79話 「人形と魂の会話」
『………おい……おい』
……誰だろう? 真っ暗な意識の中で誰かが女の声で話しかけてくる。
『……おい人形、何故何もしないんだ?』
何もしない? あっ、そうだ……私は大我からの愛情を失ったから死んでしまったんだ……どこの誰だか知らな私はもう何もできない、ほっといてくれ!
何も見えないが感覚はある。私は胸が嫌な思いで締め付けられるのを感じた。
『くくく、死んでしまった? 何を言ってるんだ、お前はまだ辛うじで生きているぞ』
えっ?
突如真っ暗な意識の中に緑色の巨大な蛇が浮かび上がった。先程から私に話しかけていた女の声はこの蛇のようだ。
「お、お前は誰だ、それとここはどこだ!?」
声が出せる、それと同時に自分の体も認識することができた。
『私は……嫉妬の蛇だ、お前の中に居て命を与えている……まぁ立場的にお前の母親みたいなものだな、それとここは魂の空間だ、だから私とお前は今は魂で会話している』
「魂…………ってそんなことより私のお袋は爬虫類かよ!」
マジで? 意味がわからない私の親父、古谷亮太郎は蛇と結婚でもしていたのか!?
『何か文句でもあるのか? 因みにお前の父親はあの
「……はっ? えっ……嘘だろ? そんな、嘘だ……私の親父はあの人だ! 適当な事をいうなぁ!」
私は叫ばずには居られなかった、何故なら蛇の言葉を聞いて急に私の周りから大切な人が居なくなり、ひとりぼっちになる感覚を覚えたからだ。
『おいおい、そんなに取り乱すな人形、別にあの年老いた人間が父親で無くても良いだろ?』
「うるさい、黙れ! 何度でも言う、私の親父は古谷亮太郎だ!」
『ふぅ……私が言っている事は事実なんだがな、本当の父親が聞いたら悲しむな……まぁそれは一先ず置いて置こう、それよりも人形、お前あの大我とか言う男がどうしても欲しいか?』
蛇の質問の内容に私は息を飲んだ。
「私は……」
大我、私の愛する人間……欲しい、でも……。
人形である私は人間を愛してしまった。しかしそれは報われ無い愛だ。何故なら
『私はお前を人間にすることができるぞ』
「私が……人間に?」
人間になれば大我と一緒になれる、けど…………繭ガ邪魔ダ。
「……私は、大我が欲しい、人間になりたい! けれどそれだけじゃだめなんだ」
『くくく、分かっている、あの繭とか言う人間だろ? 任せておけ、私が排除してやる』
蛇が私の身体の周りで長い胴体をこすらせながら移動して戸愚呂を巻く。
あぁ……私は落ちるところまで落ちてしまう。
大我、お前が悪いんだぞ……私を一生可愛がると誓ったのに繭を選んだ、確かにお前を手放した私も悪かった、けれど戻って来て欲しかった、人形である私を受け入れて欲しかった。
『くくく……人形、私を受け入れろ、お前を人間にして愛する者を手に入れさせてやる』
蛇は私に大きな顔を近づけて睨みつける。この瞬間もう逃げることはできないと感じた。
「ダメッ!!」
誰かが後ろから叫ぶ。
「もう一人の……私?」
振り返ると私と姿形が同じで赤い着物を来た女の子が居た。かつて夢で一度会った相手だ。
『違う、アイツはお前と姿形は同じだがお前自身じゃない、魂が違う別人だ……アイツこそがお前が父親だと言う古谷亮太郎の本当の娘だ……まぁ要するに
もう一人の私を見た時に嫉妬した、憎しみが湧いた、悲しみが湧いた、怒りが湧いた。
あいつが本物の胡蝶だとしたら私は偽物の胡蝶ということになる………畜生、家族だと思っていたのに違った、古家家のみんなは私と繋がりは無かったんだ。
「うわぁあああああん!!」
泣いた、涙が出ないが泣いた。
私は古家亮太郎の娘の胡蝶じゃなければいったい誰なんだ……私はいったい……。
『可愛そうな人形だ……もう一つ教えてやろう、お前はこのままだと本当に死ぬぞ、本来なら私の力で余裕で生かす事ができるのに
「ぐすっ……どういうことだ?」
『教えてやろう人形、お前の魂は
蛇は説明をする。どうやら本物の胡蝶は親父、古谷亮太郎が作った人形の身体に魔法を使って魂を籠めたものらしい。
