53話 「騒がしい朝」


 部屋に早朝の日差しが差し込んで明るくなってきた。その中で俺は胡蝶と部屋で抱きしめあった。

 

 胡蝶と俺は彼氏彼女という関係を絶ち切ることにした。理由は色々あるがこの際正直に認めよう。今俺の心の迷いがある。それを胡蝶は見破り別れ話に発展させてしまった。

 

 じゃあ何故胡蝶とこうして抱きしめあっているのか。それはこれが別れのハグだからだ。お互いに自然とそういう形になった。

 

 なんだ……こうなるってことはお互い思いあっているからじゃないか、俺は胡蝶とちゃんと絆があったんだ。

 

 後悔と自己嫌悪の気持ちが湧く。

 

 全く俺はなんて男なんだ、昨日彼女の父親に娘さんをくださいとか言っておきながら次の日には別れる? ……俺に人の心があるのだろうか?

 

 もう後に戻ることはできない。

 

 こうなったのは俺の中途半端な思いのせいだ……いつもこうだ、こうやって自分で勝手に追い詰められて他人も巻き添えにしてしまう……あぁ、だから俺は一人になったんだ。

 

 「大我、お前はそのままでいい、自信をもて、落ち込むな」

 

 胡蝶の言葉に俺はハッとする。

 

 「私はお前を孤独にさせない、もしなりそうになっても私がフォローしてやる、だから安心しろ」

 「胡蝶……ううぅ、ありがとう」

 

 俺は泣いしまった、悲しむ資格なんかないのに……。

 

 「大我、これだけは聞いて欲しいどんなことがあって情に流されずもお前の名前の通り自分の『我』を通してくれ、じゃないと後悔する」

 

 俺は胡蝶の話を聞き漏らさないようにしっかりと耳をかたむける。

 

 「お前が私を彼女にしたのは情に流されたからだ……いいか、ハッキリ言うぞ、そんな相手じゃお前は満たされない!」

 

 胡蝶は俺の顔を両手で掴み自分の顔の前に持ってくる。

 

 「大我、お前を心から必要としている『人間』を好きになれ」

 

 俺は胡蝶が繭さんのことを言っているとわかった。

 

 「今日はそいつといて慰めてやって欲しい……お前じゃないとダメなんだ」

 「おい、慰めるって? 何かあったのか!?」

 「……実は」

 

 胡蝶は申し訳なさそうに昨夜お風呂で繭さんの身に起こったことを話してくれた。

 

 ───

 

 俺と胡蝶は一緒に食事場へ向かうと古家さん朝食を食べていた。

 

 「おや? 久我君おはよう、胡蝶も朝起きるのが早いねぇ」

 「あはは、いつもこの時間に起きているので……もしかして古家さんは今日は会社に行かれるんですか?」

 「そうだよ、今日だけはどうしても重要な会議があるからそれに参加しないといけないんだ……久我君例の件は僕が帰ってくるまで待って欲しい」

 

 例の件? あ、胡蝶を詳しく調べることか。

 

 「分かりました」

 

 古家さんとの会話を終えると同時に黒のスーツに身をつつんんだ心春さんが来た。

 

 「社長、お車の準備ができました」

 

 心春さんはいつものおっとりとした話し方ではなくハッキリっとしていてまるで別人のように思えた。

 

 心春さん、仕事に行くときはこんな感じなんだ……こんな人が俺に甘えてなおかつ好意を寄せてくれてるんだ。

 

 俺が見とれていると心春さんと目が合った。

 

 「……うふふ」

 

 心春さんは微笑んでくれて俺は思わずドキッとする。

 

 「心春そろそろ行くぞ、じゃないとあの娘達が起きてしまうからね」

 「そうですね、いまお荷物をお持ちします」

 

 ドタドタドタドタ。

 

 「……はぁ、どうやら遅かったみたいですねぇ社長」

 

 廊下を走る音が聞こえて心春さんはおでこを押さえて困った素振りをした。

 

 「……良かった、お父さんがまだいる」

 「……私達もお父さんの仕事場へ連れて行って」

 

 ガマズミちゃんとキンセンカちゃんが走って来た。

 

 「あなた達ぃいつも連れて行くのは無理だって言ってるでしょ?」

 

