天使の涙の話
「変な夢を見た気がする」
「奇遇だな、俺もだ。ワイバーンやキャッシーもいた気がするが。というかタイトル一個抜けてる気がする?」
「なんのことだか。……その二人、たぶん近くにいるんじゃね?」
「そんな気はするが、どうも頭に引っかかる。……夢の内容は?」
「忘れた」
「そうか、俺もだ」
「あの、多分夢、私も共有してたと思います。変な人たちが喧嘩ばっかしてましたよね? それで、こんなことになっているのでは?」
剣と魔術、それらを交えた戦闘を喧嘩、と評するエルフの娘に、寝起きの青年二人は肩をすくめる。
青年、銀髪にして灰色の外套を纏い、涼やかというよりは冷酷と評するような鋭さを湛えた青年:通称ウォルフは、それを見て小さく表情を濁らせた。
もう一人の青年、黒髪黒瞳、柔和という言葉を如実に表す丸い顔立ちの青年:通称キマイラはその表情を曇らせ、頭に手を当てて告げる。
「多分、俺の……俺の心臓のせいじゃないかなぁ。なんか俺が死んでから、一悶着起こしてしまったんじゃないかと――」
そして、問題を見据える。
その問題は表情を崩さない。そもそも感情と言う感情がないのかもしれない。
出会った時からそういう人物だった。
その認識は三人合致しているといってもいい。
ただ淡々と語り、淡々と告げ、淡々と――
無表情のまま、涙をこぼし続けている。
「えっ――うぅ――あっ――」
そして、嗚咽。
何かを言おうとして、言葉の前に喉が詰まる。
天使が、嗚咽をあげて、泣き続けていた。
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宿屋の一室、ベッドにぺたりと座り込んで、羽根を震わせて泣いている美しい天使。
それを呆れた表情で眺める男二人に、混乱するエルフを……
「とりあえずそこの男二人。きりきり白状しないと殺す」
金色の髪を靡かせた、猫の目を持つ少女が獰猛な笑みを湛えて、見据えていた。
「やぁ、だいたいの事情は察しているけど……ごめん、僕にも止められないよこれは」
もう一人の背の高い金髪の青年は、申し訳ないと頭を下げながら、少女の背後で縮こまる。
覚悟を決めて、黒髪のキマイラは正坐に伏す。
ウォルフは窓を破って逃げ出そうとして、見えない網にとらわれて転がされた。
「で、誰? これを泣かせたのは?
褒めてあげるのととっても痛く拷問してあげる」
おずおずと、土下座しながら手を挙げるキマイラと。
ベッドからもぞもぞとそれを止めようとする天使だが、天使もまた光の網に捕縛され、さらにあられもない状態へ。エルフが小さく悲鳴を上げた。
「ま、魔術詠唱なしで打てるようになったんだねキャシー」
「ええ、この体にも慣れてなじんで晴れてモンスターの仲間入りよ、キメェ。
で、どう? 同輩? あんたがこの天使を捕まえて、今泣かせたと?」
「原因不明で泣いてますが、恐らく俺の心臓が暴走して――」
「そうだね、僕らもちょっと巻き込まれたよね」
「あはは、なんも覚えてないんだけどね」
「よし、あとで語ってあげよう」
「やったぜウォルフ! 俺らの夢を覚えてる奴らがアガガガガガガガガガガガガ」
「やっぱり羽根にも関節技が効く様ね! これ楽しい」
「あ、次僕もいい?」
「お、俺は玩具じゃあ……ああああああああああああああ」
今度は左右から金髪に挟まれるキマイラに、エルフは涙をこぼし始めた。
(この人たちはいったい何なの? そもそもこの馴れ合いは……)
「あ、ごめんごめん。コード・キャッシー……魔術師よ」
「剣士ワイバーン。失礼、うちの猫様がどうも狙っていた天使を見つけたので、爪を立てて痛い痛い」
げしげしと持っていた杖でワイバーンと名乗った剣士の頭を小突く。
「あ、うぅ……ひぐっ」
「…………なんで泣いているかは知らないけど、これ、喋ろうとして喉詰まらせてるんじゃない?」
ころっと、キャッシーは天使の容態を一瞥し、詳しく観察する。
両手で顔を挟み、目元を、瞼を、口の中を確認し――
「あんた、泣いたこと、ない?」
「そう言えば、人間の肉体を構築したとか……」
「ふぅん、慣れてないのかしら? わかった――あんたも夢の中で何かあったのね? 泣きたいことがあったのね」
キャッシーの優しい問いかけのあと、天使マザーはこくこくと頷くと――
