エルフ

01=======


鬱蒼と茂る森に、歪な色が二つ。

一人は漆黒の衣装に、白い翼。

一人は白磁の髪をなびかせ、背には身長を超す漆黒の大型剣。


二人は森林の真ん中でお互いに向かい合っていた。

正確には、その二人の間で、何か慌ただしく輝く光がある。


黒い人物はその光を器用に摘み上げ、興味深げにそれを、

いや、彼女を眺めていた。


「妖精って初めて見た。本当に小さいんだな」

『離せ! は~な~せ~』

「離すけど暴れないで、翅もげちゃうよ!」

『だったら放してよ!』

小さい、人型をした、妖精。

黒い青年の手のひらほどの大きさ。

人型の背には、蝶のもつ翅が光沢をきらめかせながら、青年の指に挟まれている。

「いや、離したら君、また俺らを迷わせるじゃん」


妖精の迷路、と呼ばれる現象が存在する。

慣れた道、見慣れぬ道、どちらにも起こりうるもので、

一言で言うと迷子になる。

同じ道を行ったり来たりし、本人たちは全く気付きもしない。


『私が止めたって他の友達が止めないよ!』

「なおダメじゃん! わかった、離してあげるから友達にやめるようお願いしてくれ」

『やだ!』


黒い人物の背中の翼が、小刻みに震えている。

白い人物はその様子で、こいつ本当につぶすかつぶさないか微妙な力加減でつまんでいるのか、と呆れていた。

「別に潰したらいいんじゃないか?」

「あかんよ! こんな可愛い妖精を……俺は虫だって極力殺したくないのに」

「偽善者め」

「なお毒虫は容赦なく殺す」

「毒虫ではないが害虫、いやこの場合は害妖精というべきか」

『きゃー! 妖精殺し~ だから人間なんて大嫌いなのよ!』

「なるほど人間だから俺らを迷わせた……。

譲歩しよう。今から離すけど、逃げないで少し話をしてくれないか?」

『だったら離しなさいよ!』


黒い男は素直に摘まんでいた指を離す。

途端、妖精は光の尾を描いて、森の奥へと消えてしまった。

「バカ。馬鹿正直。馬鹿天使」

白い男の罵詈雑言を気にせず、黒い人物はその光の尾の後を少し追うと。


「昔トンボを捕まえてさ、さっきみたいに翅を摘まんで生きたまま家に持ち帰ろうとしたことがあったんだよ」

「残酷だなお前」

「でもトンボはそのまま大暴れしてさ、自分の力が強すぎて、翅と体が捥げちゃったんだ。

本当、お前の言う通り、残酷なことしたよ」

「それが今の状況とどう関係が、ああ」

白い人物は木陰で震える光、先ほどの妖精がワナワナと震えて、こちらを睨んでいることに気づいた。

先ほど暴れすぎたせいで、自分の翅を痛めたのだ。

翅の輝きは少し濁り、妖精の表情には悲壮と恐怖が垣間見れた。


『わ、私を連れてったって、何の価値ないもん! だからお願い、連れてかないで!』

「連れてかないよ~。俺ら二人で旅の食い扶持は手一杯なんだから。

相棒、傷薬か何かなかったっけ」

間延びした声の黒い青年。どうやら妖精を傷つけてしまった罪悪感と、とりあえず話が聞ける状況に安堵したようだ。

「妖精に効くのか?」

「わからん。けど、勝手に入った俺らを害敵とみなして過剰に攻撃してきたんでしょう……多分」

木陰の妖精には近づかず、二人はまた向かい合って、お互いの持ち物を取り出し始める。

「触った感じ、翅や手足は虫サイズと同じ、僕らがちょっとぶつかるだけで折れそうだから、指先で超ゆっくり触らないと。相棒、塗り薬と小指」

「なんで俺なんだ。指はお前の方が」

「若干だけどお前の方が細い。つか、俺だと指太い」