 心春さんがいつものおっとりとした口調で二人を諭す。

 

 「……心春お姉ちゃんは良くて何で私達はダメなの?」

 「……心春お姉ちゃんはいつもお父さんと一緒にいてずるい」

 「いい加減にしなさい!!」

 

 不満を言う二人に心春さんが怒鳴る。

 

 「あなた達二人はこの場所ではいいけど外では目立ってしまうの、そうなるとお父様が迷惑するのよ! だからこの家でおとなしくしておきなさい!」

 

 心春さんの言葉に二人のみならず胡蝶もビクッとして反応する。

 

 「……何で? 心春お姉ちゃんも人形なのに」

 「……私達の体がおかしいって言いたいの?」

 

 心春さんはしまったという表情をした。

 

 俺は心春さんの言いたいことがわかった。要するに胡蝶達は球体関節なので明らかに人間と構造が違うので目立つ。それに対し心春さんは「超本物シリーズ」という人形で後から調べて分かったことだが骨格から軽くて丈夫な素材で作り外見も不気味の谷というものがわからないほど精巧に人間に似せて造られている。だから目立たない。

 

 「心春、そろそろ時間だ」

 「あ、はいわかりました」

 

 心春さんはバツが悪そうにして古家さんの荷物を持って去って行く。

 

 「……お父さん?」

 

 ガマズミちゃんが不安そうに古家さんに近づくが古家さんは「すまない」と言って優しくガマズミちゃんをどかして仕事へ向かった。

 

 その光景をみて隣にいる胡蝶がやるせないような顔をして俺の服の袖を力づよく握る。

 

 「ふあああ、おはよー」

 「なんか朝から騒がしくなかった?」

 

 騒ぎを聞いてヒマワリとツキミソウが起きて来た。

 

 「……あ、大我さん……おはようございます」

 「お姉ちゃん達おはよう」

 

 繭さんはいつもの水色のワンピースを着て夢見鳥ちゃんと一緒に起きて来た。

 

 繭さん、本当に元気がない。

 

 繭さんはぼーっとして反応がどこか薄い。

 

 「おや、珍しくヒガンバナとスイカズラの姉ちゃんが起きていない」

 「あの二人いつも私達より先に起きて寝癖を直せとかガミガミ言うのにね」

 「私達がどうかしたかしら?」

 「おはようございます久我様、繭様」

 

 ヒマワリ達が話しをしてすぐにヒガンバナとスイカズラが来た。

 

 「どうしたの? いつもは私達より早く起きるじゃん」

 「た、たまたまよ、それより久我様と繭様、いま朝食の準備をしますね」

 

 ヒマワリの問いかけにヒガンバナがどこか慌てた様子で対応していた。

 

 ドタドタドタドタ。

 

 また誰か廊下を走ってくる音がする。

 

 「……ここにもおられない」

 

 走って来たのはバラちゃんだ。

 

 「あ……あ」


 繭さんはバラちゃんが来たととわかるとあから様に怯え出した。

 

 繭さん、ボタンとバラにされたことが大きな心の傷になってるんだ……許せねぇ!

 

 俺はバラに繭さんの件で文句を言ってやり、それと昨日何で俺と一緒に風呂に入っていか理由を聞こうと思った。

 

 「おい、バラ!」

 「大我様、ボタンお姉様を知りませんか!?」

 

 俺が文句を言う前にバラは俺にしがみつき必死に訴える。

 

 「ボタンお姉様が朝起きたらどこにもいないんです、大我様の部屋に行かれてませんか?」

 

 バラの言葉に胡蝶以外全員反応して俺のことを見る。

 

 「いや来てねえ、それより何でボタンが俺のところに来るとおもったんだよ……あはは」

 

 繭さんが俺を見つめて泣きそうになっていたので必死に誤魔化す。

 

 やべえ、繭さんにボタン達と風呂に入ってたなんて知られたら絶交される。

 

 胡蝶が不機嫌になり俺の脇腹をつねる。

 

 超痛い。

 

 「そうですか、ボタンお姉様いったいどこへ……」

 

 バラはそう呟くとこの場をトボトボと歩いて出て行く。

 

 今日も何か起こりそうな日だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る