多数獣

猫っぽい人。狼っぽい人。蜥蜴のような人。蛙のような人。

人を例えるとき、獣のように例えるが、獣に挙げられる彼らは果たしてどのような感想を抱くのだろう。


たとえで言うなら猫と言う例えもまた文化圏によって見識は異なるだろうし、


いやそも動物もまたたとえの一つであり、それはある物質をあげて人を例えることもできよう。


ウォルフ、狼を名乗る彼が目に入るので彼を当てはめるなら、


刃。


常に鋭い眼光、目を丸めると少女っぽさが上がるのだがそれは言わない。

銀糸、まるで刃先であり刃筋のように滑らかで……

外套の下から歩くたびに覗く手足はすらりと鋭く、細い。



視点を変える。


エルフ。亜人種でいいだろう。

そも人間を基準に考えるのはどうなのだろうか?

とりあえずそこは自身を基準とすることでとりあえず納得する。話が進まない。


金髪は陽光、笑顔は眩しく、天真爛漫な性格。

太陽。


次、そこでふよふよしている光。

――以上。


以上じゃない。野郎以外の描写が極端すぎると自問自答と思ったのだが、

そこは別の問題でややこしい。

だって男の子だもん。

物珍しく値踏みするのは、やはり失礼と言うより性的に見ざるを得なくなってしまう。だって男の子ですから。


魅力的な少女を前に、男ならどう反応するか――避けて通れる問題でもない。

保留。



避けて通れない問題。

さて、本題。


魔女は、こう呼んだ。

「合成獣。それで収めておきなさい。アンタ、どこか私ら三人と似通ってて全く違う――どこか致命的な部分だけがそっくりで、致命的な部分しかもってない」


猫を名乗る魔女は、孤独を好み気性が荒く。

翼竜を名乗る剣豪は、その強さ故に、弱く、優しく接せざるをえず。

狼を名乗る孤高は、孤独を演じているようで、群れなければ生きられない弱さを持つ。


猫の頭に翼竜の翼、狼の体って変なキマイラだな。


だが真実――そこにさらに含まれるのは――


天使わたしが含まれているな』

キマイラはふと背を振り返る。


パフを太陽と称した。

妖精を光と称した。


では、彼女を何と呼ぼう?

女神であり、死神であり、光でありながら闇を湛えている。

神と称してはみたが、人に手を伸ばした。

無情でありそうだが彼には有情を与えた。


キマイラだけが気づいていた。

キマイラだけは知っていた。

それを伝えてしまえば。彼女はどんな仕打ちを受けるのだろうか。


猫の魔女は気性荒く彼女に牙を剥くだろう。

気高き翼竜は話はすれど、その剣は彼女をとらえ続けるだろう。

孤高の狼は、問答無用で襲い掛かるかもしれない。


例えるなら、いや例えるまでもない。

彼女は、彼女こそは天使。


「合成獣っていったけど、その形は歪なんてものじゃない。

天使が主体で、様々な獣を内包している。

そんな存在、私の世界ではこう呼ばれていたわ」


キマイラの世界でもそう呼ばれていた。

――悪魔。

『悪魔ではないと思うぞ。なるとしたらこれからか』


彼女は語りかけてくる。

どこであろうと、その存在を示すように。


背後から、ときには正面から――


周りには視認できていないらしい。

エルフの里でも、ふらふらとあちこちでのぞき見をしていたのだが、あのパフの弟さんも認識している様子はなかった。

神様ってのも案外こうなのかもな。

いつもそばにいて、誰も気づきもしない。


=====

「どうした、誰かいるのか?」

切っ先を突き付けられるような言葉をかけるウォルフに、キマイラは「いや」とだけ答えた。振り向きはしない。

ただ見据えている。


無表情でこちらを見据えている、天使――キマイラの命を救い、人生を奪った天使。

何かを告げたそうな、告げられなさそうな。

ウォルフに振り返らなかったのは、視線を、表情を読まれると思ったから。

だから確認するふりをして、天使の表情を、無表情の中の表情を読みぬこうと試みる。


天使はふと上を向いた。

上?

