42話 「姉と洗いっこ」


 私はタオルを持って心春の元へ向かう。

 

 「はぁ、わたくしも妹達と洗いっこしたいですぅ」 

 

 心春はそう呟いて体を洗っていた。そのときの心春は寂しそうにしていてちょっと可哀想に思った。

 

 畜生そんなに寂しそうにすんじゃねえよこの浮気女!

 

 心春を見てモヤモヤする。

 

 「あぁー畜生! 心春!」

 

 私が心春を呼ぶと心春はびっくりした表情で私を見た。

 

 「ど、どうしたの胡蝶ちゃん?」

 

 「黙れ、何も聞くな……その、私がお前を洗ってやる」

 「ええ! 胡蝶ちゃんが!? でもわたくしは胡蝶ちゃんの……」

 「良いから前を向け!」

 「……ありがとう胡蝶ちゃん」

 

 自分の男と浮気した女を洗うのは気にくわないが確認の為だ仕方ない。

 

 そう思うことで気を沈めた。

 

 心春の背中を優しくタオルで洗う。

 

 ……肌の感触は私と変わらないな、あとは私よりくびれがくっきりしてる。

 

 背中を洗い終わったので次は前を洗おうとした。その為を後ろから心春に抱きつくようにした。

 

 「ひゃ! 胡蝶ちゃん? 前はわたくしでやりますからぁ」

 

 心春の言葉を無視する。

 

 何だこの塊? ちょー柔けぇ、そういえば繭の胸にもこの塊が少しあった、私や他の姉貴達にも着いてねぇ、もしかしてこれを親父は私に着け忘れたのか?

 

 気がつけば私は心春の胸を洗わずに揉んでいた。

 

 「んー、もうだめですぅ! 女の子同士でこんなことしたらいけませーん!」

 

 心春は胸を押さえて強引に立ち上がった。

 

 「はあ、はあ、胡蝶ちゃん! 例え女の子でも別の女性の胸を触ったらダメなんですよぉ!」

 

 心春は顔が赤くなり息を荒くして私に振り返る。

 

 「次はわたくしが胡蝶ちゃんを洗いますぅ!」

 

 心春は私からタオルを引ったくった。

 

 「別に私は洗ってくれなくていいよ」 

 「そんなのダメですぅ! 私も洗いますぅ!」

 

 心春が必死に洗うと言うので私は仕方なく体を洗わせた。

 

 「うふふ、一度洗いっこをやってみたかったんですぅ」

 

 心春は嬉しそうに私の体を洗う。

 

 「……前は自分で洗うからな」

 「えー、胡蝶ちゃんはさっきわたくしの前を洗ったじゃないですかぁ、ずるいからわたくしもやりますぅ」

 「なっ!? てめぇ心春、さっき他の女の胸を触ったらいけないって言ってたじゃねぇか!」

 

 私は慌てて胸を押さえる。

 

 「うふふ、胡蝶ちゃん冗談ですよぉ、さっきわたくしにやったことへのお返しですぅ」

 

 心春はそう言って再び私の背中を洗い始めた。

 

 一通り体を洗い終えると心春はシャワーで私の体を流してくれた。

 

 「心春、もういいよありがとう」

 

 私は椅子から立ち上がった。

 

 「え、まだですよぉ? 胡蝶ちゃん髪をまだ洗ってないでしょ? わたくしが洗ってあげるわぁ」

 

 ええー、もう心春の体は調べ終わったから次に行きたいんだけどな。

 

 「ダメですかぁ?」

 

 チッ。

 

 私は心春があまりにも悲しそうな顔をするので椅子に座ってやった。

 

 畜生、浮気女の癖に。

 

 「やっぱり胡蝶ちゃんの髪はきれいですねぇ」

 「……そうか?」

 

 髪を洗ってもらうのは気持ちいいな。

 

 心春は髪を洗うのが上手かった。

 

 「それじゃあ流しますよぉ」

 「……あぁ、頼む」

 

 心春は最後に私の髪をシャワーで流した。

 

 ……。

 

 洗い終わるとお互いに沈黙した。

 

 「胡蝶ちゃん、帰って来てくれてありがとう」

 

 心春が私の後ろで言う。

 

 「お父様は胡蝶ちゃんと夢見鳥ちゃんの二人を手放してしまった事を大変後悔しておいででしたぁ」

 

 私は黙って心春の言葉を聞いた。

 

 「けれど二人が帰って来てくれたのでお父様は元気になりますぅ、だからありがとうございますぅ」

 

 確かに親父は私達を手放した事を後悔していると言っていた。

 

 今回帰って来たことで少しは親孝行になったかな。

 

 「心春、私は別に売られた事を気にしてない、大我に会えたしな……後で改めて親父に言っとくよ、許すって」

 

 はぁ、どうも姉貴達の話によると私は親父は確執があることになってるんだよな……何で私は記憶がないんだ?

