Ⅲ
彼女は中学の時の同級生だった。
窓側の席に座って、いつも本を読んでいる彼女は、明るくて、みんなの人気者で、笑顔がとっても可愛い子だった。
席が隣になってから、教科書を忘れたといって机をくっつけて見せてもらった。本当は嘘だったし、僕もそんなに自分が卑怯なやつだなんて思っても見なかった。
バレバレの好意はすぐにばれ、勢いで告白をした。本当はもっと時間をかけて準備をしたかったのに上手くいかなかった。誰もが妄想するようなロマンチックな展開などない。
『うん、知ってた』
好きですと言った後にこう言われた。
失敗したと思った。もっとバレないようにすればよかった。もっと時間をかければよかった。
『でも嬉しい』
照れたように笑う顔は今でも覚えている。
『私でよければ』
ああ、やっぱり似ている。大好きだった、初恋の女の子。可愛くて、守ってあげたくて、ずっと一緒に居たかった。
「橘くん、どうかした?」
「ううん。なんでもない」
顔を覗き込むのは、大学の同級生の杏奈。中学の同級生で彼女だった杏ではない。ノイズ混じりの声だとしても内容はなんとなく聞き取れる。まだ完全に聞こえないわけではない。
「ねぇ、疲れてる?」
「疲れてないよ」
好きだよ。本当に好き。
好きだからこそ辛いんだ。
「変なように見える?」
「ううん。なんか元気なさそうに見えたから」
「疲れたのかもね」
「そうかも」
「今日は早く寝たら?」
「うん。そうする」
楽しい話はできそうにないや。僕は彼女が好きなのに、こんな話しかできない。こんなんじゃいつか飽きられてしまうかも。付き合ってもいないのに、そんな事を考える。
彼女も彼女で、つまらない話をしているとか思っているんだろうか。でも、彼女が誘って、こうして二人で話している。期待してもいいんだろうか。
カフェのメニューはどれも甘そうで、僕は甘くなさそうなチーズケーキとカフェオレを選んだ。口に入れるとやっぱり甘い。
雅人は僕の恋を「諦めろ」と言ったけど、僕は諦める気はないし、やっぱり好きなのだ。杏に似ているからではなくて、やっぱり僕は彼女が好きだ。杏に似ているから好きなんだろうか、たまに自分に問いかけてみるけれど、そうじゃない。そうじゃない。そうじゃない。でも、雅人はそう言うんだろうな。
だから僕は彼女の声が聞こえないのかも。
「颯太くん」
「え?」
「颯太くんはさ、クリスマスってなんか予定あるの?」
彼女がなんでそんなことを話したのかは分からない。ちょうどジングルベルが流れていたからかもしれない。店内に流れるそれは、小学校の時に歌わされた懐かしいものだった。
「え?」
聞き返したのは、ノイズがその『クリスマス』という単語に強くかかったからだった。
「……クリスマス……?」
遅れて理解すると、彼女は少し膨れたような顔をした。ちょっと可愛い。
「クリスマスってあのクリスマス?」
「他になにがあるの」
彼女が拗ねた声を出す。可愛い。
「バイト」
現在彼女無しの僕のクリスマスの予定といえばそれぐらいだ。
「……バイトかぁ」
「俺さ、ホテルのレストランでバイトしてるからさ。クリスマスといえば、ほら、カップルがいっぱい来るから手一杯で、店長にどうしてもって言われちゃったんだ」
言い訳がましく聞こえるだろうが、悲しいかな、本当にそうなのだ。
「……そうなの」
彼女は苦笑いを小さくして、コーヒーを一口含む。それはまるで舌の上で転がすみたいな飲み方だった。
「忙しいの?」
「あぁ、えっと……うん」
歯切れの悪い返しをしたのは、彼女が僕のことをじっと見つめていたからだ。これは誘われていたのだろうか。え。本当に?
クリスマスは彼女を誘おうと思った。でも、僕はあまり自信がなかったから、すぐに諦めた。その時にバイトが入った。多分僕はバイトが入ったことを言い訳にしようとした。
僕はまさか、彼女から誘われるとは思ってもみなかったのだ。彼女は僕の目を見つめている。真っ黒で大きいそれは吸い込まれそうで、僕はたじろいだ。近くで見ても可愛い。
本当に可愛い。
「イルミネーション行かない?」
ふわふわと明るく笑う彼女が、今日はいつになく狡猾に見えた。
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