モノモノ~物書きたちの物語~
惣山沙樹
01:プロローグ
僕は何をするにもスローモーションだと言われる。
着替えるのが遅い、食べるのが遅い、歩くのが遅い。
僕に言わせれば、この世界がいささか急ぎすぎているのではないかと思っているのだが、きっと世間様の言うことの方が合っている。
僕はスローモーションな人間だ。
そんなもんだから、執筆のペースも遅い。
一話三千字を書くのに、大体二週間かかる。
小説サイト「マイスタイル」への投稿も、それに合わせたものになる。
よって、評判はあんまり、といったところ。ブックマーク数もはるかに少ない。
親友の篠原と比べて、の話だが。
「おい、上野。昨日投稿した分、読んだぜ」
久方ぶりの投稿。僕の数少ない読者である篠原は、僕の小説をばっちりチェックしてくれているようだ。
僕は教室で、お昼のサンドイッチをかじりながら礼を言う。
「うん、ありがとう。どうだった?」
「良かったよ。ついに同級生にバレたな。で、その後二人はくっつくんだろ?」
「一応、そういうプロットにしてるよ」
僕が書いているのは、「僕は小さな竜を飼っている」という現代ファンタジーものだ。
竜の卵を拾った主人公が、納屋でこっそりそれを飼うのだが、同級生の女の子にバレてしまう。
そして、二人で一緒に育てることになるが、それを通じて二人の親交は深まり、付き合うといった筋書きだ。
「もうちょっと投稿ペースが早かったら、伸びると思うのにな」
「僕には篠原みたいなことは無理だよ」
「ま、お前はスローモーション人間だからな」
篠原は、毎日「マイスタイル」に投稿している。
題名は、「童貞転生~冴えないオレがハーレムを作るまで~」だ。
あらすじは、タイトルのとおり。もちろんチート要素もある。
今は主人公が十二歳になったところ。ハーレム要員である三人の内二人が登場している。
かなり人気があるようで、更新するごとに感想も書き込まれるようだ。正直言って羨ましい。
「はあ、午後からの授業はだるいなあ」
篠原は、天井に両手を突きだし、伸びをする。
僕もそれにつられて、間抜けなあくびをする。
すると、長い髪を低い位置で一つ結びにした女子の姿が目に入ってきた。
「あ、あ、あのう……」
この子、確か桜口さんだっけな。地味で大人しいから、今まで一度も話したことがない。こんな風に、話しかけられるのは初めてだ。
「よう、桜口さん。どうしたの?」
篠原が、ニヤリと笑顔に切り替えて言う。誰であれ、女子に話しかけられるのは嬉しいのだろう。
「さっき、その、小説の話してたよね」
「そうだよ。オレと上野は、ネットに小説を投稿しているんだ」
僕は篠原を睨む。あまりそういうことを、よく知らない女子に言ってほしくないのだが。
桜口は、長い前髪をいじりながら、もぞもぞとしている。一体何の用なのか、中々話してくれない。彼女もスローモーションか。
「わたしにも、やり方教えてほしいなって。その、わたしも、小説書きたいの」
思ってもみなかった返答だった。
篠原は指をパチンと鳴らし、大声で叫ぶ。
「マジか! 執筆仲間、発見だ!」
その声があまりにも大きいので、周りのクラスメイト達がチラチラとこちらを見てくるが、篠原は気にしない。
可哀相に、桜口はオドオドとし始めた。
「で、どんなの書きたいんだ? やっぱり恋愛もの?」
「う、うん。よくわかったね」
「そりゃあ、女の子だもん。それに、桜口さんはバトルもの書きそうに見えないし」
そうしていると、膝上丈のスカートを揺らしたショートヘアーの女子がこちらにやってくる。
「智美! どこ行ったかと思ったわよ。で、こんなところで何してるわけ?」
「こんなところとは失礼だな、深田」
そういえば、桜口さんの下の名前は智美だったか。そして、深田の名前はゆかりだ。委員会が一緒だから、何度か話したことがある。
「ゆかりちゃん。そのね、上野くんと篠原くんって、小説書いてるんだって」
「へえ、本当に? そっか、智美は小説書いてみたいって前から言ってたもんね」
僕の机の回りに、女子が二人も。あまりない光景だな、と思いつつ、僕はコーヒーのパックにストローを刺す。
深田は僕と篠原の顔を交互に見ながら、こう言い放つ。
「で、あんたらはどういうの書いてるの?」
「オレは異世界転生もの」
「……ありがちね」
「うるせえ、読んでから言えよ」
「じゃあ、URL教えてよ。投稿してるのってマイスタでしょ? 読んであげる」
深田も「マイスタイル」を知っているらしい。彼女はどちらかというと活発な印象だったから、ネット小説を読むなんて意外だった。
「で、上野くんは?」
「現代ファンタジー。竜を育てる少年の話だよ」
「あら、良さそうね」
桜口さんは、会話に加わることなく、所在無げに佇んでいる。篠原が深田にURLを送っている間、僕は桜口さんに話しかけてみる。
「構想は、できてるの?」
「うん、なんとなく」
「ひとまずは、小説サイトに登録してみなよ」
僕はスマートフォンを取りだす。話すのが初めてなので、当然、桜口さんの連絡先は知らない。
「とりあえずラインのID教えて。それから登録の仕方教えてあげるからさ」
「あ、ありがとう」
しかし、無情にも午後の授業が始まるベルが鳴ってしまった。桜口さんは、どうしたものかと焦っている。
「また、放課後にしようか」
「わかった。席に戻るね」
僕はコーヒーの残りを一気に飲み干し、教科書を机に広げた。
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