Ⅱ-⑵
「いいと思うよ? 今時の大学生様々でしょ? 今のうちに青春しとかないともう終わるよ?」
「お前は絶賛ハーレム満喫中だからな」
「そうだよ。俺がモテない訳ないでしょ。今も三股に大忙しだよ」
「死ね」
「お褒めのお言葉ありがとうございますッ」
「……三股がバレて修羅場になって、彼女から毒飲まされろ」
「クリスマス、どうしようかなー! 一人目がOLのおねーさんで、アパレルだからクリスマスは大忙しなんだよねぇ。だからデートは無理そう。二人目は同じ学校の子だからデートはイブ。三人目は高校の時の後輩だからクリスマスかな。めっちゃ楽しみっ!」
あぁ、こいつ死ねばいいのになぁ。本気で死ねばいいのになぁ。クリスマスに完全なる勝ち組と化すこいつ、死ねばいいのになぁ。
「死ねェッ」
「死にませんー! バリア使いますー」
「死ねェッ」
「ちょ! 本気で本を投げないで! 本棚、片付けるの大変なんだって! 嘘。ごめん。謝るから。……颯太くん!」
床には本が散らばっている。
「雅人なんて嫌いだ」
「はいはい。分かったよ。で、その子可愛いの」
話が全く変わっていないじゃないか。でもいいや。もうこいつにこういう話をするのも小学校からの腐れ縁。今更だ。
「可愛い。けど……」
夏休み前に知り合った、杏奈という名前の女の子は、同じ学部だった。取る科目も被るし、たびたび顔を見合わせる。秋学期からのゼミが同じで、それはびっくりした。それから夏休み前に一度だけ会った時よりも、随分と仲良くなったし、よく話すようにもなった。この前は一緒に出かけたし、なかなかいい雰囲気だったと思う。
僕が知らず知らずのうちに目を合わせてしまうから、それでよく話しかけられる。それは良い誤算だ。
「けど?」
雅人が皿に盛ったビーフシチューを僕の前に置く。あったかい湯気は美味しそうな匂い。
「杏に似てる」
僕は雅人の顔を見ずに続ける。
「杏に似てる。もう、杏そのものと言い切れるくらい似てる。名前も、容姿も、笑い方も似てる。何もかもが杏、そっくりなんだ」
雅人はなにも言わない。
「……今までに会った、誰よりも似てる」
怖くて雅人の顔を見られない。
「生まれ変わりかと思った」
「やめろ」
「だって、本当にッ!」
「もう忘れた方がいい。お前の好きだった杏はもう死んでる。生きてるわけない。お前も知ってるだろ? お前はそれを受け入れられないだけ。だから、似てる人を追ってる。でもな、それは意味がないんだよ」
「……意味が無いわけない!」
僕は雅人の顔を見た。口元が歪んでいる。唇を噛み締めて、今にも血が出そうだった。
「お前の初恋の人は、もうこの世にいないんだよ」
雅人の声は静かに部屋に響くけど、僕はそれを聞き逃す。いや、聞き流そうとしている。聞こえないふりをしようとしている。
聞こえないふりなんて、出来ないのに。
『颯太くん』
そんな遠い日の記憶を思い出しては、もう居ないのだと悟りたくない。それは僕のワガママで身勝手で子供っぽいと蔑まされても仕方のないこと。
それでもいい。
「杏の代わりに好きになった」
「……お前はそれでいいのかよ」
「いい」
「そう」
諦めたような雅人の声に、僕は振り返らない。きっと、雅人は僕を蔑んでいる。そりゃそうだ。昔。中学の時に好きだった子をずっと僕は追っている。盲目に、がむしゃらに。戻ってこない女の子を、僕は追っている。
「雅人」
「……なんだよ」
不機嫌そうな声だ。
「相談なんだ」
「なんだよ。その女と付き合いたいってか」
「……違うんだ」
「違うのか?」
雅人の声が半音上がる。
「その子の声が聞こえなくなってきたんだ」
「えっ」
「正確には聞き辛いというか……?」
「なんで疑問形なんだよ」
「他の人は普通に聞こえるのに」
「その子の声が小さいとかではなくて?」
「そうではないんだ」
雅人は真面目そうな顔をして、聞いてくれている。こういう相談は一番頼りになるやつだ。ちゃんと聞いてくれるし、馬鹿にしないから。
「彼女が声を出していないとか、小声とか、そういうことじゃない。声は出てるし、周りには聞こえてるんだよ。でも、僕にはノイズがかかって聞こえるんだ」
ラジオのボリュームを下げた小さい音や、ミュートをしているわけではない。声は普通に聞こえるのに、その声にはノイズが混ざっている。内容は分かるから不自由はしていないものの……。
「前は少しかかって聞こえるくらい。でも、今はその雑音が大きくなってきたんだ」
今はまだ不自由していない。でも、この先はどうなるのだろう。ノイズがさらに大きくなって、聞こえなくなってしまうのではないか。
「彼女の声が二度と聞こえなくなるのが怖いんだ」
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