「大剣使いの俺より指が太いって……。もう一つ、助ける理由は?」

「他の妖精の気配がたくさんする。ってか、この小さいのを全部倒すのはいくらお前でもしんどいだろ。ここは話つけて通してもらおう」

「なるほど、で、本音は?」

「こんな可愛い妖精を殺すくらいならお前を殺す」

「お前やっぱバカだ」

白い人物は一度、指で黒い人物の額を叩いてから、黒い人物から薬を受け取り、妖精へと体をかがめる。

「少し」「動くな」


近づこうとして、その背に冷たい何かがあてがわれていた。

白い青年は、どこか面倒くさそうに、それで苛立ちの視線を黒い青年に向けようとして、さきに黒いのが告げる。

「あ~、その姉兄ちゃんへの牽制は止めた方が……死んじゃうよ」

白い青年は、背中の大剣を振り向きざま、黒い青年に投げつけた。


一直線に向かった大剣は青年の脳天を貫いたように見え、

襲撃者たちは一瞬、何が起こったか察するのに間を要した。


その一瞬を、白い青年が威圧を込めて、告げる。

「俺は、男だと言ってるだろ」

「こういわなきゃ、お前、この剣でそこのエルフのねぇちゃん薙ぎ払ってたろうが。

その兄さんは物騒だから、力技は止めてほしいな。話をしよう」


右肩から胸にかけ、大剣が突き刺さり、呼吸が荒い状態というすさまじい状態のまま、黒い青年は淡々と語った。


白い青年の背を取っていた少女のエルフは、恐怖に震える。

それを尻目に、白い青年は何食わぬ顔で黒い青年に近づき、彼から剣を引き抜く。

鮮血が森に広がる。

「さて、こいつに免じて選ばせてやる。ここで殺しあうか、こいつと話し合うか。

今、俺は」

「喧嘩売るなや! 機嫌悪くしたのは俺の失言だけど、今暴れてるのお前だけだぞ!」

そして、怒鳴った。また鮮血が森に散らされた。

「お前、体貫かれたのによく喋れるな」

「毎日ごんごん殴られてたからな! 再生力がだんだん上がってる気がする」

「殴れば殴るほど強くなる。ああ、どっかで聞いたことがあるな」

「それはさておき、えっと……話、してくれる」

『できるわけないだろう!』


エルフの一団が一斉に弓と剣を構え、白黒二人を取り囲むのだが……

『待ってよ!』


小さな悲鳴が、いさかいを一瞬だけ、止めた。

『おじちゃん、何者なの』

とことこと、傷んだ翅では飛べないのか、さきほどの妖精がしげしげと、黒い青年を見上げていた。


貫かれた傷は致命傷と言える。そんな怪我で顔を青くしているが、

それでも笑顔を浮かべ、黒い青年は答えた。

「僕はたぶん天使モドキ、こっちはただの人間モドキ。ただの旅人だよ。

勝手に森に入ったのは謝るし、僕がここで怪我して血をまき散らしたのも謝ろう。

とりあえず……休めるところください」


そう言った後、黒い青年は後ろにのけぞり、気絶してしまった。


02========

黒い彼が目覚めると、草葺の床に寝かせられ、治療を施された跡があった。

傍で白い青年が何かを飲み、エルフの少女と何か話していた。

「起きたか、馬鹿野郎」

「んなことゆうなよ、危うく女の子殺すところだったんだぞ」

その点についてだけ、白い青年は目を細めて答える。

「まぁ、もっとスマートなやり方あったかもな」

そんな横で、少女がさぁっと顔が青くなるのだが、その傍で妖精がひょいと現れ、黒い青年の腹の上に登ってくる。

『おい偽天使』

「何? お転婆妖精」

『お前、元人間の今天使なの?』

「そだよ~。色々あってね。白い兄ちゃんから聞いたの? 話せばいい奴でしょ?

