天国

奇妙な宿泊客がきた。


まずは黒い衣装に、翼の生えた少年。少年と言うからには年若く、最初に対応をとったのも彼である。年の割にはしっかりしているようだが、慣れていないのか表情がコロコロ変わる、それ以外はいたって普通の少年であった。


次に応じたのは、森の住民と謳われるエルフの少女、いや女性なのか。年が若く見えるためにそのあたりは彼では判然つかなかったが、少年の会話にフォローをいれているあたり、こちらも手馴れずお互いをフォローしあっているようであった。


人外、店主も人にあたる人間種であり異種族にはあまり詳しくないのだが、この羽根持ちとエルフはもしかすると後ろ二人の所有物にあたるかもしれない。


そう思えるのが、背後の銀髪の少女。

ただし背中には身の丈を超す、どす黒い長剣を背負っている。

眼光は鋭く、店主を値目つけるように見据えている。殺気、という言葉に縁遠い店主だが、それに似た威圧感を覚える。


最後に……彼女こそが重要、いや本命。

白い衣装、ドレスのように巻かれたまるで布一枚の衣装でありながら、長身と長髪、光を帯びているような髪色と、無表情の中に映る穏やかな相貌。

(ああ、ただの女神か)

店主だけでなく、物珍しく見やる客から店員まで、おそらくそんな感想を抱くだろう。


店主には構図が見えた。

銀髪少女が護衛、従者に人外二名。そして彼女こそが主にしてどこぞの貴族のお姫様。間違いない――


店員は迷わず、最上級の部屋を用意した。男女別、しかも格安で。


問題は、少年が忠告にはなった一言。

「あと店主、申し訳ないが男性は二人、そこの銀色は男なので」

そのあと大剣が振るわれ、黒い少年が天井に突き刺さった。


======


「天使効果すげぇ」

「勘違い抜群でしたね」

「これがカリスマか、カリスマなのか!?」

極上といっても、道半ばにある村の、それでも大きい村での一幕。

「カリスマかどうかは知らないが、あまり人目にはつきたくないな」

そう漏らした天使こと、通称マザーと名乗る光の天使は椅子に座ると、どこからか紅茶を用意して、ポットで湯を注ぎ始めた。

「手際がいいな」

と漏らす銀色こと、通称ウォルフ。

「茶はどこの文化圏であれ、平静さを取り戻しつつ、会話を進める良い文化だ。人特有だがな。……ヒト、ね」

どこか冷笑したような表情に気づくのはキマイラ。

それに応じるように訊ねるマザー。

「面白い世界だと思わない? 君たちの世界がどういう構図か調べる手間がなかったが、この世界には人を基準に、唖人、獣人、魔族と様々に枝分かれている。

人間しかいなかったキマイラ、所感を聞きたい」

投げられたキマイラは、急な問いかけに困惑し、ウォルフを見やると、ウォルフは憮然と突っ立ちながら。

「興味がない。邪魔をするなら潰す」

「そうだな、前回はそうだった」


示すのは、魔の森での、そして天使が介入したあの戦。


「だが興味がない、のは嘘だ。戦うたびに何かが消費されている感覚があるんじゃないのか?」ちなみにそれはお前の命というか寿命なんだがな」不思議じゃないかその銀髪」そりゃ白髪だ」お前の年齢は二十二、しかし肉体年齢は三十代半ばに突入している」まぁ今教えられるのはその程度にしておこう。問題は山積みなので」


