55話 「見つめ続けてもいいですか?」


 「それじゃあ、行ってきます」

 「「久我様、繭様お気をつけて」」

 

 俺達はヒガンバナとスイカズラに見送られた。

 

 「さて、繭さん暑くないですか?」

 「ええ、大丈夫です」

 

 俺達は歩き始める。

 

 繭さんは水色のワンピースに麦わら帽子を被っていてそれを見ていると涼しさを感じる。それなのに俺は黒いシャツに緑のカーゴパンツとブーツを履いていて暑苦しい。

 

 「繭さんの服涼しそうでいいですね」

 「え、そうですか? ありがとうございます、大我さんの格好は変わってますね」

 「う、やっぱ変ですか?」

 「いえ、そういう意味じゃなくてそのなんて言うか普段見ない服装なのに大我さんに似合っているから私不思議に思っちゃって」

 

 俺に似合っているか……。

 

 「何だか大我さん、軍人さんみたいですね」

 「ははは、こういう格好が俺は好きなんで」

 

 やっぱ自衛隊をやめたけどまだ未練があるのかな俺。

 

 「そうなんですか?

 「そうなんです」


 それから暫くお互い会話をせずに歩いた。


 ……。


 「あの繭さん……昨日何かありました?」


 俺は勇気を出して聞いてみる。きっと俺から繭さんに聞かないと相談してくれないはずだ。


 「え、何でそう思うんですか?」


 繭さんはあからさまに声を震わせている。


 「俺の勘違いだったらすみません……繭さん朝から落ち込んでましたよね? しかも俺がヒマワリ達と出掛けようとしたときも大声でダメって言ってましたし、それって繭さんが俺に頼ろうとしてるのかなって思って……違いますか?」


 畳み掛けるように質問する。


 「……ぐすっ、ううう大我さんっ!」


 すると繭さんは泣き出して俺の名前を呼びながら抱きついてきた。


 しまった、ちょっと突っ込み過ぎたな。


 「すみません俺、繭さんに深く踏み込み過ぎました」

 「そんなことありません、ぐすっ……大我さん私苦しいんです、自分でもどうしたら良いのかわかりません、お願い大我さん私を助けてください、うわあああん!」

 「分かりました……何があったか話してください」

 「実は……」


 繭さんは昨夜温泉でボタンとバラにされたことを話してくれた。


 「……あの子達二人に動けなくされたとき私思いだしたんです昔いじめっ子の女の同級生達にされたことを……それと無理矢理キスされて、悲しくて、私の初めては大切にしようと思ってたのに、ううう」 

 「……繭さん!」

 

 俺は力強く繭さんを抱き締める。


 傷ついた繭さんに俺ができることは何だろう?  


 自分の過去を思い出し何か方法がないか考えた。


 俺も肉体的にも精神的にも追い込まれたときがあった、そのときは確か同期に相談したんだ……あいつら俺が落ち込んで相談すると飲みに行くぞって言って話を聞いてくれて最後にバカ騒ぎして帰ったんだ、それで悩みなんかどうでもよくなって救われた。


 俺は改めてかつての自衛隊にいた同期達に感謝する。


 そうだ、かつての同期が俺にしたことを繭さんにもすればいいんだ!

 

 「繭さん、ちょっと俺の筋トレにつきあって」

 「え、大我さん? きゃっ」


 俺は繭さんをお姫様抱っこしてそのまま駆け足をする。


 「しっかり捕まってください」

 「わわ、分かりました!」


 繭さんは嫌がりもせずに顔を真っ赤にしながら俺の首にしっかりと絡み付く。


 「それじゃあ行きます……駆け足、進めぇ!! 1、1、1、2」

 「た、大我さん!?」


 俺は繭さんを抱っこしたまま自衛隊の歩調を自分でかけながら走る。


 続いてそのまま走りながらレンジャー呼称をする。


 レンジャー呼称とはその場で即効で文章を考えてそれを駆け足に合わせて言いながら走るやり方だ。


 例として「今日は、天気が、いいね!」みたいにポジティブなことを言いながら走る。


 ああ、俺はなんて恥ずかしいことをやってるんだ……見ろ、繭さんドン引きしてるじゃないか、でも今ここで俺がバカにならないと繭さんはずっと元気がないままだ。


 そのまま走っていると目的地が見えてきた。


 「はぁはぁ、1、2……繭さん、意外に、重いね」

 「ちょ、もう大我さん失礼ですよ、下ろしてください!」

 