荒っぽいのが玉に瑕」

『あれは荒っぽいじゃなくて物騒だよ。

私、最初あんたがエルフを連れた人間だと思ったんだよ』

黒い青年は一つ嘆息した後、白い青年とエルフの少女、それに先ほどであったエルフの青年たちを思い出し、その顔立ちを思い浮かべた。

「なるほど。俺がエルフの女性を……相棒、頼むから殺意向けるな。お前の容姿だけはどうしようもない。

エルフを連れて、森に入って、他のエルフをおびき寄せている人間の狩人だと思って、それで襲った、かな?」

『そそ。人間って無駄に知恵が回るからね!』

「確かに。知恵だけで力も言いくるめられるから質悪いよな」

『その言いくるめを続けようとしたおっちゃんが言ってもなぁ』

「ちなみにお兄ちゃんな。まぁ年齢十二過ぎればおっさんな奴もいるけど」

眼をそらし、ちょっと落ち込んだ黒い人物。

白い人物は冷たい視線のままだが、少し同情していた。

「相棒がどうも和解できたのもそのせい、かな」

エルフの容姿、そして白い青年の容姿。

どちらも端麗で、魅力がある。


奴隷として、重宝されるだろう。


「で、相棒、誤解は解けたのかい?」

黒い青年は自分の体を動かしながら訊ねる。

「一応、な。お前が怪我したのが功を奏した。

あいつら、俺がエルフでお前の奴隷だと思っていたようだ」

「……そんな風にみえたのか。耳見ればわかりそうだけどな」

「マーキング用に切り落とされる例があるそうだ」

黒い青年は「最低」と毒づき、白い青年は何も言わずに飲み物に口をつける。

口につけたところで白い青年は問う。


「それより、俺はそんなにエルフに似てるのか?」

釈然としない。と顔に出ていた。

「美人がエルフだというのなら、まったくもって似てるね」

傷口に熱い白湯をこぼされ、革葺き屋根の小屋から絶叫が響き渡った。


03======


「ふぉっふぉっふぉ、元気そうで何より」

年老いた老婆のエルフは、黒い青年の様子を見るなり朗らかに笑う。

「俺らは健康だけなのが取り柄なので」

「で、婆さん、俺たちの要求は呑んでもらえるのか?」

黒は挨拶をし、白は苛立ちを隠さぬまま、各々答える。

「その前に、お二人の名前お聞きしても」


白い人間と黒い天使は、間を開けてから、

「キマイラ」「ウォルフ」と告げる。

「多合獣と狼さんか。名乗れぬ理由でもおありか」


キマイラと名乗った天使は首をかしげ「知り合いの魔女に名前を軽々しく教えるなと厳命されましてね」

「なるほどね。確かに、名前とはそれだけで力を持つものじゃて。

しかし、狼さんとは、丁寧に扱わんとのう」

「……どういうことだ」

ウォルフと名乗った白い人間は、眉根を動かさず訊ねる。

「他愛もない話ですじゃ。狼は森の神聖な生き物というだけですじゃ」

「そうか」

「彼らは賢く、我々エルフが恐れる人間も、彼らだけは恐れる」

「狼の習性は群れを成す。連携する。そして何より……強い。最も、うちの狼は一匹狼ってところか」

「変なケダモノになつかれてるがな」

黒いキマイラと白いウォルフを見て、老婆のエルフはじゃれあってるのようにしか見えず、なぜか微笑が浮かんでしまう。


「じゃ、改めてウォル、要求って? エルフに何頼んだんだよ」

「森を抜けて、海へ向かう道へ抜けたいといっただけだ」

「……食料とかねだってないだろうな」

「あわよくばだが、そこまでは頼んでない」


「道に関してじゃが、そこの娘に案内をお願いしようかと思ってますじゃ」

老婆の言葉に、ウォルフの傍にいたエルフの娘が驚いた声を上げる。

「エルフの者たちには人間である主らに嫌悪を抱いとる者もおりましての。

今回は私の指針で、早々に出て行ってもらうことで治めてもらおうかと思いますが」

「それでいい。エルフと人間の諍いに興味もないし、出しゃばる気もないしな」

ウォルフは白湯をこくりと飲み干し、

「出発はいつだ?」

「お主らの支度ができしだい」

「じゃ行くか」

「まてや。俺怪我人」

寝ていたキマイラが上体を起こし抗議する。

「十分休んだし、貴様の回復力だともう動けるだろう」

「十分動けるか怪しいんですが」

「なら勝手に盾にする」

「……さよですか」

あっという間に抗議は終わった。


「あ、あの……本当にもういいんですか?」

エルフの娘が心配そうにキマイラ、そしてウォルフの顔を交互に見やり、最後に老婆のエルフに向けると。