天使が告げる間に、エルフの少女やら黒衣の天使が合いの手を入れていたのだが、

ウォルフの耳に届いたのは、こんな内容であった。


「……で、俺に戦うなと?」

天使は茶を一口すすると、

「その答えが次のキマイラへの問題だ」

答え切ると、ウォルフの背で何かが鼓動したような気がした。


「さっき殴った際も見えたが、お前はウォルフに斬り殺され続けて、何か気づいていたか?」

キマイラは居住まいをただすと、

「実は生命エネルギーめいたものを吸われていた気がする」

「大正解。そこまでは鈍感ではなかったか。当分殺され続けていれば彼の老化は多少なり軽減される。が、この間の魔力の砲撃は止めておけ。

あの神殿で一度、今回は三度か。一撃で約人間換算で十年分の寿命を消費していく」

「って、四十年分?」

「いや、一日に何度か殴られているだろう、あれでどれほどかは知らないが回復はしているだろう、が……今は」

そう告げる天使の間、ウォルフは傍の椅子に座り込んだ。

「一度に使いすぎた彼の生命力を回復させるのが優先だ。キマイラ、手を貸せ」

「うっす」

「……俺の体力はどうでもいい、天使、貴様の目的は、なんだ」


崩れたウォルフの言葉に、天使は迷いなく答えた。

「巻き込んだ君らへの補填だ」


=========


ネクスト、キマイラこと天使モドキ」

「うっす」

「人間だった時との違いを簡潔に述べてくれ」

対面して座る天使と天使、いや完全天使と欠陥天使。

邪魔にならない様にとエルフの娘はウォルフの看護に回り、こっそり妖精は天使二人の周りをうろうろする。


・超再生能力。死亡しても忽ち蘇生する。曰く「この前の戦場で173回以上致命傷を受けて、そのどれもが即時蘇生、痛みだけは途中から無視し始めたせいか体の節々に違和感あり」

・不眠。眠気が全く起こらず、ほぼ一月は眠っていないとのこと。

・飛行能力。最近開花。今までは落下の際に衝撃を逃がす程度の使用であり、腕の延長にすぎなかった。

・異常発熱。特に違和感はなく、ただ体温が異様に高い。夜中には懐炉代わりにウォルフの傍にいる。


「主にこんなところかな」

まるで医者の問診みたいだなと思った。美人の女医さんに診てもらっていると思うと悪くないとも。

「さて、自身でまとめてみた感想は?」

「――へ?」

何も考えてなかった。軽く逡巡しても、やはり何も考えていない。

キマイラはそんな自身にこそ驚いた。どう考えても異常な体だ。

それを、気にしていない。

「よくわかった。ちなみにお前が何も考えていないのは単純だ。

【君はもう死んでいる】からだ」


そう告げられた時、思ったのは「ああ、やっぱりな」と素直に受け入れている自分であった。

もう、自分は自分ではないのだと。

「だからちょっと後で生き返ってもらおうか、それではただの無責任だ。生命を軽んじている。それは君じゃない」


……?

「わかるのは何となくでいい。次の確認事項へ移るが質問は?」

「――俺は、生きてていいのか?」

何も考えず、ただ自然に出てきた。

今までの人生、「何か質問は?」と何度も訊ねられた。そのたびに「その時にならなきゃわからない」と考えるのがキマイラ、いや元現代人の、個性も何もない、ただの誰かだった自分は――


「生きろ。それがお前と言う人間を殺した償いだ」


======


「話は変わってだ。ウォルフの回復の仕方だが――」何を身構えているのだ?」何をするのかだって? その有り余ってる回復力をウォルフにも流すだけだ」だいたいその発熱は余熱などではない」お前の方こそ実は重症だぞ」異常発熱の原因はその心臓による過負荷」模型の動く車に核熱エンジンでも乗せたようなものだ」実際、核以上だが」