エルフ娘のパフが小さい悲鳴を上げる。

気づけば、キマイラの頭上に巨大な影が覆う。


「……あ~~~れ~~~」


巨大な影とともに、宙に浮く自分の体。

天使を見ていて気を取られていたが、どうやら巨大な怪鳥に鷲掴まれ、そのままさらわれているようだ。

影のフォルムは鳥のそれ、大きさは自分の影十人分でも足りないだろう。

地面があっという間に小さく、ウォルフが剣を振りかざしてとびかかろうにも、もう離れすぎている。


……荷物を持ちすぎたかな? などと意外に冷静な自分に呆れる。

ここから落とされてもすごい痛いだけで済むだろうとか思っているが、痛いのはすごく嫌だ。左腕を骨折した小学生時代を思い出した。

延々と続く激痛、地獄のような痛み、その末端を垣間見た経験が、ようやく恐怖を思い出させてくれる。


キマイラは宙づりの状態のまま、自分の翼を広げてみる。

空中での運動は、加重によっていくらかバランスを崩せるのだが、この巨鳥は岩石のようにびくともしない。

恐らく羽根は軽くとも、軸たる足首はこの巨体を支える以上に強靭なのだろう。暴れるのは体力の無駄だとわかる。


だが、暴れたい。

が、もう一点。この怪鳥はキマイラ自身ではなくキマイラの背負っていた背負い袋を引っ掴んでおり、キマイラは腕と翼でそれを背負っていた。


ここで暴れてしまうと、荷物だけ奪われて、自分は地獄の痛みに苦しむ。


選択肢は狭まった。

『ふむ、よじ登って倒す気か?』

…………


並走して横を飛んできた天使が呟いた。

「……助けて」

『人間の生きざまに手を出すなと啖呵切ったあの勢いがウソみたいだな』

「調子ぶっこいてすいませんでした」

無様である。


『だが、お前ひとりで倒せるのに、わざわざ私が手伝っていいのか?

