Ⅴ‐①

 雅人と話すのが嫌で、僕は家を出た。歩くのは駅前の広場。コンビニが立ち並ぶ通り、裏路地のカフェ。僕は人通りの中を掻き分けて進んだ。自分がどこに行くのかも知らない。適当に本屋にでも寄って、本を買ってカフェで読もうか。時間を潰すくらい難しいことではないのだから。

「あれ」

 僕は歩を止めて通りの先を見た。

「あっ」

 僕は近くの植木に隠れた。咄嗟に隠れたのは、その相手がこっちに向かってきたから。さっき、散々話していた杏奈だった。

 彼女は真っ赤なスカートを履いて、真っ白なニットを着ていた。黒いタイツは脚のラインを強調している。羽織っているのはトレンチコート。もこもこ、ふわふわしたファーが首元に巻きついている。

 女の子らしい可愛いコーディネイト。

 ファッションに疎い僕の感想としてはそれぐらいだ。

「……?」

 何をしているんだろう。僕は彼女を目で追った。話しかければいいものを、こうやってこそこそ隠れて追っている。

 ああ、やっぱり僕って卑怯。

 彼女は通りの向こうでうろちょろしている。地面を見て首を傾げている様を見ると、何かを探しているように見える。

 何をしているんだろう。

「あっ」

 しまった。

 彼女と目があった。

「……颯太くん!」

「あっ、こんにちわ……?」

「なにしてるの?」

「……そっちこそ」

「え?」

「いや! なんでもない!」

 手をぶんぶん振って否定する様は、彼女から見れば意味の分からないものだったろう。

「そ、それより、な、なにをしてたの?」

 僕がコソコソ隠れていたなんてことは気付かれたくなかった。彼女は真っ黒な瞳を泳がせて、一瞬だけ空を見た。

 僕はその顔を見てにっこり笑う。そして二回め。

「なにしてたの」

「……あっ、えっと……ちょっと物を落としちゃって」

 戸惑った顔も可愛い。

「なに落としたの?」

「……颯太くん、もしかして見てたの?」

 彼女は少し怪訝そうな顔をして、僕の顔を見つめた。そんな顔も可愛いと僕は思ったが、僕は内心焦っていた。顔にはおくびにも出さず、動揺を悟られないように。

 ああ、やっぱりバレてる。

「見てたよ」

 こういう時は素直に認めた方がいい。

「……」

 彼女の顔は少し青ざめている。そんな顔も可愛いと思っちゃう僕は狂っているのかな。

「大切なものなの?」

「……え。うん」

「一緒に探すよ」

「そんな、悪いよ」

「ううん。僕が探してあげたいんだ」

 顔を青ざめさせた彼女の、ファーでふわふわした首元に、僕は自分が着けていたマフラーを巻いた。そこだけ寒そうだったし、ファーが付いているとしても、真っ白な首元が露出していたからだ。

「寒いでしょ?」

「……あ、うん……ありがと」

 どうもいたしまして。

 僕はそう言って微笑んでから彼女に聞いた。

「どんなものを落としたの?」

「あ。自転車の鍵を落としちゃって。私、今日、自転車でここまで来たから」

「へぇ。家近くなんだ」

「なんで?」

「だって、ほら。そこに自転車の駐輪場があるでしょ。この駅ってここに一ヶ所とあとは改札の反対側にあるから、もしかしたらここに置いて歩いてたんじゃないのかなって。自転車で来たんなら、この駅の周辺に住んでるってことにならない……かな?」

 ちょっとベラベラ喋りすぎた。

 流石に引かれちゃうかも……、僕は恐る恐る彼女の顔を見る。彼女は真っ黒な瞳を僕に向けている。艶々と輝くような瞳。

「すごい」

「へ?」

「颯太くんって探偵さんみたい! そんな少しのことから分かるんだ!」

「……あっ、いや、僕はそんな」

 ただ推測で言っただけなのだけど、彼女はとても感心して僕に敬意の念を送る。ああ良かった。僕がずっと君をストーカーして壁からずっと見ていたなんて疑惑は、もう彼女の頭から飛んで行ってしまっている。

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