「ちょっと待って! 核以上って何!?」

「そうだな、いや言ってしまおう。お前のエネルギー原として比較に相応しい言葉は【太陽】だ」


エルフ娘のパフが恐る恐る様子をうかがおうとすると、妖精が彼女の目元へ行き、

『見ないほうが良いよ良いよ』

だが見てしまった。

天使がウォルフの剣で、天使モドキことキマイラに大きく振りかぶっていた姿を。


「で、今から長い間死んでもらうが、まずはそこから生き返って来い。それだけ余剰再生しているのだ、物理上は死にはしない。あいつも全快するだろ。

向こうは老衰、こちらは成長過多、釣り合うだろきっとメイビー」

「超適当じゃないか!? 女神様!!」

「私は女神なんかじゃない。あんな連中と一緒にしないでほしい――だたの名もない、主亡き天使だよ」


図らずも、初めて殺された時と同じ場所、しかしあの時とは違う、天使の心臓を貫かれて、今回もキマイラは死んだ。



=======


一面の花畑。それ以外の形容はない、そんな場所に。

白い少年と黒い少年が茫洋と座り込んでいた。


白い方がウォルフ、黒いのは合成天使キマイラ。二人そろって、顔を見合わせやると――

「「ここどこ?」」

意外とかみ合っている二人であった。


「俺はさっき天使の姉さんにぶっさされて殺されて」

「俺は宿屋に泊まったあと、寝込んだ――確か過労か」

「過労死……」

「……」

「天国ってさ、臨死体験:死に至るような怪我から奇跡的に生き返った人の話だと、花畑できれいな姉ちゃんが」


そんな二人を見下ろしている、お姉ちゃんが一名。

二人は見上げた。


真っ黒な、お姉ちゃんがいた。

黒い翼を広げていた。


「こんにちは。お二人様」

「あ、どうも――」

空中にいただろうお姉ちゃんは、黒い髪を靡かせながら二人の前に降り立つ。

「はじめましてでいいかな?」

蠱惑的な笑みを見せながら、天使の女は告げる。

「はじめ、ましてだと思うんだけど」

「クックック、ここではそういうの通じないんだよねぇ~」

黒く長い髪、しかしマザーとはちがう、くせ毛をもつ生きた命を彷彿とさせる肌色。黒い瞳は深淵のようで、何より……

黒いリクルートスーツ、ネクタイ、覗くカッターシャツは白。

キマイラと比べるなら、白黒の天使といったところか。

「そうだよねぇ、おじいちゃ~ん」


お爺ちゃんと呼ばれたが、あたりを見渡しても誰もいない。一面の花畑である。

だが……二人の背後に、その人物はいた。


釣りをしていた。

白髪長髪、長身痩躯、ぼろい作務衣のようなものを羽織った老人が釣りをしていた。

彼の足元だけ――空が広がっていた。

穴のように、ぽっかりと広がる空。

そこに釣竿を構え、釣り糸を垂らし、何かを釣ろうとしているようで……


その居住まいにまずキマイラが感想を述べた。

「もしかして、神様?」

キマイラの言葉に、後ろのお姉ちゃんが吹き出して笑った。

「お前、神仏混同しすぎじゃねえか! せいぜいこの状況で思うなら仙人か天人ってとこだろうよ。まぁ天使と人ってなると西洋宗教ってところか?

