56話 「人形の記憶」
朝にちょっとした騒動が起こった。
内容はガマズミとキンセンカが親父の側にいたい為に職場に連れて言ってほしいと我が儘を言った。それに対し心春がいい加減をするように怒った。
「あなた達二人はこの場所ではいいけど外では目立ってしまうの、そうなるとお父様が迷惑するのよ! だからこの家でおとなしくしておきなさい!」
心春の言葉が胸に突き刺さる。
迷惑するか……確かに大我は私を外に連れ出そうとしなかった、それは私が人間じゃないからだ、やっぱり私は大我の障害にしかならない。
心春は申し訳なさそうにしている。親父もすまないと一言だけ言って心春と一緒に出ていった。
ガマズミとキンセンカは悲しそうにその場を去った後今度は繭と夢見鳥が起きてきた。
繭は昨夜の一件のせいで落ち込んでいる。
繭、やっぱり落ち込んでいる、私のせいだ……大我、お前なら繭を元気にできるはずだ、頼んだぞ。
私は大我と繭が二人きりになれるように夢見鳥を連れて行くことにする。
「夢見鳥、今日一日私に付き合え」
「え、胡蝶お姉ちゃん? 突然どうしたの?」
「聞きたいことがある、だから来い」
「……わかった」
適当な理由で夢見鳥を連れ出すことに成功する。
こうして私はこの場を後する、この時去って行くと同時に大我のことをチラリとみる。
もしかしたら大我が私のことを引き留めてくれると思ったからだ。
……私は何を期待しているんだ、大我と私はもう恋人同士じゃないのに。
ついつい、頭につけている蝶々の髪飾りに手が行く。
もう、あの時に戻れないんだな。
……。
夢見鳥を私の部屋へ連れてきた。
「胡蝶お姉ちゃん、夢見鳥に聞きたいことがあるんでしょ? 何が聞きたいの?」
「……えーと」
どうしよう、ただ適当に連れ出す為に嘘をついたから聞きたいことなんて考えて無かった。
「……どうしたの?」
夢見鳥が不思議そうに尋ねる。
「あ、そうだ夢見鳥、私が久しぶりに姉らしいことをしてやるよ」
「え、本当!?」
とりあえず誤魔化そうとして思ってもないことを口にする。すると夢見鳥が私の手を握り期待の眼差しを向ける。
何を言ってるんだ私は……こいつの姉だった記憶なんかないのに、それにしてもこの流れはかんかまずいな。
「それじゃあ胡蝶お姉ちゃん、前みたいに夢見鳥を抱っこしてよしよしって頭を撫でて」
「……は?」
何を言ってるんだこいつ?
「もう、何でボーッとしてるの? 早く座って」
「え、おっおう……こうか?」
夢見鳥に急かされて私は床に胡座をした。
「ちがーう! 胡座じゃなくて正座して」
言われるままに正座をする、すると私の膝の上に夢見鳥が乗った。
「おい、夢見鳥なんだよこれ?」
「ん? 抱っこだよ? それとまだ終わってないよ、次に胡蝶お姉ちゃんは夢見鳥のお膝を抱えて」
私が夢見鳥の膝に手を伸ばすと夢見鳥が私の首に腕を巻き付けて密着してくる。
「おい、これって……」
そう、正座したままお姫様抱っこだ。
ちょー恥ずかしい、それにまだ大我にもこんな抱っこされたことないのに、私は何やってんだ畜生。
「胡蝶お姉ちゃん早く夢見鳥の頭を撫でてぇ?」
夢見鳥が甘えた声を出しながら私の顔に頬擦りする。
うえ、気持ちわりぃ、何で女といちゃつかなくちゃならねぇんだ?
どうも女同士の触れあいはボタンの一件から少し苦手意識を感じる。
「お姉ちゃぁん?」
夢見鳥が切なそうに私の顔をみる。
……とっとと済ませるか。
私は夢見鳥の頭を三回撫でた。すると夢見鳥は気持ち良さそうに目を細める。
「な、なあ夢見鳥、前の私は本当にこんなことしてたのか?」
「そうだよ、覚えてないの?」
とりあえず夢見鳥を膝から下ろす。その時夢見鳥は悲しそうな顔をした。
「夢見鳥、真面目な話だ、私は何度も言うが記憶がないんだ、もちろんお前のことは今では妹だと思っているがそれは後から湧いた感情だ……その何と言うか今の私はお前の知ってる姉じゃないんだ」
夢見鳥は私の言葉にショックを受けたのか今にも泣き出しそうな程に顔歪める。
「……それって夢見鳥のお姉ちゃんはもういないってことなの? 訳わかんない、グスッ……胡蝶お姉ちゃんはそこにいるのに何でそんなこと言うの? 夢見鳥が嫌いなの?」
とうとう夢見鳥が泣き出した。
「すまない夢見鳥、私の言い方が悪かった、お前は私の大切な妹だし大好きだ……ただその事を理由が分からないが忘れてしまってたんだ、本当にすまない」
夢見鳥を優しく抱き締めながら頭をなでてやる。
……私はいったい何なんだろう。
できるだけ昔の記憶を辿る。
確か私が覚えているのは大我の部屋で意識をもち始めたとき最初に親父らしき人と会ったような気がすることだけだ。
それ以外は何も思い出せない。
……あれ? 最初に会ったやつは本当に親父か?
