75話 「行ってきます」


 「はぁ……父親ってあんなもんなんだ」

 

 俺が胡蝶を連れて帰ると言った後、古家さんはすすり泣いていた。それが衝撃的だったし、何より罪悪感を感じた。

 

 繭さんもだけど、胡蝶の事も大切にしよう。

 

 その後繭さんの部屋へ行き明日帰る事を伝えると繭さんも一緒に帰る事になった。

 

 「繭、明日帰るの?」

 「そうよ夢見鳥、ごめんね長くここにいる事ができなくて、流石にこれ以上古家さんにお世話になる訳にはいかないわ」

 「……うん、分かった」

 「夢見鳥、私はこの部屋にちゃんといてあげるから古家さんの所へ行って良いのよ?」

 「え、それってもしかして繭が大我お兄ちゃんと二人っきりで仲良くしたいから夢見鳥に出ていってほしいって事?」

 

 ちょっと、夢見鳥ちゃん何言ってんの!?

 

 急に夢見鳥ちゃんが敵意の篭った目で俺を睨んで来たので焦った。

 

 「ち、違うわよ夢見鳥! もう……そうじゃなくて、次にいつ来れるかわからないの、だから今日は夢見鳥が古家さんと一緒に居た方が良いと思ったの」

 「……うん」

 「あのね、お父さんって娘の事が心配みたいなの……私も一人暮らしする時にお父さんが心配して泣いちゃってたから、だから夢見鳥もお父さんの所へ行って安心させてあげて」

 

 繭さんが理由を話すと夢見鳥ちゃんは納得したようで、部屋を出て古家さんの元へ向かった。

 

 「……はぁ、すみません大我さん、夢見鳥が急に変な事言い出して」

 「いや、別にいいんですよ、ははは……あ、そうだ、実は繭さんに聞きたい事があったんですけど」

 「なんですか?」

 「えーと、繭さんって何処らへんに住んでるんですか?」

 「えーと、○○美大の近くの○○ですけど」

 「え、そうなんですか!? 何だ、俺が住んでる所と以外に近いですね」

 

 「え、だっ……だったら今度私、その……大我さんの家に遊びに行ってもいいですか? …………なんて」

 

 繭さんは顔を赤くしてもじもじとしながら自分の髪をいじっている。

 

 ……繭さんってもしかして以外に大胆な子なのか? けど良い、かわいい。

 

 「えーと、それは良いですけど……繭さん本当に来ますか?」

 「……えっ?」

 「実は繭さんに頼みたい事があるんです」

 

 ……。

 

 ___

 

 「…………んっ」

 

 私は身体に力が戻って来るのを感じた。

 

 「胡蝶、もう大丈夫なの!?」

 「あぁ……心配かけたなボタン」

 「胡蝶、良かった……本当に良かった」

 

 ボタンが私に抱きついて頬ずりする。最初にボタンに会った時なら考えられない行為だ。最初は私を苛つかせる嫌な姉だと思ったが今では仲直りして大切な家族だと心から思っている。

 

 ボタンには世話になった。廊下で大我の私に対する愛情が薄れてしまった為に動けなくなっていた私を肩に担いで自分の部屋まで連れて来てくれた。そして今さっきまで私が自分の力で動けるようになるまで看病してくれた。

 

 「ううう、ボタンお姉様ったら胡蝶にばかり……けど今は我慢するのよバラ……うう」

 

 一緒の部屋にいるボタンの妹のバラが一人でブツブツと呟いている。きっとボタンが私に構ってばかりいるので嫉妬しているのだろう。

 

 「胡蝶……動けるようになったってことは大我様はまだあなたの事が好きなのよ、だから積極的に大我様にアピールするのよ!」

 「ははは、積極的にアピールって何すんだよ? ……さてとこれ以上はバラの奴が嫉妬するからもう行くよ、ありがとな」

 「ちょっと何処いく気よ!?」

 

 ボタンが私を引き止める。

 

 「親父の所に行ってくる………最後かもしれないからな」

 「……っ!」 

 

 ボタンが急に私の胸ぐらを掴み突っかかってきた。

 

 「あなた何逃げてるのよ! いい加減にしなさい!」

 

 バラがボタンを止めに入るがボタンはそれを無視して私に怒鳴る。

 

 「あなたと夢見鳥が居なくなった時私達姉がどれだげ悲しんだとおもってるの!? いい加減にして! もう妹が居なくなるのは嫌なのよ……ぐすっ」

 