お前は、お前自身の生き様を残して死ぬのではなかったのか?』


……言われて、キマイラは心の中の何かがすとんと抜け落ちた。

同時に下半身を振り、反動で巨鳥の足に自分の足をひっかけ、荷物から腕と翼を抜く。

自分の体重と荷物、それが動いてもビクともしないのも頷けるほどの、固く太く鉄とも思える脚にしがみつき、旅に備えていた短剣を突き立てながらよじ登ろうとする。


だが、短剣を羽毛に突き立てた瞬間、巨鳥もひと際大きく嘶き、急降下を初め、キマイラの体が一瞬、宙に浮かぶ。

だが、翼を広げつつ、風を切り、巨鳥の足からは離れまいと懸命に抱きつく。

荷物にはウォルフとパフの食料や、簡易テントもしまってある。あの二人が飢えてしまうのは申し訳ない。

『そんなに大切な荷物なのか?』

「人間の生活には結構必要なものだよッ」

唇が風で震えながら、なんとか叫ぶ。


同時に、みるみる地面……森が近づいてくる。

木に叩きつけて、振り落とす算段のようだ。

思考が吹き飛びそうな衝撃――

緩む指先――


剥がれる自分の体――……ふと、そばの天使の、翼の広げ方を見やる。

翼は、あの鳥のように羽ばたいていない。

まるでテレビで見知ったヒーローたちのように……ただ広がり、空を飛ぶのではなく、空に浮いて当然というように……


……広げた翼に、気持を込める。

その思いは「荷物返せや、クソ鳥が……」


======


天使は、その後の光景を見終えた後。

『普段怒らない者が怒ると、どうなるか見当がつかないというが』


木だけでなく森を焼き払い、大地を炎上させ、巨大な木に串刺した怪鳥を背にしたキマイラに、訊ねた。

『わざと怒った程度ではこの程度だ。練習にはなったか? 化物キマイラ

「……そのもの言いだと、やっぱり俺、天使になれないんだな」

『お前の言う天使と言う意味が神の使いというなら、なれないだろうな。

私自身、神でもないし。仕えている神すら殺してしまった』

「……そっか」

その表情は、火影に隠れて読み取れない。

『逆に聞きたい。お前は、何になりたい?』

黒い炎を見上げながら――

どす黒い怒りに包まれながら――


「私と同じ、神亡き天使に堕ちたいの?」

その時だけ、キマイラは彼女の表情が、体が、光を纏わぬ誰かに、人になったのだと、そんな思いが、実感があり――

「……たくさん考えたけど。

強くなりたい、心も体も、人として――人を生きて、人として死にたい」

炎の向こうに見えた表情は、とても寂し気に思えた。


=======


「今夜は焼き鳥だ」

「墨だらけじゃねえか! やるならもう少し加減を覚えろ!!」

「うるせぇ飛べるようになったんだから多少便利じゃろ!!」


再開一番に殴り合いの喧嘩を始める二人に、エルフの娘は怯えながら仲裁する。

「あの、あの、喧嘩は……ウォルさん、バスターソードで殴ったらダメですよ。キマイラさんも今日はやけに強気でも拳で剣にはかてな……ああああ」


『……』

傍を漂う光纏う妖精は、燃え尽きた森と、ウォルの言うようにほとんど墨と化した怪鳥を観察してから――


『キマイラ、アンタ、本当に天使なの?』

喧嘩する二人を、糾弾する様に、告げる。

ちょうど、ウォルの左ストレートを頬にぶちこまれ、妖精のもとに吹き飛ばされるキマイラ。


その妖精を見上げ、

「こんな残酷なことができる生命は、俺の知識では一種類しかいないよ。

俺はどうあがいたって、どう着つくろったって、人間なんだよ」

そう言って、今回もキマイラは一度死んだ。


=======


『人を動物に例えるならば確かだが。彼らが物に、道具に見立てられたなら、物語は変わっていたのだろうか?

ウォルならば間違いなく蛮剣。得物と違わず、ただただ暴力にのみ特化した権力のなき暴力の剣。棍棒でもいいだろう。

ならばワイバーンこそそれと対なす剣。彼は語るまでもない。

それにつきそう魔女キャシーになれば鞘に思えようが、その実、杖が適切。

叡智の象徴でありながら、棒としての暴力もまた然り。

……キマイラは決まり切っているな』


妖精は気づいていた。誰にも気づかれず、彼女すらキマイラの視線でようやく見つけられた、輝ける天使をみやる。

彼女の表情は、いつも無表情だ。キマイラだけがどうして気づいているのかは、彼女も知らない。

彼が語らない以上、彼女もまた告げない。


妖精は語りかけられていることに気づき、何か答えようとする。

それを天使は唇に指を立てて、沈黙を妖精に強いる。


『彼は爆弾。

この世界を破壊する、彼の世界では核ともいうべき大災害。

天使の心臓、星の心臓に相当するものを当てがってしまったのだ。この程度の被害は想定できるが……』

『これからもっと壊すってこと?』

『本人は嫌がっているがな。

この爆弾を人が、誰かが、世界の叡智が気づいてしまったら、どうなると思う?』

『その前に殺しちゃう?』

『妖精の割には物騒な子だ。

それをどうするかは、この世界の住民である君たちの役割だ。

どうもこの世界はバランスが悪い。

私がやって来てしまったのも一因なのだろうか、どういうわけか神々が多い。

私は言われた通り、ただただ中立よりの贔屓側だ』

『それって、こいつらの?』

『巻き込んでしまった責任、というものかな。すまないが彼らの世話を頼む。私が直接手を出すと、この世界の神々にも失礼にあたるだろう』

『この世界の、神々?』

『ああ、手を出されると厄介でね。私は彼以上にこういう手加減は苦手なのだ。

私は仮に名乗るとしたら――。意味があるというなら』


彼女の意味は母艦。

数多の獣たちを率い、新天地を目指すとある箱舟を想起させる。

キマイラが聞いていたなら、そう例えただろう。


『数多の獣を率いる――私こそ、間違いでも間違いでもなく悪魔だと思うのだが、妖精、私は何に見える?』

『えっとね、あいつらのお母さん』


妖精の言葉に、天使は何とも言えない顔になったのを見て、妖精は心の奥底で思う。『そういう人間臭いところ、彼らに似てる』と。

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