魔女

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白い小道を行く影が三っつ。


一つは漆黒、黒い衣装に対して、白い翼を広げる者が腕を頭に乗せ、組んで歩く。

一つは白銀、銀糸の髪を翻し、その背には対した黒い大型の剣を背負う。

そして一つは金糸の髪を短く刈り込んだ、小柄な者。背には弓を背負い、小袋を抱えている。


おまけで、日の光に飲み込まれているが、小さな輝きが彼らの周りを浮遊している。


「沈黙に飽きたな。誰か、話のネタはないか?」

先頭を歩いていた黒い天使が静寂を破る。

「うるさい黙れ、機嫌が悪い」

「……す、すいません」

怒られたわけでもないのに、謝るエルフ。

「次の町に着いたら置いていくからな」

「そ、そんなぁ~」

『ヒトデナシ~』


「何がそんなに気に食わないのさ、相棒」

振り返った天使、キマイラと名乗る黒い男は、

白い青年……見た目は綺麗な少女、のウォルと名乗る彼は、怒りを露わにして怒鳴る。

「危ない旅だってのに女子供連れて歩いているこの状況がだ!」

「守り抜けばいいじゃないか」

「俺にそんな余裕はない! お前だって自分の身は自分で何とかするというから同行を許してるんだ!」

「だってよ、パフちん、自分の身は自分で何とかするように。これで解決、ではないな」

「ねぇよ!」

「では、女だからってので話題を攻めよう」

「攻めるな!」

「いや相棒よ。女だからってのは一種の男尊女卑、女より男がすぐれてるって考え方だぜ」

「戦闘力ならばそうだろう」

「いや違うだろう。それを当てはめるなら、俺多分彼女より弱いぜ」


その言葉に驚いたのは、当の話題のパフと呼ばれたエルフで。

「え? そ、そんなことないです、よね?」

「いや、俺の戦力は一般男子程度。剣もこん棒も斧も使えるけど、戦いはできません」

「超役立たず」

「だから一遍死んだんだって。

この間、ナイフと今は弓かな。多分、狩り用のだろうけど。彼女その辺は習得してるんじゃね?」

キマイラの言葉に、パフはこくこくうなずく。

彼女と初対面した際、パフはウォルの背後に近づき、その短剣を首筋に添えていた。

「何より俺はこの質問をしたかった。パフさん、料理できますか?」

「まかないのお姉ちゃんと呼ばれてました」

「「採用」」

野郎二人の声が重なった。


「って、納得しかけたじゃないか!」

「ち、引っかからなかったか」

「引っかかってくださいお願いします」

ウォルが髪を振り乱して怒り、委縮してしまうパフ、そして何故か笑っているキマイラ。

「だが料理番がいるなら、お荷物がそろそろはっきりしてきたな」

「俺かよ。……まぁ、別にいいけど、美女二人旅ってのもいろんな意味で危ない気が」

「俺は男だと言っている、ってもう何回言わせるんだ!」

剣の腹に脳天を叩きつけられ、地面を抉るほどの一撃。


その光景だけでも、その威力を物語っているのだが、それを受けてひょこりと立ち上がるキマイラ。

「初見でお前を男と見抜くのはそこそこ経験がいると思うぞ。

そもそもこの世界でお前を見抜いたのって、……ワイと彼女だけじゃん」

「ワイ?……アイツか。あの女の方は例外だが、人間で見抜いたのはあいつだけだったな」

「あれは人間を何万と見てきたって眼光だろう。

というか、アイツじゃないと向こうの魔女を抑えることできんじゃろ」


『ねぇ、ワイって誰? 魔女?』

その会話を遮る光。妖精……

「そういえば、妖精殿、君の名前聞いてなかった」

『ないよ。好きに呼んで~ で、ワイって誰?』

「俺たちと同じ類の奴だけど、さっき言ってた戦闘力に関しては俺が見てきた人間の中では断トツで一番だろうな」

「だな。一度手合わせしてみたが……アイツだけは勝てる気がしないな」

パフにしてみれば、あの背の大型剣を軽々と振り回すウォルにそこまで言わせられる人間がいることは驚きだった。

人間嫌いの彼が、生死を掛ける戦闘において称賛することもまた、驚きでもある。

「……ああいう類の人間にまだ出会っていないってのは救いだな。

そんな奴が敵に回ったら、どうする気だ。……キマイラ」

「そういう類の対策が俺だろう。まぁ、この体と悪知恵を働かせるのが超しんどいだろうけど」

パフが知っているのは、先ほどのように致命傷になる打撃を、斬撃を受けても死なないこと。

そして背中に生えている翼。

多分、天使と言われているが、その詳細はわかっていない。

どうやらそれは本人にも当てはまるようだ。

「楽観的だな。仮にワイが敵だとして」

「想定済み。ああいう達人は想定外のさらに想定外を叩きつけて、さっさと倒すに限る。まぁ倒す前に和解できたらいいんだろうけどさ」

『じゃあさ、魔女って誰よ?』


舞う妖精に二人は真顔で答えた。


「「俺たち以上の問題児だ」」


=====01


白い小道に小さなくしゃみが響く。

二つの金色が陽光に映える。


「誰か私の噂をしてるんだっけ、こういうくしゃみ。これ話してくれたのDの奴だっけ?」

訊ねるのは金髪碧眼、小柄ながらしなやかな体躯を持つ少女。

「コードネームで呼ばなくていいの? まぁ僕らだけだからいいか。キマイラ、ね」

答える金髪碧眼の青年。背の高い青年は困ったように答える。


また一つ、可愛らしいくしゃみが空に届く。

「……二回目はバカにしてる、だっけ」

「よく覚えてるね。コトワザ、って言うんだっけ」

「あのバカの信憑性のない話の中に、私なりの裏付けしたらあってる話もあったからね。こういうのは魔力の感受性に左右されるんだけど」

「へぇ、じゃああの二人が今、キャッシーの噂でもしてたの?」

「あの二人が私を話題にするなんて、何だと思う?

