52話 「リセット」


 「うお、寒いな、って俺はなんて格好をしてるんだ?」

 

 朝の気温の低さに反応して目覚めた俺は自分が下着一枚でいたことに驚いた。

 

 「それに顔がなんか痛いな……あ」

 

 そう言って顔を擦り昨夜のことを思い出した。

 

 ヤバい、昨日俺はボタンとバラと風呂に入っていたのを胡蝶に見られたんだ。

 

 顔の痛みはその時胡蝶によって殴られたことが原因だ。

 

 「……胡蝶は?」

 

 俺は部屋を見渡したが胡蝶はいなかった。

 

 「……はぁ、遂に胡蝶に愛想をつかされたか、それでも今日こそは仲直りするぞ」

 

 俺は決意してとりあえず服を着ることにした。服を着ながら胡蝶への気持ちを考える。

 

 胡蝶は俺のことが好きだ。好きと言う感情は時に予期せぬ行動をとらせる。実際俺はその光景を見た。

 

 例をあげると昨日遊んだ龍太郎と楓ちゃんがだが、楓ちゃんは龍太郎が好きなので自分に振り向いて貰おうとして川に向かって橋から飛び降りた。

 

 それぐらい好きというのは真剣なのだ。それなのに俺はその気持ちを裏切る行為ばかりしている。

 

 「マジで俺は最低だ、いっそ死んだ方が良いんじゃないか?」

 「お前が死んだら私はどうすれば良いんだ?」

 

 突然誰かが俺の呟きに反応した。振り向くと、閉じた障子に女の子の人影が朝日によって写し出されていた。

 

 「胡蝶なのか?」

 「さぁ、どうかな? もしかしたら胡蝶の真似をしているボタンかイタズラ好きなヒマワリ、あとは意外なことにガマズミかもしれない」

 「そうか、じゃあ誰でもいい、何で俺の部屋に来たんだ?」

 「ふん、下着一枚で寝てる変態が風邪をひいてないか様子を見に来た」

 「はは、そんな変態を心配してくれるのはお前だけだ、昨日はごめんな胡蝶」

 

 俺は障子を開けるとやっぱり胡蝶が居て俺を睨んでいた。

 

 「お帰り胡蝶」

 「ああ、ただいま……大我」

 「まあとりあえず中で座って話そう」

 「ああ、そうさせてもらう」

 

 お互い特に意識はしていないが自然と淡白なやり取りになった。

 

 俺が胡座をかいて座ると胡蝶が当然のように膝の真ん中に座る。

 

 「おい、これじゃあ話ができないだろ?」

 「別にこの体勢でもいいじゃねえか、それより大我、私をこのまま抱っこしろ」

 「えっ?」

 「抱っこだよ抱っこ、何度も言わせるな恥ずかしい」

 

 俺は胡蝶の腰に両手を回し優しく抱き締める。その時胡蝶の頭に俺がプレゼントした紅い蝶々の髪飾りがついているのが目に映った。

 

 胡蝶、俺のプレゼントを大事にしてくれてるんだ。

 

 「大我、それでいい、しばらく私をそのまま抱っこしてくれ」

 「わかった、それと胡蝶の言うことを俺は何でもきく」

 「ふふふ、浮気したことへのお詫びか?」

 「う……ごめん」

 

 心が罪悪感で埋め尽くされる、誰か俺を殺してくれ。

 

 「まあいい、それより私の言うことを何でも聞いてくれるなら質問に答えてくれ」

 

 早速来た、心春さんと浮気した理由を聞かれるに違いない。

 

 「大我、お前は誰が好きなんだ?」

 

 え、誰が好きかだと? もちろん胡蝶が好きだ、けど繭さんもほって置けないし心春さんだってそうだ、気持ちを知ってしまえば支えたくなる。

 

 「……あ」

 「ふふふ、大我、誰が好きか迷ってるな?」

 「そんなことない俺は胡蝶が好きだ!」

 

 そうだ俺は胡蝶が好き……なんだ。

 

 「……大我、無理するなお前は迷っている」

 「そ、そんな」

 「はは、大我これはお前のせいじゃない全ての原因は私のつまらない我が儘なんだ」

 「どういうことだ?」

 「旅行に行くとき駅でお前は私を置いて切符を買いにいっただろその時皆が私をおかしな目で見てきたんだ」

 

 そんなことがあったんだ、けどそれはある程度予測していたことだ。

 

 「極めつけが電車の女子高生達だあいつらは大我と私をバカにしたし他の乗客の視線も何故お前達がここにいるんだと存在を否定するように見て来た、私は最初それに驚いたよ」

 

 胡蝶は俺の手に自分の手を重ねる。

 

 「私は存在を否定されたくなかったんだ、だからお前に圧力をかけて彼女にしてもらうことで自分の居場所を創ろうとした、本当に自分勝手な人形だな私は」

 「何言ってんだ胡蝶、お前は俺の彼女だ、いや大切な人形だ……まぁ結婚は俺が就職して安定するまで待ってくれ」

 「ふふふ、大我、お前人形と結婚しようとするなんてぶっ飛んでるな?」

 「うるせえ、お前が言うな」

 

 より強く胡蝶を抱き締める。

 

 「大我、ありがとう、でももう良いんだ、お前の心を私は縛り付けない」

 

 なんだ、胡蝶は何を言ってるんだ?

 

 「全てが急に起こり過ぎて私とお前は完全に絆で結ばれていなかった、だからこういうことになったんだ……だから最初に戻ろう」

 「おい、胡蝶自分が何を言ってるのかわかっているのか?」

 「ああ、私はもうお前の彼女じゃない、只の愛玩人形、ラブドールだ」

 

 そういうと胡蝶は俺から離れて前を向いたまま立ち上がる。

 

 「それにな、私は自分の存在目的を思い出したんだ、私達ラブドールは孤独な人間の寂しさを埋めることが目的で造られている、けどそれは偽物でしかない、私は大我に本当の意味で孤独から解放されて欲しいんだ」

 

 胡蝶俺に振り向いて言う。

 

 「けど人形が彼女だとそれが出来ないだろ? だから別れる、私をここに置いて行ってくれ、それにお前には繭と黒田がいる、だから大丈夫だろう」

 

 胡蝶の顔は悲しみで歪んでいた。

 

 「バカ野郎そんなことできるか!」

 「おいおい大我、私の言うことを聞いてくれるんだろ?」

 

 俺が怒鳴ると胡蝶は悲しい顔を無理やり勝ち誇った顔をする。

 

 畜生なんだよこいつ、普段は独占欲丸出しの癖にあっさりと俺と別れようとするなんて……畜生。

 

 俺は涙をこらえた。

 

 「わかったよ胡蝶、俺はお前との関係を最初に戻す」

 

 胡蝶は俺の言葉を聞いて耐えきれなくなったのか顔を両手で押さえて膝から崩れ落ちた。

 

 「……そうは言ってもお前の所有権はまだ俺にある、胡蝶、お前は俺の退職金の半分を使って購入したんだ、なのに簡単に手放すか、俺はお前がなんと言おうと家に連れて帰るからな」

 

 俺はそう言って胡蝶を抱き締める。

 

 「わかった、私は大我の所有物の人形だ、お前が主人だから言うことをきくよ」

 

 しばらくお互いに抱きしめあった。

 

 今日俺は再び彼女のいない男になった。

 

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