「パフや、この者たちを森の外まで案内しておやり。

くれぐれも気を付けるんじゃよ」

老婆の言葉に、意図があると気づいたのは、痛みで神経が鋭くなっていたキマイラだけであった。


04====


パフェ、とエルフの少女は名乗った。

彼女は興味津々にいろいろなことを聞いてきた。

「人間の町ってどんなところ?」

「汚い」

「人間の作るものって美味しいって本当?」

「周りからいろいろ美味い物を集めてるからじゃないか」

「人間の……」


それを遠巻きに眺めてる天使モドキと悪戯妖精はお互いに首をかしげあった。

「何してる、怪我で鈍ったか」


「鈍ってるのはお前だ。のう、妖精殿」

『だねぇ、天使殿……人間ってあんなに鈍感なの?』

「いやぁ、あいつは特殊オブ特殊だねぇ。あの美人の容姿だし。普通の人間とは違う波乱万丈な少年時代っぽい気がするよ」


「知ったように言うな。前にも言ったが、記憶喪失だと言ってるだろ」

「にしたって、その女扱いへの嫌悪っぷりは普通じゃないぜ。

すでに間違えただけで何人殺してるよ」

気楽な調子で言う天使に、妖精とパフェは忘れていた恐怖を覚えるのだが、

「……悪かったと思ってる」

言葉を詰まらせ、先へ行くウォルフから、覇気のない答えが飛んでくる。


「えっとえと、じゃあ、どうして海へ行きたいんですか?」

「俺は記憶喪失。覚えているのは海を見渡せる浜辺。それ以外何も覚えていない。

あとそこの駄天使曰く、俺の女性扱い偏執症からそこそころくでもない人生を送っていると。失礼な」

「そんなバカでかい獲物を普通に振るえる時点で戦士系の労働者じゃねえか。物騒極まりないわ」


黒い天使は妖精と並走するように、かるく宙を浮きながら答える。

羽根を上下にばたつかせ、その姿は天使にほど遠いのだが。


「そ、そういえばキマイラさんは元人間なのですよね。どうして天使に……」

「そいつは俺についてきて、勝手に死んだと思ったら今度は勝手に生き返って、背中に羽根とついでかつ無駄かつ超再生能力を持って復活したから、良い盾代わりに使ってる」

「その辺は割愛で。結構込み入った話だからね」

一言で言いきれない、とキマイラは微苦笑を浮かべる。


「俺とウォルは出会ったとき、一悶着あったんだけど。それを片付けたら暇になってさ。じゃあウォルの記憶喪失でも直そうかと、旅に出たわけ。俺はその同行者。

色々助けてもらったし」

「助けたつもりはない」

「さよけ、だけどほかにやることもないし。旅は道連れ世は情け」

「旅は孤独で世は無情」

「こいつ天邪鬼でおもしろいだろう?」

「面白くない」


ただ、面白いの下りで、エルフの少女はちょっとだけ微笑んでしまったのを、ウォルは見逃さなかった。


「だいたい、俺たちの話なんかしてお前に何の得がある」

だから、このように冷たく言い放ってしまい、エルフの少女はあの時のように慄いてしまった。

「え、えと……あの」

「エルフちゃん、パフェちゃんでいいっけ? 人間世界に興味津々だろうけど……俺と相棒じゃ若干宛てにならんよ。

僕らこのあたりの人間じゃねえし」

そこへキマイラが地面に降りてから、困ったように告げる。


「いえ、お二人からみて、人間ってどんなものなのかと」

「最低」

「面白い」

白い人間は黒い天使を指さし、

黒い天使は白い人間を見て言った。


二人は長い沈黙の後、お互いを見合い、

「意見の不一致だな」

「そうか? 俺は相棒の意見には同感だよ。最低というかウォルのいう人間は人間と定義できん。ありゃただの動物、いや動物に失礼だな。

ただ呼吸して、動いて、生物の本能だけで動いてる……生かされてるだけの名前もないただのプログラムだよ」

「……プログラム?」

「悪い、実家の用語だ。俺も詳しく知らないけど、命令で動いてるだけって意味合いで良いよ。

そこに人の意志なんかない。自身の目的も、意味も」

ウォルは白い髪を掻きむしり、どこかうんざりしたような表情に変わる。

「俺には目的や、意志はあるかもしれないが、意味などないかもしれないぞ」

「ああ、んなもん後付けでいいんだよ」

「今、弁舌に語ったよなお前」

「人生なんて全部後付けだよ。勝手に他人が他人を持ち上げてるだけだ。

その意味では俺はウォルを持ち上げすぎてるな」

「気持ち悪い」

