02:プロットのお話

 その日の放課後。僕の机の周りには、篠原と桜口、それに深田が集まっていた。


「はい、これで登録完了」

「上野くん、ありがとう」


 桜口は、とりあえず「サクラ」という名前で「マイスタイル」に登録した。まっさらなプロフィール画面。僕も最初の頃を思い出す。

 僕はしばらく、読むの専門――読み専だった。けれど、沢山の小説を読むうち、自分も書いてみたいと思ったのだ。


「童貞転生って、嫌なネーミングね」

「これくらいの方がウケがいいんだよ」


 篠原と深田は、スマートフォンを操作しながら、篠原の作品について語り合っている。

 僕は深田に、気になっていたことを聞いてみる。


「深田は、小説書かないの?」

「うん。読み専よ。感想やレビューは書くけどね。そうだ、上野くんのも教えてよ」


 僕は深田にURLを送る。篠原以外のリアルの知人に、自分の小説を読まれるのはむず痒い話だ。しかも、レビューまで書くような子に教えるとなると、緊張する。


「で、桜口さん。どんな恋愛小説を書きたいの?」


 篠原がそう聞くと、桜口さんはブレザーのポケットから小さなメモ帳を取り出す。


「まだ、タイトルと、あらすじだけなの……」


 そこには、「桜の木がわたしを呼ぶから」と書かれていた。


「桜の木の下で出会った二人が、困難を乗り越えて、結ばれるお話」


 桜口さんは、メモ帳を胸に当ててぎゅっと握りしめると、赤い顔をして俯いた。

 こんな風に、自分の構想を他人に話すのは初めてなのだろう。よくわかる。僕も、初めて篠原に小説を書いていると打ち明けたときもそうだった。


「素敵じゃない。じゃあ、さっそくプロットを立てたら? 先輩が二人も居ることだし」


 深田がそう言うと、桜口さんは目を白黒させる。


「ゆかりちゃん、プロットって何?」


 ここは僕の出番か。


「プロットっていうのは、物語の大筋をまとめたものだよ。設計図みたいなものかな」

「それがないとダメなの?」

「少なくとも僕はそうしてる」


 僕はルーズリーフとシャープペンシルを取り出した。


「さっき桜口さんが言ってた話だと、世界設定は現代、かな?」

「うん」

「登場人物は……」

「主人公は、アスカ。恋の相手は、マモル」

「それで、恋の障害って何?」

「マモルには、亡くなった元恋人がいるの。それがきっかけで、アスカとの恋に踏み切れない」

「なるほど。じゃあ、こんなもんか」




 世界観

  現代

 登場人物

  主人公 アスカ

  恋の相手 マモル

 プロット

  出会い

  恋の障害の発覚(元恋人の死)

  恋の障害を乗り越える

  結ばれる




 僕が書いた文字を見て、桜口さんが声を上げる。


「これがプロット? すごいね!」

「いいや、まだまだ不完全。ここからどんどん、肉付けしていく必要がある」

「どういうこと?」

「イベントを追加していくんだ。例えば、喫茶店でお茶する、そのときに元恋人の死を話される、とか」

「さすが上野くんね。普段はスローモーションなのに」


 深田の言葉に、悪かったな、と言い返したくなったが、やめておく。口達者な彼女から、追撃がくることが分かりきっているからだ。

 すると篠原が、口を尖らせながら言う。


「別に、プロットなんて必要ないぜ? オレ、作ってないもん」

「智美、こういうのはある種の才能がある人だけだから。初心者はとりあえず、セオリー通りにしなさい」

「おっ、深田、才能あるって認めてくれたわけ?」

「別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」


 夫婦漫才のような二人のやり取りに苦笑しつつ、僕は桜口に続きを言う。


「主人公の性格とか、職業とかは決まっているのかな?」

「まだ、ちょっと……」

「そこから始めていくのもいいと思うよ。登場人物の設定ができれば、話が進んでいきやすいからさ」

「このルーズリーフ、もらってもいい?」

「どうぞどうぞ」


 渡してしまってから、僕は少し後悔する。一応小説を書いている身だが、別に専門家というわけではない。このルーズリーフが全てだと思われては大変だ。


「あの、桜口さん。マイスタには、小説の書き方を載せてくれている人もいるから、それを読んで勉強してみるのもいいと思う。僕もそうしてたし」

「ありがとう、上野くん。そうしてみるね」


 桜口さんは、ルーズリーフを丁寧に折りたたむと、メモ帳に挟んだ。


「しっかし、小心者の智美がよく男子に話しかけられたわね」


 深田がそう言うと、桜口さんは小さな声でこう返す。


「だって、あんまり楽しそうだったから……いつも、二人と話してみたいって、思ってたの……」


 僕と篠原は顔を見合わせる。いつの頃からか知らないが、桜口さんは僕たちのことを気にしていたらしい。


「ふうん。まあ、良かったじゃない。あんたたち、これからも智美のこと、よろしくね?」


 深田はバシンと篠原の背中を叩く。けっこう強かったらしく、篠原は呻く。


「じゃ、そろそろ帰ろうか。オレ、早く帰って続き書きたいし」

「あたしも、あんたらの作品読んでみるわ。じゃあ、行きましょうか」


 僕たちは揃って帰り支度を始めた。篠原と深田は自転車通学なので、自然と僕と桜口さんが取り残されることになった。


「今日は本当にありがとう。上野くんたちに話しかけてみて、良かった」

「どういたしまして」


 桜口さんは、桃色の唇をキュッとあげて微笑んだ。ああ、こういう表情もする子なんだ、と僕は思った。

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