 目の前で悲しそうに顔を歪めて私に思いを伝えるボタンを見てショックで頭を打たれる思いがした。

 

 「大我様が好きなんでしょ!? だったら思いを伝えて繭お姉様から取り返しなさいよ、自分が人形だなんで関係ないわよ! 好きなんだからしょうが無いでしょ!?」

 「…………でも」

 「言い訳するな! 胡蝶、良く聞きなさい、あなたは古家姉妹の中で一番の美少女のボタンの妹なのよ? その美しい姉の妹が男を取られるなんて許せる訳ないわ!」

 「……お、おう」

 「だから絶対に大我様を自分の物にしなさい…………そして幸せになるのよ!」

 

 ボタンに強く励まされて元気が出て来た。

 

 「……ボタン……はは、確かにそうだな、私は逃げてたみたいだ、分かったよボタン、必ず大我を取り戻してやる!」

  

 今思えば私は人間と人形の違いをはっきりと知ってしまい、ショックを受けてしまったのだ。それで大我と繭に遠慮してしまい今現在の状況なってしまった。

 

 一時は私の動力源であり命でもある大我の愛情が薄まり、死にかけてしまったが、どういう訳かこうして再び復活できた。ならばまだチャンスはある。

 

 大我はまだ私に気があるんだ、繭には悪いが再び大我は私の恋人になってもらう。

 

 大我、私はお前が好きだ、愛している……自分が人形だとか関係ねえ! お前とずっと一緒に居たい。

 

 「ボタン……いや、ボタンお姉様ありがとう、行ってくる……それと、大好きだ!」

 

 私の言葉にボタンは目を見開いて驚いたが直ぐに笑顔になって黙って頷き私が部屋を出ていくのを見送った。

 

 後からバラが嫉妬を爆発させて叫ぶ声が聞こえた。

 

 ……。

 

 廊下を歩く時に足取りが軽く感じた。さっきまで自分がウジウジと落ち込んていたのが嘘のようだ。

 

 まずは親父の所に行かないとな、やっぱり親父と離れるのは寂しい。

 

 「あっ、お姉ちゃん」

 

 廊下で夢見鳥に出会った。

 

 「何だ夢見鳥、どこかへ行くのか?」

 「えーと、お父さんの所へ行くの」

 

 どうやら夢見鳥も親父の元へ行くようだ。ちょうどいいので一緒に行くことにした。

 

 廊下を一緒に歩いていて夢見鳥が元気が無いことに気がついた。

 

 「どうしたんだ、何かあったのか?」

 

 私の問いかけに夢見鳥が悲しそうな表情をして答える。

 

 「お姉ちゃん……夢見鳥、また死んじゃってた」

 「……え」

 

 身体中に衝撃が走ったような感じがした。

 

 「繭は大我お兄ちゃんの事が大好きだから夢見鳥の事はもう構ってくれなくなるんだよね……ずっと一緒に居てくれるって言ったけど……家族って言ってくれたけど……夢見鳥は死んじゃうから離ればなれになっちゃうんだよね、ぐすっ」

 

 夢見鳥は悲しみの感情を抑えなくなりその場にしゃがみ込んでしまった。

 

 夢見鳥、そんなにヤバイ状態だったのか……私もかなりヤバイ状態だったがまだ死んではいない、私と夢見鳥とでどうしてこんなに状態に差が出たんだろう?

 

 「夢見鳥、立て、こんな所で泣くな……悲しいのはお前だけじゃない、実は私もお前と同じような目にあった」

 「えっ! お姉ちゃんも!?」

 「あぁそうだ、大我が繭の事を好きになったからだ」

 「……そう、なんだ」

 

 夢見鳥は益々落ち込んだ。そんな夢見鳥を元気づける為に肩を掴んで語りかける。

 

 「落ち込むじゃねぇ、いいか? このままだと私達はいづれ死ぬ、そうならないようにする為に二人に私達を好きになってもらうしかねぇ」

 「……どうするの?」

 「それはだな、二人に私達の魅力を伝えて大切にしてもらうんだ、その他にもっと積極的に行動して二人が喜びそうな事をしてやるんだ」

 

 今の現状を変えるには大胆に行かないとなダメだ。じゃないと大我は繭の物になってしまう。

 

 「分かった、お姉ちゃん、夢見鳥頑張るよ!」

 

 二人で手を握りあい決意を込める。

 

 「さぁ、まずは親父に別れの挨拶に行くぞ」

 

