Ⅱ-⑴
その後も僕は彼女のことを目で追った。
こんなに僕が目で追うことに、僕は何かしらの理由があることに気づいていた。
――彼女は僕の初恋の人に似ていた。
ふんわりとした柔らかそうなショートボブも、瞳の優しい色も、華奢で今にも倒れそうな細い体つきも、その女の子らしく可愛い名前も、高くも低くもないが静かに通る声も……。
何もかもが彼女の生き写しのようだった。いや、「生き写し」という表現は適切ではないのかも知れないけれど。
「颯太」
僕は彼の声に全く気づいていなかったらしい。
「……颯太!」
十年来の友人である彼は、僕とはもう小学校の時からの付き合いになる。引っ込み思案でなかなか友達ができなかった僕を誘っていつも遊んでくれた親友とでも言おうか。彼とは違う大学に進学したが、行く大学が近いことや、そもそも同じアパートでルームシェアをしていることから今でも頻繁に……というか毎日会う。だって住んでいる家が同じだし。
「颯太、どうした? ぼーっとしてるけど。何かあったのか? それとも学校に可愛い子いた?」
まぁ、性格は僕とは真逆と言っていい。
派手な金髪に染めているチャラ男と断言できる。そんな見た目でも頭は良くって、リーダー性もあって、高校では生徒会長なんてやっていた、先生やみんなから認められる優等生様々だったりしたけれど、そんなこと今はいいや。高校時代は、そりゃ髪は黒だったし、大学になってから染めたんだから。高校の友達は「お前どうした」なんて言われているけど、こいつは高校時代から「大学行ったら髪染めてバンドやる」って言っていた気がするな。
そういうやつなんだよ。
「別に。
名前だって格調高そうな「雅」なんて入っているけど、正直、名前と本人が合ってないと思う。
「そんなこと言うなよー」
と、言いつつも変にほじくり返そうとしないところは雅人のいいところで、僕が言おうと思わない限りそれ以上は聞いてこない。
雅人はオレンジジュースをコップに入れて、僕の前に置いた。普通の、なんでもないオレンジジュースだ。
「ご飯なにがいい? 今日はハヤシライス食べたくて買ってきたんだけど」
「……ハヤシライス」
「なんかさ、急に食べたくなったんだよな。それともビーフストロガノフとかは?」
ハヤシライスとビーフストロガノフの違いを僕は知らない。どう違うんだ、それ。
「どう違うんだ」
「まー、すっごく短く言うけど……ハヤシライスが日本風のビーフシチュー。ビーフストロガノフがロシア料理のビーフシチュー。ハヤシライスはご飯がついてるから違うともいうけど、ハヤシライスはご飯がなくてもハヤシライスであって、ご飯があるからハヤシライスというのは違う。日本人はビーフシチューを汁物的副食だと考えているから、ハヤシライスにはご飯があるけど、元々ビーフシチューは主食であるから……」
「長い。長い。長いって!」
お前にとっての「短く言う」とはなんだ。
僕が呆れた顔をするのを、雅人はスルーしてビーフストロガノフだかビーフシチューだかハヤシライスだか分からないものを作り始める。
「でもなんだー、颯太らしくないな。なんか悩みでも? それとも女とか」
不意に話を戻されたものだから僕は慌ててしまって、飲んでいたオレンジジュースを吹き出した。ブッ、と変な音がして、口からタラタラ流れていくオレンジの液体。
「女か」
変に聞いて来ないのに、こういう勘だけは昔から鋭いやつだ。いや。僕が昔から分かり易すぎるのか、ただ単にこいつがそっち方面に興味があるだけか。
うん。こいつがそっちに興味があるだけだな。
「女ねぇ。颯太くんはいつからそんな青春まっしぐら、イチャイチャラブラブなリア充になったの」
「……なってません」
というか付き合ってもいない。
「同じ学校?」
「そうだけど」
「よし。白状したな」
「ゔ」
それはカマだったのか。
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