キャッシーは大きく息を吸い込んで――
「だったら、うんと泣け!」
宿屋に大人の鳴き声が響き渡った――
==========
「たでぇまぁ……」
意気消沈と戻ったキマイラとパフ。
天使の泣き声による周囲への人々の困惑に対し、二人が謝り倒してきたのだ。
披露のキマイラを天使をあやすキャッシーが出迎える。
「ん、大儀である――で、キマイラ、ちょっとアンタの見解も聞いておきたいんだけど」
「へい」
「その前にほどけ!」
床に転がされたウォルフが文句を言うが、それをワイバーンが諭す。
「だって君、暴れるじゃない」
「こんな扱いされたら誰だって」
「暴れるだろうが、君の暴れるは尋常じゃない――反省してないのか?」
困り顔のワイバーンから覗く、一時の視線が鋭くなる。
するとウォルフも少し大人しくなる。
「放してあげなよ。その様子だとウォルフからも聞いたんだろう?」
キマイラが呆れながら進言し、
「聞いたけど、ウォルフの証言だと容量を得ないし、情報が足りないのよ。あるに越したことはないわ」
「話すから放してあげて、拘束されるのは辛いんよ……」
キマイラが何故か譲らず、キャッシーのため息とともにウォルフが跳ね上がり、剣を取ろうとして、ウォルフの手元に妖精が握られた。
『まてまて、うぎゃ~~~すけべぇ!』
「なんでお前が……って、誰がスケベだ!」
「へぇ、ウォルフそんなちっこい娘が好みぃ?」
キャッシーがしたり顔でウォルフを見据えてくるのだが、そこでキマイラが奇妙なことに気づく。
ワイバーンが首を傾げており、腰の得物に手を掛ける寸前で考えあえいでいるようだ。
「キャシー、ワイバーンに魔眼とか貸せる? 妖精のおちびちゃんが見えてないかも……」
「よく気付いたな。妖精、夢の世界では見えたんだけどな……」
感心するワイバーンに、キャッシーがしまったという顔をしたあと、頭を抱えてしまった。キマイラがすかさず呟く。
「あ、できなさそう」
「うっさい! あとで作るから今は現状を……」
「脱線させたのは誰なのだか……」
「あぁん?」
また拘束されるキマイラ。ウォルフはそれを呆れ顔で椅子に座り始めるが、ワイバーンは気づいた。彼女の関心を自分に向け、かつ天使の事柄に関してに持っていったのだ。故意なのか無意識なのかはわからないが。
「さぁ、きりきり白状なさい。泣いている原因がその心臓ってことは、その心臓が喋ったとでも?」
「多分……つか、この心臓、天使のだよ」
キャッシーの手の暖かさゆえか、泣き疲れたためなのか、天使は安らかな寝息を立てて眠っている。
「この天使の?」
「いや違う、多分、この人のお姉さんの……だろうな」
「理由は?」
「夢の中で彼女とは違う彼女にあった気がする……ただし、色が違う。色と言うかイメージかな。彼女は光で――夢に出てきたのは」
『『『『焔』』』』
思いもかけず、声が重なった。
ウォルフ、キマイラ、ワイバーン、キャッシー、各々はそれぞれの表情を曇らせつつ、キマイラがまず言った。
「俺の命に関しては気にするな、とは言わない。だけどそれは俺の人生の課題だ。それはひとまず置いておこう。まずは彼女だ。キャッシーの見解は?」
「ふぅん、そうね。そりゃそうだわ。天使についての私見に関してだけど、これさ……まるで子供じゃない? 」
一同、毛布にくるまり寝息を立てる天使をみやる。
無表情で、小さな吐息をこぼし、安らかな眠りの手本のような状態で眠って――
急に眼を見開いた。
「復活――……話は聞こえていた、続けろ」
「復活はえぇよ!」
横になった状態から急に飛び上がり、正坐をしてベッドに座した。
「目が覚めても上から目線か! この駄肉天使!!」
キャッシーがとびかかろうとして、ワイバーンの鞘付きの剣が軌道を遮った。
「これ以上はいけない。話がこんがらがる」
「ナイスワイバーン。いい羽ばたきだ。で、姐さん、まず何があったか説明してくれい――」
「ああ、感情の高ぶりだな。その、すまなかった。助かったよ魔女っ子」
「魔女っ子言うな! 」
この流れをパフはもう見守るしかないなぁと達観の境地に達していた。
横に並んだウォルフがお茶を入れ始めたので、自分も習う。
やがて議論が燃え上がり、魔女の子が魔法を打ち始め、ウォルフはこそこそと扉に近づいていき、
