73話 「大我の過去」


 俺は今一人で部屋いて静かな時を過ごしている。

 

 さっきまで常に誰かが俺の周りにいて楽しく会話をしていたのに今はいない。

 

 あっ、そうだった……一人ってこんなに寂しいものだった。

 

 俺は過去を思い出した。

 

 ___

 

 自衛隊をやめて初めて一人暮らしをした。その時解放感に満ち溢れた、これから自由に何にも束縛されずに生きていけると思った。

 

 外で働いて色んな人と仲良くなって、そして何かの偶然で出会った女の子と親しくなり交際する。

 

 そんな風に人生を生きていける。そう思った。

 

 ……。

 

 俺は世間の厳しさを知らないガキ……いやもう成人を迎えているから大人になっていた。

 

 最初は直ぐに就職先は見つかった、だが周りの仕事仲間は自分や家族の事に精一杯で誰も俺に構っている暇はなかった、精々構うとしても業務的な事だけだ。仕方ない。

 

 俺はそう思う事でこの環境を乗り切ろうとした。

 

 だがだんだん心の中に歪みが出て来る。

 

 俺はそうした日々の中で何の為に、誰の為に働いて生きているのか分からなくなってきた。

 

 かつて自衛隊にいた時俺は何の為に働いて生きていたのか明確に分かっていた気がする。

 

 簡単に言えば世のため人の為。

 

 どの仕事も全部世のため人の為にあることは理解できる。しかし自衛隊で経験した事のインパクトが大きすぎて自分の中の生き方の尺度が世間一般とズレてしまっていたのかもしれない。

 

 俺はこうした尺度のズレに耐えられなくなり、それを誰にも相談できずに自分で自分を追い込んでしまいストレスで仕事をやめてアパートに引きこもった。

 

 引きこもり生活の中で暇つぶしに借りたレンタル映画でベトナム帰りの兵士が主人公の某ワンマンアーミーの映画を見た。

 

 ……。

 

 ……寂しい、寂しい、寂しい!

 

 何なんだよこれ、何で俺は一人になったんだよ畜生、かつて一緒に辛いことや悲しい事を乗り切った自衛隊の同期はどこに行ったんだよ!

 

 辛かった、しんどかった、悲しかった。

 

 こんな所へ自分から望んで居たなんてどうかしていると思う……けど熱かった、楽しかった、やり甲斐があった、そして何より生きる事に必死になれた。

 

 あの場所へ戻りたい、けど戻れない。

 

 俺は部屋でみっともなく泣いた、そして孤独に怯えた。

 

 俺は暫くするとパソコンの電源を入れて検索サイトでキーワードを入力した。

 

 『アニメ 美少女フィギュア』

 

 昔だったら絶対に関わる事はなかったと思う、しかし俺は敢えて関わった。

 

 理由はこの部屋には人の形をした物が無い、だから寂しさを感じる、そう思ったから人の形をしたフィギュアを買おうと思った。

 

 まずは下調べだ……へえ、すごいよくできてるんだな、ふむふむ、値段も手頃……他に何かないかな。

 

 俺はフィギュア以外にもぬいぐるみ等のかわいい物を調べた。

 

 あぁ……かわいいな、美少女フィギュアは見てて飽きないしぬいぐるみはでっかい熊ぬいぐるみがもし部屋にあったら抱きついてふわふわの毛に包まれて最高の気分になれるんだろうな、何でもっと早くこの世界に気が付かなかったんだろう。

 

 ふと思った。

 

 うーん、美少女フィギュアみたいに可愛くて見てて飽きない。尚且つ大きな熊のぬいぐるみみたいに部屋いっぱいの大きさとは言わなくてもせめて等身大くらい大きさで俺を癒やしてくれるフィギュアはあるのだろうか。

 

 こんなわがままな条件のフィギュアはないだろうと思いつつインターネットの掲示板に質問を書き込んだ。

 

 すると掲示板の住人のコクーンさんもとい繭さんから幻想的人形工業のURLを教えられた。

 

 俺は早速クリックして幻想的人形工業のサイトを開いた。

 

 驚いた事にサイトには女性の人形を販売するサイトだった。

 

 なんだここ、ちょっといやらしい感じがするな。

 

 このサイトで販売されている人形は愛玩人形ラブドールというらしい。

 

 詳しく掲載されている愛玩人形の写真をみるとどれも人間と見間違える程精巧に作られていて顔は美人で尚且つ可愛い服を来てポーズを決めている。

 

 こんな子達がもし現実にいたら男はみんな虜になるんだろうな。

 

 そう思いつつ幻想的人形工業から最近発売された人形のページを開いた。

 

 この時初めて人形の胡蝶の存在を知った。

 

 …………なんだこれ。

 

 俺はページに掲載されている人形の写真を見て絶句した。

 

 なんだこの美少女は!? 