 二人でそのまま手をつなぎ親父の部屋まで行く。

 

 「親父、入るぞ」

 

 部屋の前で親父を呼んだが反応が無い。しかし耳をすますと中から親父のすすり泣く声が聞こえる。

 

 「……行くぞ、夢見鳥」

 

 私達は中に入ることにした。

 

 「親父、何泣いてんだよ?」

 「お父さん大丈夫?」

 

 親父は私達の存在に気がつくと駆け寄って来ていきなり私達二人を抱きしめた。

 

 「すまない! 僕の設計ミスだ、このままだお前達が久我君と繭さんの所で暮らすと確実に君達は死んでしまう!」

 「親父、わかってるよ……私達の死の条件は所有権が消滅した時と愛情が消滅した時だろ?」

 「……そうだ、お前達しっていたのか? なら分かるだろ? 久我君と繭さん、あの若者二人はお互いに惹かれきっと結ばれる、お前達は選ばれない……だから死んでしまう!」

 

 親父はより強く私達を抱きしめ、泣きじゃくる。

 

 「胡蝶……久我君は僕に君をくださいと言って来たよ……父親としては複雑な気持ちだったが、正直あの時はとても嬉しかった……けどダメだ、胡蝶、君は人形だ、人間である久我君と結婚するのは障害が大きすぎる、必ずうまく行かなくなる」 

 「………う、うう」

 

 私は親父の言葉が胸に突き刺さり悲しくて泣きそうになった。

 

 「夢見鳥、君にも言える事だ、ましてや君と繭さんは同性だ、君の思いを繭さんが受け入れてくれるとは限らないよ」

 「……うわああん!」

 

 夢見鳥は泣き出した。

 

 「このままでは君達はきっと幸せになる事はできない……だから今からでも遅くない、僕と暮らそうここには君達の姉達もいるし、それに僕はどんな障害をも君達に負わせない力もある」

 

 親父は最後に私達を交互に見て語り終える。それに対する私達の答えは決まっていた。

 

 「それでも……それでも私は大我と一緒に居たいんだ」

 「夢見鳥も繭と一緒に居たいの! うわああん!」

 「……このバカ娘達! 娘が死ぬとわかってるのに素直に行かせられるか!」

 

 親父は怒鳴った。そんな親父に対し私は臆する事なく自分の意見を言う事にした。

 

 「なぁ、親父は私達の幸せになる事を望んでいるのか?」

 「当たり前だ!」

 「なら分かってくれ、私達は大我と繭と暮らしたい、例えどんな結果になろうともそれが幸せなんだ」

 

 夢見鳥も私の意見に頷いた。そして二人で本気で思いを伝えようとした。

 

 ……夢見鳥。

 

 ……お姉ちゃん。

 

 二人で頷き合図する。そして言った。

 

 「「私達を作ってくれてありがとうございました、私達はこの家を離れて幸せになってきます」」

 

 土下座をして、精一杯気持ちを表す。それを見て親父はもう何も言って来なかった。それどころかフラフラとした足取りで椅子に座った。

 

 「……親父?」

 「お父さん?」

 

 親父は小さな声で呟いた。

 

 「……こんな事ならお前達をもっと人間らしく作ってあげればよかった、ミスなんてしなければよかった」

 

 以前私は自分の身体を作り変えたいと思っていた事を思い出し申し訳ない気持ちになった。直ぐに親父にかけより手を握った。

 

 「親父、気にするな、なんだかんだ言って私はこの身体が好きだ、自由自在に動かせるからな、それに親父は最高だ、何故なら私達を美少女に作ってくれたからな」

 「……胡蝶、ふふ、そんな風に思ってくれてるのか、ありがとう…………さてと、もう行きなさい……幸せになるんだよ」

 

 親父はそう言うと笑顔で私と夢見鳥の頭を優しく撫でた。

 

 「うん、行ってくる」

 「……またね、お父さん」

 

 私と夢見鳥は部屋を後にした。

 

 ……。

 

 その日の夜は私達が帰ると言うことでヒガンバナとスイカズラが大我と繭に夕食でご馳走を振る舞い、その後大我は親父と二人だけでお酒を夜遅くまで飲み交わしていた。

 

 私達姉妹全員と繭はこの前のように一緒にお風呂に入り、そして寝る時は最後だと言うことで空いている大きな広間で全員一緒に寝る事になった。

 

 私達も夜遅くまで女だけで会話を楽しみ気がつくと眠っていた。

 

 こうして私の里帰りは終わった。

 

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