 

 「……胡蝶ちゃん」

 

 心春は私の名前を呟くと突然後ろから抱きついてきた。

 

 「ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」

 「お、おい、どうした心春!?」

 

 心春は私に抱きついたまま謝ってきた。

 

 「わたくしは胡蝶ちゃんの……グスっ、大我様を好きになってしまいましたぁ!」

 

 心春は泣きながら言った。その瞬間私は胸にズキリと痛みを感じた。

 

 「わたくしは、エグッ、妹の大切な人にちょっかいを出した最低な姉ですぅ! うわぁぁん!」

 

 私はあまりにも哀れで心春の顔を見ることができなかった。

 

 「……心春、何で大我を好きになったんだ?」

 

 私は自分で言った瞬間後悔した。

 

 ヤバイ、こんな質問するんじゃなかった、他の女が大我をどう思ってるかなんてやっぱり聞きたくない。

 

 そんな私の思いも知らず心春は話始めた。

 

 「ヒグっ、話ますぅ、わたくしは古家家の長女でお父様の跡を継がなくちゃいけない、だから甘えることなんてできないんでよぉ! 寂しいですよぉ!」

 

 ……。

 

 「……同じお父様に命を与えられてもわたくしと胡蝶ちゃん達は別の種類の人形、お父様に直接造られたのに対してわたくしは大量生産された内の一体、どちらが大切にされてるか一目瞭然ですぅ……グスっ」

 

 心春はそんなことを思っていたのか。

 

 「……大我様と最初に会ったときに思いましたぁ、この人いいなぁって、それに人形である胡蝶ちゃんを受け入れているならわたくしのことも受け入れてくれるんじゃないかって」

 

 どうやら心春は大我に一目惚れしたようだ……姉は見る目があるようだな。

 

 「けれど大我様は胡蝶ちゃんのものですぅ、わたくしは諦めようとしましたぁでもどうしても大我様とお話ししたくてぇ……ヒック、部屋でお話ししたら気持ちが押さえきれなくて寂しいって、甘えたいって言っちゃいましたぁ」

 

 ……心春も大変なんだな、きっと親父の跡を継ぐ為に私が想像できない程努力してきたんだろう。

 

 それに見たところ心春はいつも一人だ、誰かに頼ろうにも私達姉妹は常に固まって行動しているし親父も私達ばかり構っている。

 

 私が心春の立場でも無理だ、この状況だと例え家族でも自分の気持ちを伝えれない。

 

 「大我様はいい人ですぅ、わたくしが長女という立場を理解してくれて自分のことを兄だと思って甘えても良いと言ってくれましたぁ……きっと大我様は気を使ってそう言ってくれただけなのにわたくしはその言葉を鵜呑みにした最低な女ですぅ」

 

 いや、大我は気を使っていない、本気で言ったことだろう、繭のときもそうだった。

 

 大我は誰かが困っていたら本気でその人のことを助ける、そんな人間だ、だから私の言うことも聞いてくれるし好きになってくれたんだろう。

 

 「……ひっく、ぐすっ」

 

 心春は話し終わると私に抱きついたまま嗚咽をあげていた。

 

 心春の話を聞いて思った。

 

 きっと大我は心春と愛し合って寝てはいない。

 

 「もういい心春、それ以上話すな」

 

 心春は私と同じだ、誰かに甘えたいと言うより愛されたいんだ。

 

 私達はラブドール、愛される為に造られた。

 

 「……心春、いや姉貴……許すよ」

 「えっ?」

 「何度も言わすな、姉貴のことを許すって言ったんだよ!」

 

 私は心春を許すことにした。

 

 「……うわぁぁん!」

 

 心春は大声で泣いた。

 

 私はなんてバカなんだ自分の男の浮気相手を許すなんて。

 

 私には心春に罰を与える権利がある、その権利を利用して心春を壊しても良いはずだ……けど。

 

 私にはできねぇ。

 

 私は心春の気持ちが理解できてしまった。だから罰を与えれない。

 

 「……畜生」

 

 私も泣きたくなった。

 

 シャワーからお湯を私と心春に掛かるように勢いよく出す。そうして二人して泣いた。シャワーから出るお湯を涙にみたてながら。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る