「我ながらそう思う。

でもな……お前といると生きてるって実感はたしかにある。

良く殺されてるせいかもしれんがな。

誰かを殺すことだって、生物的には生き死にを掛け合って、殺した後に『ああ、生き残った』って実感がわくもんだ。

俺は逆にウォルに殺されたけど『致死の一撃でも生きてられた』って実感で生きてる気がしてるだけだろうけど……」

「悪い、そろそろ理解不能だ」

「すまん、思考の迷路に入ってた」


『パフ、この人間ども、面倒くさい人種かもよ?』

「……」

一方で、エルフの娘は黒天使、キマイラの言葉に聞き入って、続きを聞きたそうにその長い耳をぴこぴこ揺らしていた。

ウォルは……顎でキマイラを促す。

「話していいの?」

「その娘が迷わない程度に」


「話がそれまくったけど、結果、僕からして、エルフも人間も変わらんよ。

面白い誰かがいる。その誰かには名前があり、生があり、意味や理由なんかを後付けして、『その誰かは自分にとって何をもたらす者』か判断する。

相棒はその判断が『危険』ばっかだからぶち殺しまくってるし、

それはちともったいないなと」

「危険ならさっさと排除した方が早いだろう」

「生物的には正しいが、相棒、それ正しいと思う?」

「ああ」

「嘘つき」

「何をもってそういう」

「さっきその子を殺そうとしたろう? そのあと謝った」

「その娘に対してだ。というか、まだどうするか判断に迷ってる」

「「はい?」」


妖精と天使の声が重なる。

「駄天使が。木の上に数人、エルフの射手が警戒している」

「まぁじでぇ?」

「え? そ、そんな……」

言われて見渡すが、黒い天使の目には木漏れ日と深い深緑が広がるばかり。

「俺も修業がまだまだかな。殺気とか感知できるの?」

「そんな目に見えないものは知らん。が、俺たちの歩測に合わせて、木々が微妙に揺れて、葉がこすれている。

影も木漏れ日を微かに遮っている」

言われて見直すが、木々は何も騒がず、あたりはしんとしている。

が、

『ほんとだ。あっちとそっちにいる。お姉兄ちゃんすごいね』

「そこの妖精、翅ちぎっていいか?」

『やば~ん!』

「妖精殿、止めて差し上げろ。それで弄っていいのは俺だけだ」

「お前でも許さん」

「許されたいとは思っていない。ただノリで喋った。本当は殴られるとクソ痛い」

「もう黙れお前」

「うい」

『で、人間殿、どうするの?』

「とりあえず翅むしろうか」

『やだーーー!』


「やはり人間は信用できんな!」

躍り出た青年のエルフ、剣と鎧をまとった剣士が高い声で叫ぶ。

妖精がそっちといった場所から一人。

察するにもう片方の位置には射手が身構えているのだろう。

「やはりこっちの方が手っ取り早いな」

「でんでけで~ん、ここで質問た~いむ」

大型剣を背から前に構えたウォルの前に、キマイラが立つ。

エルフの青年、年若くまだ少年とも呼べる彼の前に出てきたキマイラはなぜかその背をくるりと向けて、ウォルに向き合った。

「相棒、本気でその妖精の翅むしる気だった?」

「…………」

ウォルは……呆れて固まった。

「でそこのエルフのお兄ちゃんは、妖精ちゃんを守りたかったでおっけ~?」

「あ、当たり前だ! 何なんだあんたは!」

「ただの俺だよ。

で、明白になったわけだ。どっちが悪い……?」

「良い悪いじゃないだろう」

「良い悪いだろうが。土足で人の家上がって、好き勝手やって、今度は家人を襲うみたいなマネ、相棒の言う最低な人間と一緒じゃん」

「その最低な人間が俺だ」

「違うね、俺が保証しよう。少なくともお前は弱っちい誰かをなぶり殺しにするマネしないね。

で、もう一度聞くけど、妖精の翅、本気でむしる気だった?」

「……関係ないだろう」

「あるんだなこれが」


二人の剣士に挟まれながら、天使はのんびりと謳う。


「翅をむしろうがむしらまいが、お前らが人間であることはもうわかってる。

森を害する、あの忌々しい人間であると」

「そう下すのも勝手だし、俺にはどうでもいいことだし、ここで俺を切り捨てるのもまぁよしとしよう、嫌だけど。

で、そこのお兄ちゃん、ならびにそこで弓をつがえてる射手の誰かさん。

質問その二の前に、何か聞くことある?」

「貴様らの汚らわしい言葉など聞きたくない」

「そこのエルフの女の子を悲しませることになっても?