キマイラが視線をよこし、困った顔をしながらウインクをし、ウォルフは苦い顔をして出て行った。
パフは……
もう何も考えず、ウォルフについていった。
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「問題児どもめ」
「よくわかった気がします」
久々の陽光を浴びて、ウォルフの白さが改めてわかる。
白い髪と青い瞳が織りなす、静かな感動。そこに日から注ぐ温度が合わさり、言い知れぬ爽快さが伝わってくる。
「おいパフ、お前から見てどうだ? あいつらと俺ら、どっちがアホだ?」
また戸惑うだろうと思っていたのだが。
「どっちもどっちです」
きっぱり、はっきり答え切った。
そのあと正気に戻ってウォルフの剣が飛んでくるかと思ったのだが――ウォルフは沈痛な表情のまま項垂れて、
「――いや、俺の方が下らないことを聞いた。悪かったな」
「いえ、あの場にいて感情が高ぶらないほうが変ですよ。えぇ、みんな変に子供みたいです」
そう告げた後、空を仰ぐパフを見据えるウォルフ。
パフはパフで森であやしていた弟たちを思いだしていた。
まだ幼い子供の頃だったか、年長だったパフリシアがまとめ役で、皆の遊びたいことをまとめ用としていたのに、みんなそれぞれ好き勝手に遊び始め、困っていた。
そんな日々が、遠いようで――
「男はみんなガキみたいなもんだ」
「それは威張って言う言葉じゃないと思いますよ」
「これもキマイラが言っていたんだが――」
「受け売りばかりじゃダメです……って、記憶がないんでしたっけ」
パフは改めて目の前の白髪の青年を見やる。
この人離れした容貌の裏に潜む、儚さの正体がそれで……だとするとどこか物悲しい。
「あまり気にするな。そもそもあいつらそれぞれ何か隠してる、そっちの方が気になる。
キマイラは俺に対してだし、
キャシーの奴は何か企んでいる。
ワイバーンに至ってはこいつこそわけがわからん。
あの天使は……論外だ。人間の枠から外れすぎている」
「キマイラさんはわかりやすすぎると思いますよ。あれは何と言うか、憧れです。貴方に憧れているんですよ」
「はぁ?」
「以前、貴方が助けたと言う話です。おそらく、キマイラさんの元の世界では、人に助けられたという感動が少なかったんじゃないでしょうか?
その感動が大きすぎて、彼自身も全く処理できてないと思いますよ。多分、この衝動は貴方の記憶を取り戻せば収まるはずです。
お二人風に言えば、お互いに借りを返せた、なのでしょうか」
「……わかりやすい」
嘆息のあと、ウォルフがつぶやく。
「あの小難しいキマイラよりわかりやすいな。ああ、子供をあやしていたとかいってな……」
そう告げてから、自分自身を子供だと言ってしまったような発言に、自虐的な怒りを覚えるのだが、そこをパフは突かずに告げる。
「いえ、私も理解は及ばないですよ。だからなんとなくの感想です。
それにウォルフさんの見解も確かに納得できます。
キャッシーさん、あの金髪の女の子は見てて分かりやすいです。感情表現が豊かなので感情面ではよくわかります。ただ、思考面が皆の中で一番だとすると……」
言葉のない魔術を次々に行使していた、魔女を名乗る少女――
「私からすると、あの子が一番大変かもしれません。男の方が子供だとすると、女は残酷ですから」
「……そうなの、か?」
「そうですよ。女は出産という現実が一番つらいとお祖母ちゃんに教わりました。……って、まだしたことないですよ!」
真っ赤になって抗議してしまい、さらに慌ててしまうパフだが、
「えっとえっとだからだから、もし目的があるなら、彼女はまぎれもなく虎視眈々と、その機会をうかがっているのかもしれません。……そう、感情を表すという少女の面を表に出し続けて」
「逆に言うと、あの女が本性を現すときは」
「本性と言うより、その目的のときですね。多分、今のウォルフさんみたいになるんじゃないかな、と」
「俺?」
自覚がないとは思っていた、パフは、この際、口にすることにした。
「目的のために自身の感情すら押し殺している状態です」
「べつに押し殺している覚えはないが――いや、そこはお前の勘違いだな――」
言い淀んでから、ウォルフは。
