「それで?」

「なに」

「行くのかって聞いてんの」

「……行けないよ」

「なんでだ」

「バイトが入ってるんだもの」

 クリスマスイブの今日、僕は雅人に起こされた。毎朝ご飯を作るのは雅人。右手にフライパンを持って、左手にはお皿。漂って来る匂いは目玉焼きだ。

 あいつのオカンスキルは高すぎると僕は思う。

「……カァッ」

 なんだ、その変な音は。

「……お前馬鹿なのか。バイトくらい誰かに任せろよ。行けよ。おい。お前はここでチキるのかよ」

「違うよ」

 クリスマスは明日である。彼女が誘ってきたのは今日ではない。まだ、今からバイトの休みを入れて彼女とのデートを選ぶことは可能だろう。でも、そもそも僕が断ったのはバイトが入っているからではない。

 雅人には言えない。この前よりもずっと前よりも、段々と僕の耳が彼女の声を聞き取れなくなっているなんて――。

 雅人には言えない。

「……」

 どう言い訳をしよう。

「まぁいいよ、お前のチキンは今に始まったことじゃないからな」

 雅人はその後に何か言おうとしたんだろう。もごもごと口が動いたのを僕は見逃さなかった。雅人はその言葉を飲み込んで、お皿を僕の前に置いた。僕はその言葉がなんなのか分かっている。知っている。雅人は僕の過去を知っているから。

 きっと雅人が言おうとしたのはこうだ。

『だから、杏はお前のせいで死んだ』

 と。

 中学の時に大好きだった女の子は、もうこの世にいない。僕の目の前で、僕との初デートの日に、僕のせいで死んだのだ。

 雅人はそれを知っている。

 僕が彼女を忘れられなくて、愛おしくて探してしまう彼女はもうこの世にいない。杏奈は確かに杏に似ているけれど、やっぱり違う人だ。昔聞いた話で、人は四十九日で生まれ変わると言うけれど、魂も外見も同じでも、――やっぱり違う人なのだ。

 大好きだった杏。

 僕はなんて意気地なしだったんだろう。

 僕は杏奈を杏の代わりにしようとしている。雅人がいうように、僕はやっぱり忘れられない彼女と彼女を重ねている。失礼なことながら、杏奈に杏を演じて欲しいほどに、僕は杏奈を見ながら杏を見ているのだ。

 それは透けたセロファンを光に照らすよう。

「雅人には分からないよ」

 卑怯な僕は、心配してくれる親友にそんなことしか返せない。

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