男の視点からして、一体私の何を話題にしてると思う? 男の子のワイバーン君」

「ん~……」

ワイバーン(翼竜)と呼ばれた青年は、その癖毛をかき乱してから、

「……下世話なネタかな?」

「馬鹿はともかくあの全身凶器の狼が下世話な話題をキメェとすると思う?」

もっとも、ウォルは誰にも打ち解ける気配がないけど、とも口ずさむ。

「僕もウォルとはちゃんと打ち解けた自信はないけど、キマイラならなんとかして仲良くアホな話をしてると思うけど?」

「ワイってさ、人を見る目はあっても見通すまではできてないわね」

「そうかな?」

「ウォルの危険性は過剰なまでの防衛反応よ。

あいつ本人はただの人間。キメェのような変異体質でもなければ、貴方のように軍務に服して肉体を強靭に鍛え上げたものでもない。これは貴方の見る目の意見だったわよね」

「そうだね。だけどそれ故に、あの手の輩は厄介だよ。訓練ではなく、実践だけで鍛え上げた本物の戦闘家。できれば今度戦うときも、試合であってほしいものだよ」

「男ってなんだかんだで腕っぷしを示したがるわね」

「強さ、大きさ、そして格好良さ、それら三つの男らしさは男の誰もが憧れる三大要素だそうだし」

「それもキメェのセリフじゃない」

「あの時は否定できなかったね。僕を見る目がキラキラしててよく覚えてたよ」

嬉しそうに語るワイバーンに、キャッシー(猫)と呼ばれた少女は嫌そうに眼をそらした。

「暴れるなら他人の迷惑にならないようにしてよね。主に私の迷惑に」

そう釘をさされ、何かを言い返そうとしたワイバーンは、そのまま沈黙を通した。


「話戻してさ、私を話題にすると仮定したら、何に対して話していると思う?」

沈黙されたのを察した少女が、少し話を戻してくれたので、ワイバーンは答える。

「そうだね。おそらく魔法? 魔術? 関連じゃないかな」

「私の実家では魔術で定義してるわね。魔法だとそれこそ奇跡といった、理屈の通らない式になるから。ふむ……」

少女は首を傾け、軽く熟考してみる。

「何かしら魔術的な問題、いやそれだと私を小馬鹿にした二回目のくしゃみが……」

「いや、小馬鹿にしたくしゃみって……小馬鹿にしたかどうかわかってないじゃん」

「女の勘、って言葉はワイバーンの実家にはなかったのかしら?」

「いいえ、そのまま続けてください」

否定は拒絶する、と言われたと思った。実際その通りでもある。


「で、ワイバーン、私を小馬鹿にするバカとアホ、その内容って何だと思う?」

ワイバーンは、わかっていた。

彼女がどんな回答を想像しているか、

彼女は一度、自分の胸元を見ようとして、止めた。どうせ地面が見えたのだろう。


ワイバーンはその禁句の回答をはぐらかすため、他の仮定を提示する。


「僕が思うに、三人とも思い違いしてると思うよ。

キャッシーが気にしていることだけど、ウォルはそもそも記憶喪失でそれどころじゃないだろう」

ウォル、記憶喪失とともに迷子。

それ故に情緒不安定というのがワイバーンの第一印象。珍しい銀髪と、少女のような容姿と体躯。その姿からあらゆる人々にどのような視線を向けられるかは容易に想像がつく。

その驚喜の視線にさらされ、余計なストレスが加わる。

結果、彼は物騒な対応をとっている。

そっとしておくのが良いというのがワイバーンの現時点での回答である。


「ついでキマイラは、君を弄るために言うことはあるだろうけど、陰口で叩くような奴ではないよ」

キマイラ、ワイバーンが見抜くには素直で直情。人を罵る、貶すことはあれど、それを陰で言うような人物ではなかった。そもそもそのような話題がでたとき、たいてい自分の欠点を上げることが多い。