俺も詳しく知らねぇけどな!」

彼女の物言いにウォルフは何か違和感に気づいたが、それを諫めたのは釣りの老人であった。

「口が過ぎる、堕天使。ワシはしがない死にかけ老い耄れ。そこにいるのは」

「おっと失礼、私は、そいつの守護天使ってことで。長い付き合いなのよ」

「その喋りやめろ。気持ち悪いわ」

「そりゃ失礼」


そのやりとりは、どこかで見たことあるような気がしないでもなかった。


そして老人はウォルフを手招きし、足元の穴に……大空に促し、自前の釣竿を突き付けて、「お主も釣れ」と促してくる。

その態度に、キマイラはまた怒ると危惧するのだが、ウォルフは淡々と座り、釣竿を垂らし始めた。

「ここで何が釣れるんだ」

「知らぬ。大物小物、何も釣れぬ時など多々よ……だが、何もせぬよりましじゃ」

「ふざけるな――」


ところが、キマイラが顔を覗かせて、「引いてるぜよ?」告げる。

ウォルフもまた存外強い力に引き寄せられ、足元を取られそうになるが、立ち上がり体重をかけ、押しとどめ……意外に軽く引き上げられた。


釣れたのは――魚だった。

「なんで空に魚おんねん」

直実な感想を告げるキマイラ。


「……こいつは焼けば食えるな」

ウォルフが告げる横で、爺さんは新たな竿で何かを釣り始めていた。

「で、これが何の意味がある」

「そこの小僧にでも聞け」

「へ? ……聞けって言われてもなぁ、ウォル、この魚、何?ってくらい」

「?」

魚、には違いはなかった。

キマイラ自身が海に縁がなかったこともそうだが、キマイラには食える魚を見分けることができない。そもそも野外生活にすら縁が無かった人生である。

その都度、悪態を告げながらウォルは教えてはいたのだが、

「こいつは昔よく釣って……」

自分で告げて、自分で気づいた。

……昔、この魚を釣り上げたことがある、ということに。


「ああ、走馬燈か」

さらにそれをキマイラが気づき、解説する。

「死の間際に、昔の記憶がなぜか関連性もないのに次々再生される現象で、実はこれ、思考を司る器官が混乱して、かつてあった経験を無理やり再生させて、今起こっている現状に対応しようとする反応なんだとか、テレビか何かで聞いたことがあるけど、ここって、そういう場所?」

「無駄知識乙~」

それを茶化す姉ちゃん天使。

「それだと君と相棒が同時に夢を見ている理由に……あやっべ」

「夢落ちかよここ!」

「まぁまぁ、夢の世界だから何でもありってことなんだが、今回は特殊だ。まっさか二人そろってってのはあの馬鹿剣の因果なんだろうけどねぇ」

大仰に身振り手振りをしながら、白黒の天使は謳う。

「さて、じいさまはあの女男の担当、んであたいはあんたの担当なんだ。何、お迎えってわけじゃない。人生の反省のお時間って程度だ」


殺気――

キマイラはウォルフへの禁句を察知し、ウォルフを伺うと……

ウォルフの前に、じいさんが竿を振りかざし、白黒天使をべしべしと叩いていた。

当のウォルフはというとそれを一瞥した後、釣りに戻ってしまった。

「ウォルフ?」

「さっさと向こう行け……お前とそこのオカマ、同時に相手にするのはしんどい」

「え? オ、オカマ?」

すると爺さんが「あやつ、天使というのは性別なんぞないぞ」



そして「オカマとは失礼な! 女形を演じる役者に失礼じゃねえか! 釣りに専念すんなや! 男女! 姉兄ちゃん!」


キマイラはとりあえず殴った。なぜかすぐそこに棍棒があったので盛大にどついた。

我ながら良い手ごたえだと思った。普通の人間なら多分死んだ。


白黒天使は頭抱えてうずくまって、悲鳴を殺しながら呻いていた。なんだか最近の自分がこうなんだな、と痛々しいなと、ウォルフや皆はこんな気分に陥っていたんだな――とキマイラは思っていると――


======


暗転――のちに明滅。

花畑とは打って変わって、見覚えのない場所。

いや、覚えはある。ここが走馬燈の世界ならば、記憶にあるはずの場所なのに、

記憶にない。


だが、知識はある。

ここは、自分が元居た世界。にひどく酷似している。


巨大な建物たち。ビル群。

闇夜に浮かぶ、小さな月。月は徐々に地球から離れていっている。何万年かは忘れたが、その長い歳月があの月を小さくしてしまった。


アスファルト――なぜそう呼ばれるかは知らないが、コンクリートの一種かなにかだとキマイラの記憶が誤った知識を告げる。

固い地面の感触はきっとそれだろう。


時間は夜、闇夜に沈んでいるがそれが妙に心地よい。

……それが、きっと、自分の性格であり、個性であり、


『やれやれ、飛ばされちまった。まったくシャイなんだから――』

先ほどの白黒の天使の声。

だが様相がわっている。


ダークスーツから打って変わり、フードを深くかぶった黒いレインコート。

翼はない。

いや、いつの間にか自分の翼さえ、なくなっていた。

それが酷く心細く感じてしまった。その正体に半ば気づいている。


天使の力――安直な言葉だがそれを失ってしまったのではないか? そんな危惧は今更だろうか。


『さぁて』

漆黒の天使は、黒い天使に告げる。

『ここからは拷問の時間だよ。尋問一……君がこの世で最も嫌いな人、いや人間はだぁれ?』


黒い人間は――

……キマイラを語る少年は……





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