しかし魂が込められた本物の胡蝶は大我の元へ届けられる段階で一度親父のもとを離れてしまっている。そこで所有権を手放されると死ぬという条件を満たしてしまった。
こうして大我の元へ来た時に魂のない空っぽの人形となってしまっている。その時に偽物の胡蝶である私の魂を籠めたらしい。
『くくく、今思えばあの年老いた人間はすごいな、オリジナルの魂を作り、それを上手く定着させる事ができるほど人間に近い精巧な人形を造った、それに対し
なるほど、ということは私の両親はどこの誰か知らない男と爬虫類ってわけか、益々泣けてくる。
『だが問題が起きた、お前の身体の中に魂を移す時に気が付かなったがまだアイツの魂が残っていた』
蛇は顔をもう一人の私、本物の胡蝶に向ける。
「化物、その子を誘惑するのをやめなさい! それとあなたも悲しまないで、あなたも胡蝶よ、私と同じ古家家の娘よ」
『くくく、それは違う、この人形の魂は私達の人格で作った、お前たち古家の者じゃない……それにしてもお前は邪魔だな、お前の魂の特性が残っていたせいで余計な制限が着いた』
本物の胡蝶と蛇が言い合いをしている。その言い合いの中で気になるワードが出てきた。
「……余計な制限? まさか私の死の条件か!?」
『その通りだ』
条件その一、所有者の愛情が無くなると死ぬ。
条件その二、所有者が所有権を手放すと死ぬ。
この二つの条件が制限になっているらしい。
『くくく、ちょうど良い、私もだいぶ力が戻ってきて自由に動けるようになってきたところだ、お前くらいなら排除できる、そうして制限を外すか』
蛇が本物の胡蝶に襲い掛かった。しかし本物の胡蝶の前に突然何千何百もの紅い蝶が出てきて羽ばたきながら風を起こし蛇が前進するのを防ぐ。
『ぐっ、年老いた人間め魂に防御策を施していたか』
今度は蛇の身体に蝶が纏わりついていく。その間に本物の胡蝶が私に語りかける。
「もう一人の私、辛いのは分かる……でも大我さんを愛しているなら身を引いて、私達ラブドールは愛し愛される事で所有者の孤独を埋める為に造られたの……だ、だから……ぐすっ、うううっ」
だんだん胡蝶が涙声になってきた。
「…………だから大我さんに恋人ができた時に私達の役目はお終い……何故ならもう彼は孤独じゃないわ」
私は胡蝶の言葉を聞いてショックを受けた。
「嫌だ………嫌だああああああっ!」
私は叫んで全力で否定した。
「さぁ、ここは私が押さえて置くからあなたはもう行って、流石にこの空間に長く留まって置くのはまずいわ!」
「嫌だ帰りたくない! 私はここであの蛇に人間にさせてもらうんだ!」
本物の胡蝶が私を帰らせるように促すが私は駄々を捏ねて留まろうとした。
「…………大我さんが貴方を待ってるわよ?」
「えっ?」
「大丈夫、大我さんは貴方と恋人じゃ無くなっても捨てたりしないわ、ずっと一緒に居てくれる、そういう人だから安心して」
「でも……それでも私は……」
私が何かを言う前に周りが眩い光に包まれて目も開けられなくなる。
……………
……。
「……おい……おい胡蝶、大丈夫か!?頼むから目をあけてくれ!」
「んっ……んー、大我か?」
目を開けると目の前に大我がいた。そして私は気がつけば大我と私の家に帰っていてベットに寝かされていた。
「良かったぁ、心配させるなよ急に倒れて目を覚まさなくなったから焦ったぞ……ぐすっ」
「……泣いてるのか?」
「うるせー! 泣いてねぇよ」
大我は否定して私に背中を向けるが声が涙声だったので泣いていた事が丸わかりだ。
「……大我、ありがとう」
「何がありがとうなんだよ、俺はお前を傷つけてばかりなんだぞ?」
「それでもお前が私の為に泣いてくれた事に愛を感じるんだ、だからありがとう」
「だから泣いてねぇよ……意味わかんねぇ」
強がる大我の背中に私はそっと抱きついた。
この時私は初めて顔から涙と言うものを流した。
私ハ人間ニ成リ始メタノカモシレナイ。
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