 俺は繭さんを下ろした。


 「大我さん、私もしかして太ってますか?」

 「ははは、重いって言ったのは軽い冗談ですから気にしないでください」


 息を整えて辺りを見渡す。


 「繭さん、見てくださいこの景色……すごいとしか言えないですね」

 「そうですね、まわりが全部黄色でなんだか不思議な感覚です」


 ヒマワリはどれも背丈程あり花が全部俺たちの方を向いている。


 「こ、これはなんと言うか」

 「ええ、なんか威圧感を感じますね大我さん」


 俺と繭さんは同時に苦笑いした。


 「とりあえず先に行ってみませんか? このまま道沿いに行くと上がり坂になってますからそこから全体を見渡せますよ」

 

 俺はそう言って繭さんを連れて行く。


 坂道を上がって振り返ると俺の予想通りの光景が広がっていた。


 ヒマワリ畑の黄色とそれを囲む山がバランスよく合わさって絵画のような風景が映し出されていた。


 俺と繭さんは暫くその風景を眺めた。


 「繭さん、俺を頼ってください……全力で守ります」


 「……はい、大我さん」

 

 正直になろう、俺は繭さんに惹かれていた、この子を守りたいと本気で思った。


 同時に罪悪感を抱く。


 俺は最低だ、胡蝶と別れてすぐに別の女性を好きになる、結局胡蝶が言ったように俺は情に流されてただけみたいだ……本当に最低だ。


 「うん? あれは……」


 風景を眺めていると道の奥から自動車が走って来るのが見えた。


 それをもっとよく見るとパトカーだとわかった。パトカーは俺達の前に停まると窓をあけた。


 「よお、青年とその彼女」

 「山木さん!」 


 昨日俺が世話になった警察官の山木さんだ、もしかして巡察中かな?


 「青年、朝から彼女とデートとは熱いねぇ」

 「えっと、繭さんは彼女じゃなくてなんと言うか……」


 繭さんがいつか俺の彼女になってくれたらうれしいけど。


 「いいって青年、隠すことじゃないだろ?」


 山木さんはからかうように言う。それを聞いて繭さんは俺の隣で恥ずかしそうにもじもじしている。


 「あの、山木さんはどうしてここに?」

  

 「ああちょっと通報があってね、なんでも不審な男が変なことを叫びながら少女を抱いて連れ去ってるってね……青年は何か知らないか?」

 

 お、おう……心当りがありすぎるぜ。


 「え、それって大「あああ! 繭さん俺達そんな不審者なんてここに来るとき見てないよね?」


「あ! そ、そうですね私達見てないです」


 慌てて否定するが山木さんはジロリと俺を睨む、そして呆れたように溜め息をついた。


 「青年、不審者に気を付けろよ?」


そう言い残して山木さんは去って行った。


 絶対にばれてたな?


 「あは、あはははは!」

 「繭さん?」


繭さんはお腹を押さえて笑っている。


 「ちょ、繭さん何で笑ってるんですか? 俺また警察に捕まるところでしたよ」

 「すみません大我さん、ふふふ、大我さんと山木さんのやり取りがなんだかコメディのワンシーンみたいで、それが可笑しかったんです、あははは!」


 朝元気がなかった繭さんが笑ってる。


 「ふふふ、大我さんありがとうございます、私はもう大丈夫です」

 「そうですか、良かったです」


 俺は恥ずかしくて繭さんを見ることができない。


 「あの、大我さん私のことを全力で守るって言いましたよね……それってどういう意味ですか?」

 「言葉通りの意味です」

 「……胡蝶ちゃんはいいんですか?」

 「あいつとは……お互いに納得した上で別れました」

 「そうですか」


 ……。


 お互いに気まずく沈黙する。その後繭さんが最初に沈黙を打ち破る。 


 「私は大我さんをずっと見続けてもいいってことですか?」 


 俺は繭さんをまっすぐ見つめる。


 「はい、いいですよ」

 

 胡蝶、俺は今情に流されていない、本気で繭さんが好きだ。


 心の中でここにはいない胡蝶に向かって言う。


 「大我さん、ぐすっ……私の勘違いじゃないですよね? 本気にしてもいいですよね?」 

 「繭さん、俺は君のことが好きだ」 

 「私もです大我さん」


 俺達はそう言って抱き合う……とまではしなかったが片方ずつ手を繋いで歩いた。

 

 「繭さん、俺は胡蝶と別れた次の日に間を開けずに繭さんに告白する最低な男ですけど本当にいいんですか?」

 「はい、構いません……けど大我さん私とすぐに別れたりしませんか?」

 「しません」

 「安心しました……ぐすっ、私を守ってください」

 「はい」 


 俺の彼女は繭さんになった。

 

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