……。
「……胡蝶お姉ちゃんが記憶がない理由が夢見鳥わかるかも」
「えっ?」
撫でるのをやめてじっと夢見鳥と正面に向き合う。
「夢見鳥ね怖い思いをしたの、お父さんの元から離れるときにだんだん体から何か抜け落ちていく感覚がしてねそのとき夢見鳥もボーッとしてきてだんだん何も思い出せなくなったの」
私は胸がざわついてくるのを感じた。
「……それで、どうなったんだ?」
「たぶんそのまま寝ちゃったんだと思うけど多分夢見鳥本当はその時一度死んじゃってたんだと思う」
ゾクッ。
背筋に寒気がする。
死んだだと!?
「けどね気がつくと知らない真っ暗なお部屋で寝かされててね横をみると繭がいて夢見鳥を抱っこして寝てたの、その時だんだん今までのことを思い出してきてね怖くなって思わず繭に抱きついたの、そしたら繭が起きてびっくりしたの」
「……そうか」
じゃあ私も大我のところにくるときに夢見鳥と同じように一度死んで記憶がなくなったのか? けどだとしたら何で生き返ったときに何も思い出せないんだ?
「胡蝶お姉ちゃん、繭と離ればなれになったら夢見鳥また死んじゃうと思うの……だから繭とずっと一緒に居たい」
「大丈夫だ夢見鳥、お前は死んでなんかいない、多分私達が出て行く時親父が長旅で疲れないように何か魔法をかけて眠らせてくれてただけなんだ、だから安心しろ」
「そうなの?」
「ああ、そうだ」
……嘘だ。
私は夢見鳥を安心させる為に嘘をついた。
夢見鳥の体験談をきいて思ったが恐らく私達人形は死ぬ、理由は私達が親父の所有権を離れたからだ。
親父が何故私達球体関節シリーズを回収して一緒に暮らそうとしているのか理由が分かった。
ということは今私達が生きているのは大我と繭が所有権を持ったからなのか? なら次に来る私達の死は二人が所有権を手放したときだ。
……二人はいつまで私達を必用としてくれるだろう。
そう考えたときだった。
ガクッ
「あれ?」
夢見鳥が不思議そうに手を握って開いてを繰り返している。
「どうしたんだ夢見鳥?」
「んー、何でもない」
「そうか」
私は心当たりがした、何故なら先程一瞬だけ私は体から何か抜け落ちるような感覚がしたからだ……恐らく夢見鳥も。
……大我。
ドタドタ。
急に外から誰かが廊下を走る音がする。
「胡蝶、お願い力を貸して!」
いきなり部屋の障子が開き外から姉のバラが入ってきた。
「バラお姉ちゃんどうしたの?」
「夢見鳥あなたもいたの? けどダメね、変態なあなたは役に立たないわ」
「そんな、ひどいよ! うわあぁん!」
バラは泣いている夢見鳥を無視して私に近づく。
「胡蝶、ボタンお姉様を探すのを手伝いなさい」
「はぁ、何で私がやんなきゃなんねぇんだよ」
「それは、あなたが強いからよ」
「確かに私は強いけど嫌だ……私はボタンが嫌いなんだよ」
「お願い、そんなこと言わずに力をかして、バラはボタンお姉様がいないと……グスッ……うわあぁん!」
「おいバラ、お前まで泣くなよ」
バラと夢見鳥の泣き声で部屋がうるさい。
「あああ! 分かったよ力を貸してやるから泣き止め」
「……グスッ、ありがとう」
ったく、めんどくせぇ。
これから大嫌いな姉のボタンを探すことになった。
……。
あっ、そうだこれはもう外して置こう。
私は部屋を出る間際、頭につけていた紅い蝶々の髪飾りを外して机に置いた。
さよなら大我。
とても悲しかったがけじめをつけなければならない。
大我が幸せになってくれるといいな。
そう願いつつ部屋を後にした。
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