彼自身、旅をするにあたって、自分の体力が劣っていることに対し劣等感を抱いている。

お気楽な表情は、それを隠すための反動だろう。


「僕が思うに、三人とも『自分より問題児である』と言う話題で上げた人物に、君が上がったんじゃないかな。だとしたら『君が言うな』と返したいね」


とんできた拳を、ワイバーンはあまんじて受け入れると同時に、

遠くどこかで、くしゃみが二つ響いた。



=====02


「見つけましたぞ。双剣の騎士、金色の魔女殿」

街道を抜け、街に入ろうとしたところで二人は呼び止められた。


門下に佇んでいた騎士の隊。数人が規律そろえて並んで身構えている。

そこへ老齢の騎士が軽装の状態で前へ出て、なにやら書類を取り出して読み上げる。


「ルーメンの女王、アレクシア・サンドライト・ルーメン様からの書状を読み上げまする。あなた方の功績を湛え、我々にはお二人を歓迎する用意が……」


金髪の二人は無視して門の窓口に進んだ。


「おいまて……」

騎士の一人が呼び止めようとして、吹き飛ぶ。

「ワイバーン、こっちやっとくから手続きしておいて」

「……こういう役割、普通逆だと思うんだけど」

「は? 男が肉体労働で女は頭脳労働ってわけ? 一体いつの話よ」

「曲がりなりにも男として育ったからね。女の子に怪我させるような真似……なんかキメェもこんなこと言ってたな」

「野郎の意味のない強がりね。こういうのは効率よく、よ」

ワイバーンはため息を一つ零し、

「殺しちゃダメだよ。僕らはまだこの世界で誰も殺してないんだ。

あの御姫様、今は王女様か、もそれを慮ってくれてるんだろうし」

「わかってる。馬鹿にしてるの?」

「怒った君はキメェ以上に馬鹿になってるよ」

「後で覚えてなさい」


魔女が指を鳴らす。

すると騎士たちが一斉に崩れ落ちた。

甲冑がかち合う甲高い音が、街に響き渡る。


「終わったよ」

「手際良いね。この書類にサインだって」

「はいはい……これでよし」


老騎士だけは、書状を閉じて、崩れた騎士たちを見据え、

「やれやれ、またか……」

「おじいちゃん、いつもご苦労様」

「翁、すまないけど遠慮するよ。僕たちはこの地に隠居するなんて気はないからね」

老騎士の横を、金色の二人がすり抜けていく。


「どうか女王陛下をお助け下さいませぬか? その折には、あの黒騎士から姫様をお救い致したあの時のように」


魔女は、空気が一瞬変わったことに気づいた。

それは騎士たちからでもなく、

老騎士でも、街からでもない。


すぐ隣の、この翼竜を名乗る男から――


「あの戦いで、僕たちは仲間を一人失っている。

何も知らない、何も持っていない、ただただ何でもないただの人間だった。

僕たちは勇者でも魔王でも悪魔でも天使でも神でもない。

ただの人だ。

僕たちにできて、君たちにできないとみくびるな。

助けしか請わない者を、助ける傲慢なんか持ち合わせてない」


キャッシーはこのときの彼の眼光を覚えている。

ウォルフと手合わせした時の目。

その黒騎士と配下たる魔物とか言われていた者たちと激戦を繰り広げた時の目。


戦うときの、目だ。


「行くよ、ワイ。