相棒はどうもこの子を人質にするのも考えてただろうけど」

のんびりから、面倒くさそうな表情で、ウォルを見据える。

いや咎めるような視線だ。

ウォルは……にじりとこの天使を切り捨てようと身構える。

が、

「で、最後はエルフのお嬢ちゃんに質問で、なんでさっさとこの場から逃げないのか。さっきからどうも不思議というか判別に困るんだよ、君ら全員。

どっか互い違いしてる。

同じくだらない人間が嫌いだって言ってるのに、やってることがその人間と同じだ。

少し頭冷やそうよ……」


ウォルが踏み込むと同時に、キマイラを切り裂こうとして……


切っ先は、キマイラの真上で止まった。

「……」

「ごめんね、俺の相棒、口下手なんだよ」

「……」

ウォルは剣の腹で相棒の脳天を叩きこんでから、

そのまま剣を相棒の頭に残したまま、つかつかと妖精の元へ行き、かがむ。

「翅むしるとかいって悪かった。が次に女呼ばわりしたら許さない。

……これでいいか、駄目天使」

「うん、バッチリ。これで俺がお前に敵対する理由はなくなった。

それでも人間が嫌いで、まだ俺のダチに危害を加えるなら……」


白い翼が、広がる。

それに応じて、漆黒の大剣が、ウォルの手に舞い戻る。


「俺の敵だ。敵は殺す。この世界じゃそれが基本ルールらしいし。

実際殺されてから分かった俺だ。

駄目な俺なので、容赦なんて技術学んでないので、最初から全力出すのでよろしく」

木々と木漏れ日が、嫌に騒めく。

エルフの青年も、その威圧におののくが、


「あの、わ、私……」


それを制したのは、エルフの少女。

「私、この人たちが悪い人間だって思ってないの! お願い、だから……」

エルフの青年は……


剣を収めた。


「次に妖精と姉さんをイジメたら、容赦しないからな」

「うん、肝に銘じてるし、俺も許さない」

「……変わった人間だな。お前、妖精が好きなのか?」

「妖精もエルフも好きだけど、くだらない奴らが嫌いだ。そもそもエルフとか人間と区別するのも嫌いだね。目の前に名前のある誰かがいる。

君の名前は?」

「ユウ」

「ユウ、俺はキマイラ。剣を収めてくれてありがとう」

「そっちこそ、人間……そいつの友達なのに、俺を庇ってくれて感謝する。

勝てないのは、わかっていた」

そう言うと、青年はまた森の奥へ行き、

「だけど信用したわけじゃない。パフが戻るまで俺たちは見てるからな」

「それは願ったりかなったり。俺も相棒の堪忍袋を制御しきれてるつもりもないからね」

「それと、あんたも人間扱いだ。あまりなれ合いたくない」

「それは少し残念」

そして、森の奥へと消えた。


『すごいな天使殿、口先八寸で丸め込んだ!』

「……実は俺が一番びっくりしてる」

妖精が称賛するのだが……黒い天使の足がかたかた震えており、額にも脂汗が浮かんでいた。

「お前、俺が剣を止めなかったらどうする気だったんだ」

「へ? いや、もう暴れるのは目に見えてるから……意識が続くまで肉盾になるしかないなぁと」

「……誰の」

「ウォルの……人間、死ぬ気になれば立ったまま死ねるって実家の歴史も乗ってから。

パフちゃんには悪いけど、彼らは彼女までは狙わないと軽く踏んでたけど……」

キマイラは射手がいたであろう位置と、ウォル、そして青年の位置を再確認した後、へたり込んでしまった。


それを見たウォルは、呆れてしまう。

「お前、やっぱりこの殺伐とした旅に向いてないぞ」

「知ってる。でも行かなきゃ……

俺の住んでいた、俺の認識していた世界はとても狭い。

世界は、広げなきゃ……」


「世界を、広げる……」

大地に仰臥する天使の言葉。

それに呼応するようにエルフの少女は天を見上げる。


空は茜色に染まっていた。



=======05


「私、貴方たちに興味がわきましたので、旅に同行します」


森を抜けた後、エルフの少女の宣言に対し。

黒い天使は翼を広げ、

白い人間は両手足を大きく広げて、走り出した。


