05:メモのお話

 校外学習が近づいてきた。僕たちの高校では、例年、近所にあるテーマパークへ行く。

 それがどう学習になるのかは疑問だが、ともあれ、僕たちにとっては一大イベントだ。

 四人一組で班を作るのだが、篠原の呼びかけで、僕と桜口さん、深田が一緒の班になった。


「じゃ、行程はあたしに任せなさい! どう回ったら効率がいいか、知り尽くしてるから」


 班決めをした放課後、深田はテーマパークの案内本片手に、堂々と宣言した。


「ジェットコースター系は必須だな。ショーは別にいいや」


 篠原がそう言うと、桜口さんが青い顔をする。


「わ、わたし、絶叫系はちょっと……」

「ああ、智美はそういうの苦手だもんね。上野くんは?」

「僕も正直、好きじゃないな」

「じゃあ二種類作るから!」


 深田は本にふせんを貼りながら、どのアトラクションが楽しいか語りはじめる。

 そうしてできた行程は、全員が感嘆するものだったのだが。僕はツッコミを入れる。


「なあ深田。これって、僕と桜口さん、篠原と深田で回る、ってことか?」

「そうよ。でも、お昼は一緒。これなら一応、班として名目が立つわ」


 桜口さんが、僕の顔を見て、すぐに伏せる。


「いいじゃねえか。絶叫系好き組と嫌い組で、ちゃんと別れてて」


 篠原は、深田と二人になることに何の疑問も抱いていないのだろうか。僕は、桜口さんと二人になるのは、ちょっと――緊張する。


「でしょう? お土産を買う時間もばっちり用意してるし、あたしって完璧ね」


 桜口さんは俯いたまま、何の反論もできないらしい。僕も同じだ。


「それより、桜口さん、投稿したの読んだよ」


 篠原が急に話題を変える。桜口さんの小説なら、僕も読んだ。

 以前読ませてもらった冒頭から、アスカとマモルの出会いを描いた回想シーンまでが、投稿された箇所だ。


「あたしも読んだわ。凄く良くなってた。感想もついてたしね」

「えっ、嘘?」


 桜口さんは、スマートフォンを取りだし、小説ページを開いた。


「本当だ。続きを楽しみにしています、だって」


 かあっと頬を染めた桜口さんは、深田の袖をひっぱりながら言う。


「ゆかりちゃん、どうすればいいのかな?」

「どう、って。ありがとうございます、頑張りますって返したらいいんじゃない?」


 桜口さんは、少し震え気味な手でスマートフォンを操作する。それが終わると、ふう、と息をつき、僕たちを見回す。


「感想もらえるのって、嬉しいね」

「だろ? ネット小説の醍醐味だよ」


 膨大な感想を貰っている篠原は、自信満々にそう言うが、僕は感想をほとんど貰ったことが無い。だから、桜口さんのことが正直羨ましい。まだ一話目なのに。


「で、上野くんはまだ更新しないの? そろそろ二週間経つけど」


 深田が意地の悪い目つきで僕を見てくる。彼女は僕が二週間ごとの更新だということを見抜いている。


「まあまあ、こいつはスローモーションだから。もう少し待ってやれよ」

「うん、悪いね。今ちょっと、詰まってて」

「どこで詰まってるんだ?」


 篠原が言うので、僕はユウキとチエミをどう近づけたらいいか悩んでいることを話した。


「そんなもん簡単さ。アクシデントでキスの手前までさせればいい」

「あのねえ篠原。上野くんの書いてるのはラブコメじゃないんだから」


 深田が篠原の頭を小突く。桜口が、物言いたげに僕の方を見る。


「桜口さん、何かいい案あるの?」

「時間、かな……」


 僕たち三人は、彼女の言う意味があまり読み取れない。


「ご、ごめんね、抽象的なこと言って。そのね、二人が近づくには、より多くの時間を一緒に過ごすのが大事だと思うの」

「というと?」

「二人がもっと親密になれるように、イベントを増やしたらどうかな? スポーツしたり、買い物に行ったり」

「……なるほど」


 僕はスマートフォンを取り出した。

 桜口の意見。イベントの増加。プロットを見直す必要あり。

 ユウキとチエミには、現時点で共通点があまりない。それを、特定のスポーツが好きだという設定にしたらどうだろう?

 僕はメモ帳アプリに思い浮かぶすべての事を入力していく。


「おーい上野。あまり自分の世界に入らんでくれ」

「すまん篠原」


 謝っておきながらも、目線はアプリのままだ。


「物書きって、変わってるわね」


 深田の呆れた声を尻目に、僕は入力を続けた。

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