04:作法のお話

 初めて桜口さんと話してから、一週間ほど経った頃。放課後に彼女は、僕の机にやってきた。


「ねえ、上野くん。冒頭を書いてみたんだけど、読んでくれるかな?」


 そうすると、篠原と深田も集まってくる。


「上野だけずるいぞ。オレにも見せろ」

「あたしもあたしも!」


 桜口さんが取り出したのは、プリントアウトされたA4の用紙だった。




 あなたのことをを思い出すとき。

 いつも、桜が見える。

 桜の咲かない季節でも関係ない。

 あなたと桜、それは切っても切れない関係だから。

 私とあなたが出会ったのは、あの満開の桜の木の下だから―。

「おはよう!アスカ!」

 同級生のキヨミが話しかけてくる。今日は大嫌いな体育のある日だ。

「おはよう。」

「何よ、浮かない顔してるわね。」

「体育だもん…」

 キヨミは私の頭をくしゃりと撫でると、励ますようにこう言う。

「いいじゃん、お花見ついでだと思ってさ。今日は外周だから、桜がよく見えるよ!」

 そうか、桜。桜が咲いているんだった。

 ということは、あの人と出会って、もう一年が経つんだ。




「ど、どうかな?」


 桜口さんは、両手で顔を隠しながら、身体を左右に動かしている。

 さて、どこから指摘したものか、と僕がぼんやり考えていると、深田に先を越される。


「内容はいいけど、読みにくいわね……行間、取った方がいいわ。改行後の字下げはできてるから大丈夫」


 次は篠原だ。


「ダッシュと三点リーダも気になるな、これは偶数で使うんだ。それと、セリフ内の句読点。あとは感嘆符か?」


 僕の言いたかったことは全て言われてしまった。よって、僕はルーズリーフを取りだし、添削することにしてみる。




 あなたのことをを思い出すとき。

 いつも、桜が見える。

 桜の咲かない季節でも関係ない。

 あなたと桜、それは切っても切れない関係だから。

 私とあなたが出会ったのは、あの満開の桜の木の下だから――。




「おはよう! アスカ!」


 同級生のキヨミが話しかけてくる。今日は大嫌いな体育のある日だ。


「おはよう」

「何よ、浮かない顔してるわね」

「体育だもん……」


 キヨミは私の頭をくしゃりと撫でると、励ますようにこう言う。


「いいじゃん、お花見ついでだと思ってさ。今日は外周だから、桜がよく見えるよ!」


 そうか、桜。桜が咲いているんだった。

 ということは、あの人と出会って、もう一年が経つんだ。




「わあ、本当だ。読みやすくなったね」

「そうね。縦書きだと別だけど、ネット小説はこのくらい行間があった方がいいわ。少なくとも、あたしはこのくらいが読みやすい」


 桜口は、僕の書いた字を丁寧になぞる。


「びっくりマークの次って、空白なの?」

「うん。次に記号がくるときは別だけど。あと、カッコの前に句点は要らない」


 僕も、できていないことがあるけどね。とは、恥ずかしいので言わない。


「そっか。プロットの作り方については色々読んでみたんだけど、こういった小説の作法については知らなかったなあ」

「ま、作法を気にしない人も居るけどね。あたしはどうも、読んでると気になるから、つい感想に書いちゃうわ」


 深田、こわい。僕は帰ったら、自分がきちんとできているかどうか読み直そうと思った。




 帰宅してから僕は、推敲を始めた。桜口さんに偉そうに言った手前、直しておかないとカッコ悪い。


(うわ、感嘆符の後の空白、できてないとこ多いぞ。ここの三点リーダもだ)


 ゆっくり書いているはずなのに、読み直すとこういうこともある。良かった、気付いて。

 推敲を終えた後、僕はベッドに横たわり、今後の展開を反芻する。


(竜のリョクが迷子になってしまって、ユウキとチエミは必死に探す。そして、ユウキはチエミの涙を見て、彼女にも弱いところがあるんだと気づくんだ)


 そうして縮まっていく二人の距離。それを描くのが難しい。

 どうしたら、少年と少女が惹かれあう様子を、上手く書くことができるんだろう。

 そこまで考えて、僕は自分自身が誰かに惹かれたことのないことに気付いた。

 こんな僕に、ユウキとチエミのことなんて表現できるのだろうか。


(やばいな。スランプになりそうだ)


 迷いが出てきた以上、書き進めることができない。僕の小説を待ってくれている人は、少なからずいるけれど、適当なものを提供するわけにはいかない。


(もう少し、ユウキのことを考えよう。彼は、どんな少年なのかということを)


 僕はベッドから勢いをつけて起き上がり、パソコンに向かった。

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