「ちょ、待ってください!」

「待ってたまるか!」

「あの女あほか。人間とエルフ以前に、男女の貞操観念もぶっ壊れてやがる!」

『いやぁ~引っかかった引っかかった♪』

「妖精てめぇ、あの女がエルフの中で変人だって知ってやがったな!」


飛行する天使、追従する人間、その間に妖精が光を放ちながらついてくる。

『だってパフねえちゃん、昔人間に助けられてねぇ。人間が大好きな困ったエルフって皆から一歩引かれてたのよ』

「ってこたぁあのババアもグルか!?」

『あのバアちゃんは昔冒険者とかしてたそうだよ』

「クソババアめ!」


駆け抜ける一団の横を、風が抜ける。

天使の前に一本の矢が大地に突き刺さり、そこには小さな布袋と紙が縛られていた。

背後を伺えば、森の中、木の上のエルフが弓を構えていたのだが、やがて森の中に消えていった。


その矢に気を取られ、パフが息を切らせて二人にたどり着いてしまった。


「ま、待ってください。な、何でもしますから」

「しなくていい。食い扶持が減る。家に帰れ」

「嫌です。森の中で怯えて暮らすのなんてもう嫌です」

「知らん。俺には関係ない」

言い合うウォルとパフなのだが……

「シ……相棒、これ」

矢の中身を確認したキマイラが、袋の中身を二人に見せる。


「あ、私の」

「里の公認かよ……」

「あの森貞操観念壊れてるぞ。見知らずの野郎に娘一人預けるか普通?」

ウォルが怒りを露わに吠えるのだが、

「可愛い子には旅をさせよ、なのかなぁ」

呆れるキマイラだが、どこか楽し気にウォルをにやにや眺めている。

「なぜ俺を見る」

「多分、あのバアちゃんのお眼鏡にかなったんだろう?」

「何が!?」

さらに声を荒げる。

「信用かなぁ……」

「俺のどこに信用がある!?」

「少なくともお前が何の理由もなくこの子を傷つけたりしないってところだろう」

「俺は男だ!」

「じゃあ襲うの?」

「襲うわけないだろう! 俺はそれどころじゃない!」

「ああ、パフちゃん。とりあえず旅の再確認。

俺はこいつの故郷探しの付き添い。

目的地はとりあえず、ウォル……そろそろ偽名疲れたな、の記憶にある海と塩の香りのする場所を当てもなく探してるよ。

こいつが記憶を取り戻す鍵になるかもしれないしね」

「話を聞け!」

「話は聞いたよ。あとは彼女の話を聞くだけ。それと俺からも一個忠告、いや警告だね」

天使はそう言うと、妖精にも視線を配り、笑顔を消した。


「相棒は物騒だけど、実は俺も俺でちょっと厄介な事情を抱えてる。

場合によっちゃ、死ぬかもしれない。

人間の国によっては俺らは犯罪者、悪者扱いされているところもある。

それでもついてくる覚悟はおあり?」


「大丈夫です。一度殺されかかったので」

エルフ少女は、悪戯っ子のようなほほえみを浮かべた。


「じゃあ相棒、相棒の意見を無理やり通す最後の案だが。

この子をここで縛り上げて森に投げ返すってのは?」

「……すげぇ採用したいが、誰がやるんだ」

「お前がしろ」

「お前がやれ」

「ヤダよ。俺はお袋から女の子は丁寧に扱えって教わってるんだよ」

「母親がいるだけ贅沢だな。俺はできん。縄で縛ること自体知らん。

殴り殺すことと、切り殺すことしか知らん」

「俺もできん」

と二人で言い合いながら、彼らは駆け出した。

「ちょっと待ってよ~!」

『逃がさないのだ~~~』


======06

「気を付けてな、姉さん」

森に消えるエルフの剣士。


その真横にいる彼女に、ユウというエルフは気づかない。

気づけない。


白い羽がユウの鼻先に舞い落ちてきた。

何事か、あたりを見渡しても、彼には気づけない。


ユウが姉を見送った木の上に佇む、光を湛えた天使の姿を。


「……やれやれ。旅路に問題が起こったようだな。

人間とはかくもわからんものだ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る