「……感情の記憶すら、覚えていない。俺は笑っていたのか、泣いていたのか、苦しんでいたのか、怯えていたのか、それすらわからない――ただぼんやりと覚えているのは――」
海、潮騒の匂い、血と鉄――
青い瞳の、黒く長い髪の女――
「それが現実かどうかも曖昧で――」
「……」
パフが無意識に、ウォルフの頭をなでてしまった。
「え? あ、その!? いえ、うちの弟と間違えて――えええ!」
「……」
ウォルフはというと、無表情のまま撫でられ続け、パフの反応にもまた無表情で返していた。
ただたんに驚いたのと、俺のどこが弟に似てるのだかという所感と、この女の反応が自然すぎて――
「……ふと気づいたんだが、お前、俺の頭に手が届くんだな」
「弟は背が高いので――」
ウォルフは話術:話題逸らしを使ってみた。キマイラが良く使う。あと余りしゃべらない自分と話すとき、唐突に切り出す手口でもある。
「その、すいません」
話題が変な方に向くときと、躓いたときに使えるとキマイラとの会話で学んでいた。ほとんどが経験と雑学でしかないが。
「……かまわん。一つ思い出したし」
「え? ……何ですか?」
「教えない」
ウォルフは喧騒が響く宿屋を見据えて――
「パフ、そのお姉ちゃんモードで頼みたいことがある」
「え? ……はい?」
その後、パフが大声で怒鳴り込んで、宿屋の騒動は収まった。
ウォルフはさりげなく思い出していた。
いつも謙虚で大人しいパフであるが、あの天使を覗けば、彼女が最年長なのは確かだった。
彼女は見ている。静かに見守っていた。
そんな姿が、誰かに重なった気がした。
そんな誰かでも、確かに力があるのをウォルフは知っていた。
それを、思い出した。
罵声と怒声が止んだ。外で待っていたウォルフは何が起こったか想像できないが、結末は目に見えるようだった。
パフもまた、怒らせたらやる娘だった。
========
「というわけで」「どういうわけだ」「はい、ちゃちゃいれない」「いい加減にしなさい」
宿屋――の受付にて――
最初とは増えた旅の一団に、受付は困惑するのだが――そこを制して、黒い衣服の少年が告げる。
「以上六名とオマケ、お世話になりました」
ぞろぞろと立ち去る若人一団に、宿の男は困惑するばかりであったが、その後で、一団の数名が指名手配であることを知るのは、もう少し後のこと。
広い街道を道行く一団がいる。
「とりあえず目的海で~」
「バカンスには丁度いいわね」
「僕は海というものを見たことがないから、楽しみだな」
「そうか、……でかいぞ」
「ああ、でかいのはいいことだ」
「でかいは、男の、ロマンなり!」
珍しく男たちの会話が目立つ。パフも初めてなのだが――話題には入らず、そっとしておく。やがてこちらにも声がかかるだろうし、彼らの仲を深めていくのを眺めていくのも自分の役目だと思ったからだが――
「そう言えば、このメンツだとリーダーはパフちゃんでいいんじゃね?」
「はへ?」
思わぬ方向から矢が飛んできた。
「任せた。唯一この世界の住人だしな、方針などはそれに従っていた方が無難だろう」
珍しく口数の増えたウォルフが思わぬ支援。
「それもそうか、面倒見もいいことだし」
どこか思案、無難という表情をころころ変えてキャッシー。
「異議はないよ。この中で唯一の常識人だし」
同調するワイバーン。四面楚歌。
そして最後尾にいた天使は無表情で――
「頼んだ。私はニンゲンの常識、良識に無頓着だ。体も安定しないし」
この始末。
「チーム名きめようず」
「エルフィンナイツ」
「悪く無し」
「意味は?」
「エルフの騎士団」
「竜騎士、魔女騎士、羽根騎士、破壊騎士、天騎士――が並ぶか」
天使まで話題に乗って、おいていかれてきた。
あたふた反論しようとするけど、
「ああ、もうそれでいいです。
皆さん、ほかの人に迷惑かけないこと、私からはそれだけです」
でかい子供たちだと、エルフは微笑んだ。
ふと、背後の天使も口元がほころんだような気がした。きっと気のせいではないのだろう。
「じゃあ、旅の続きです――」
Et Albi Niger あるかわ @ALFEDEXT
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