 

 この時の衝撃を今でも忘れない、今までこんなに美しい人形があることを知らなかった、もはや芸術だ。それと同時に恐怖を感じた。

 

 おい、こんな美少女を人形とはいえ俺が家に置いても良いのか? 俺はもしかして人の道を踏み外そうとしてないか?

 

 しかし身体は正直で右手が勝手に動き出しパソコンのマウスを操作して購入ボタンをクリックしようとしていた。

 

 「うわぁ! 待て早まるな俺の右手、くっ右手がうずく!」

 

 左手で自分の右手を掴み一人で寒い芝居をしながら何とか購入するのをやめようとした。

 

 「あっ、そうだ、まだこの人形の特性を見てなかった、もしかしたら内容次第では購入意欲が失せるかも」

 

 ふん、どんなに高スペック人形だとしても俺は絶対に胡蝶を買わないぞ。

 

 その決意を胸に早速紹介ページに飛ぶ。

 

 ___

 

 『球体関節シリーズ第一弾 胡蝶 商品番号○○○』

 

 幻想的人形工業の最新作にして最高傑作!

 

 ___

 

 球体関節人形? 初めて聞く単語だ。

 

 ___

 

 顔の造形は美しいのはもちろんのこと、更に幻想的人形工業専売特許の特殊シリコンを使用し人形の肌はまるで本物! リアル思考のお客様も満足する出来です。

 

 ___

 

 この人形の肌が本物の感触? 嘘だろ!?

 

 どう見ても人形の胡蝶の肌はまるで陶器のように白い肌だ、一見とてもシリコンみたいな柔らかい素材でできているとは思えない。

 

 ___

 

 更に球体関節を採用した事により従来より自由自在に人形にポーズを取らせる事ができます。

 

 ___

 

 ページの下の方に行くと外の風景に人形の胡蝶が様々なポーズを取った写真が載っていた。

 

 しかし最後の方に行くと可動域アピールの為に胡蝶に道着を着せて空手の形をやらせていた。

 

 流石にやりすぎだと思う。

 

 これでこの人形がとてもすごいものだと分かった。

 

 実際に俺が書き込んだ掲示板では胡蝶について話題になっていた。

 

 「ふぅ」

 

 一息着く。

 

 俺はすっかり購入意欲が失せていた。何故なら自分の身の丈に合わないと思ったからだ。

 

 「くくく、俺の狙い通り買う気は失せた、これで無駄遣いせずに済むな」

 

 ページを閉じる時に最後に胡蝶の宣伝文句が目に入った。

 

 ___

 

 お客様へ、胡蝶は必ずお客様の癒やしになってくれます。是非可愛がってください、そして愛する気持ちを知りませんか? また愛されませんか?

 

 是非一度検討してみてください。

 

 ___

 

 俺は夜も遅かったので布団を敷いて寝ることにした。

 

 なんだよ愛って、それは俺の孤独感を埋めてくれるものなのか? 大体たかが人形にそんな気持ち抱く訳ないだろ。

 

 俺は目を瞑り寝ようとした。

 

 …………

 

 ……。

 

 俺は直ぐに飛び起きるとつけっぱなしのパソコンから幻想的人形工業のサイトに飛んだ。

 

 なんでも良い、無駄遣いでもいい、俺はもう一人は嫌だ。

 

 そう思った俺は勢いにまかせて胡蝶の購入ボタンを押した。

 

 やっちまったぁ。

 

 俺はその日布団で悶た。

 

 ___

 

 過去の回想が終わり今を振り返る。

 

 胡蝶を買って良かった。

 

 胡蝶は俺の事が好きだ、けど俺が繭さんの事が好きだと見抜き自分から身を引いた。もはや俺の事を愛しているからそうしたのかもしれない。

 

 「あぁ、そうか……だから俺はあいつが来てから孤独を感じなかったんだ」

 

 誰かに思われる、それは同時に存在を認められていることだと思う。

 

 だからこそ一人じゃないと感じる。

 

 だったら俺も胡蝶を愛そう……家族として。

 

 俺には繭さんがいる、だから男女の愛する愛されるといった関係にななれない。たが家族としての関係なら築けるはずだ。

 

 俺は今後のあり方を考え終わると古家さんの所へ明日帰る事を伝えるために部屋を後にした。

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