ああ、御姫様によろしくいっといて。別にどっかの国に浮気する気もないから」

キャッシーの方が、言葉を出すのに苦労をした。

怒らせたら馬鹿になるのはどっちなのだか。


====03


「私ら、こっちきてから怒りすぎ」

「え? そう?」

食事処。窓際の席で金髪の男女が会話をする。

日は一番高いところを過ぎはじめ、陽光によって二人は嫌と言うほど目立ってしまう。


「私は普段から怒りっぽいのは仕方ないとして」

「自覚はあったんだ」

フォークがワイバーンの額に飛んできた。だが甲高い音に弾かれる。

彼の額には白い鉢金が巻かれていた。彼女もそれは知ってはいたが、だからこそ刺さるように投げたのだが、上手く刺さらない。当然なのだが。

「ワイはあの時の戦闘、まだ気にしてるの」

「キメェのことは……うん。一般人を巻き込むなんてのは論外だよ。

騎士も軍も兵士も、本来は自国の民を守るためにあるはずなのに」

「あいつをあんまり過小評価しないほうがいいわよ。あの時とかそう言うの抜きにしてね」

頼んだ手羽先に改めてフォークを突き立て、切り分ける。

「あんたはそれとして、キメェも怒りっぽいよね。ただあいつの起爆剤だけがさっぱりわからないのよね」

「わかるよ。多分、僕たち三人だろう。

僕らに何か危機が迫ると、彼は動き出す。

と言うより、もうあの天使と言う存在がもう規格外だ」

「想定外、ね。なんなのあのチート。

死なない、怪我しない、おまけに魔力の宝庫」

「怪我はするだろう。あの血塗れになって暴れてたキメェは……もう見たくないな。ああいう性格は戦士に向いてないよ」

「同感。……でも私らの危機って何よ。あいつ以外の私ら、全員強いじゃん」

「強いけど、人間だ」

「……私は、魔女だよ」


キャッシ―の目が、冷たく、鋭く、ワイバーンを見据える。

その目を、ワイバーンは知っていた。

魔女……

忌まわしき烙印。

人ならざる術を操る魔性の女。


「君は――だよ」

「名前言うな」

「大切な名前なんだろう? 僕は僕、ウォルはウォル、キマイラはキマイラ、そして君は君だ。僕の、俺の大切な仲間だ。

きっとキメェも同じこと思ってるな」

「キメェにしたら、私たちがいなくなるのが一番嫌なんだろうね」

「だろうね、だから無謀な盾になろうとする。もう少し鍛えたら使い物になるのに……」

「そういうところ、軍人さんね」

「退役したはずなんだけどね」


「じゃあ、仲間のために、少しは働きましょうか。

あの光色の堕天使――一体何のために私らを呼び出し、

キメェをあんな体にして、私の魔を開放したか、きっちりとっちめなきゃね」



=======05


その光色の堕天使と呼ばれた女は、その席の隣でコーヒーを啜っていた。

「あの時、君ら四人、魔物四体と黒騎士一人に虐殺されるところだった。

彼女の眠ってる力、もう存在しない天使の力、その二つを起こしてようやく辛勝というのは意外だったが、もう一つ意外なのは」

カップに残った薄黒い液体、カップの白い底を見据えて、彼女は吐く。

「なんで私が彼らに追われるのだろうか」


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