽しかった?」

「そりゃあもちろん。篠原ったら、すごい叫び声上げててさ。あんたらにも聞かせてやりたかったわ」


 僕たちは、それぞれ好みの洋食を注文する。僕はハンバーグだ。


「並んでたら、他のクラスの連中と出くわしてさ。深田と付き合ってんのか、って聞かれちゃったよ」

「違うのにねー」


 幸運なことに、僕と桜口さんは同じ学校の人と出くわさなかった。きっと、子供向けのアトラクションばかり選んでいたせいだろう。

 僕はハンバーグを切り分けながら、篠原と深田のやりとりを黙って見つめる。こいつら、本当に付き合っちゃえばいいのに。


「ねえ、上野くん。わたしたちもそう、見えちゃうのかな?」

「大丈夫だよ」


 何が大丈夫なのか自分でも分からないが、僕はそんな間抜けな返事をした。




 昼食後、僕と桜口さんはショーを見に広場へとやってきた。既に大勢のお客が場所取りをしている。

 丁度ぽっかりと空いた隙間に、僕たちは身体を滑り込ませる。

 思っていたよりも、狭い。

 僕たちはほぼぴったりとくっついた格好になってしまう。桜口さんのシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。


「ほ、他の場所にする?」

「いいよ、ここで」


 僕の肩と、桜口さんの肩が触れている。ここはテーマパークだ。満員電車のようなものだ。そう思うことにした。


「あっ、始まるよ!」


 トランペットの音色が高らかに鳴り響き、賑やかな音楽が聞こえてくる。

 ざわつく観客たち。前に出ようとする者、カメラを構える者、様々だ。

 僕はぼおっと突っ立ったまま、キャラクターが出てくるのを見守る。


「ニャンティだ! 可愛い!」


 桜口さんはカメラを構え、白い猫のキャラクター、ニャンティを撮影し始めた。それから彼女が大きく手を振ると、なんとニャンティがこちらにやってきた。


「お嬢さん! ニャンティが一緒に踊りたいって言ってるよ!」


 ラテン系の顔つきをした男性パフォーマーが、ニャンティを代弁する。

 そしてニャンティは桜口さんの手を取り、彼女を引っ張り出す。


「上野くん!」


 さすがに高校生が一人であの場に出るのは恥ずかしいのだろう。僕も一緒に出ていくことにする。


「はい、両手を鳴らして! ワン、ツー、スリー、ゴー!」


 パフォーマーの動きに合わせて、僕たちは踊り出す。簡単な身振りだ、しかし桜口さんはついていけていない。僕はそれが可笑しくなって笑う。


「もう、上野くんったら!」


 僕に向かってふくれっ面をする桜口さん。それがとても、可愛らしく思えた。

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