第11話 アプローチ

 読んでいるうちにマツミヤは自転車を倒してしまった。タイヤがカラカラと音を立てて回る。


 シオヤは限界だった。身体がブルブルと震える。喉もカラカラで水が飲みたい。時間が永遠に感じるほど息苦しい。マツミヤの顔は髪に隠れて見えない。誰でもいい。早く楽にしてくれ! 叫び出したい。


 マツミヤはもう一枚、「アプローチカード」が挟んであることに気づいた。そこにはシオヤの携帯番号とメールアドレスと


「メッセージ」ずっと好きでした。僕と付き合ってください


 と書かれていた。もう一度最初からマツミヤは読み返す。そしてシオヤを見た。大きな身体を子犬のように震えさせ、奥歯を噛み締めて何かに耐えているようだった。ああ、本気なんだなと感じた。


「シオヤ君」


 周りのオーケストラがうるさい筈なのに、シオヤの耳にはやけにはっきりと聞こえた。


「はい......」


 判決をいい渡される前の罪人のように神妙になる。


「お断りします」


 シオヤは自分の耳を疑った。頭ですぐには理解できない。


「聞こえた? お断りします」


 ちょうど近くに高速道路がある。今の俺なら柱をよじ登れる筈だ。見知らぬ運転手には悪いが俺の自殺に付き合ってもらおう。もうこの世に未練はない。もう死ぬしかない。


 いつの間にか、マツミヤはシオヤのすぐ目の前に来て顔を見上げていた。彼女の白い首筋から鎖骨が見えて、頭からは彼女のなんとも言えない汗の匂いが漂ってくる。


「だから、お断りします。言葉にしてくれなきゃ、嫌よ」


 彼女は微笑んだ。この笑顔にシオヤは何度も救われてきた。マツミヤの微笑みは魔性だ。俺を何度も奮い立たせてくれる。唾を飲み込んだ。


「ずっと好きでした。僕と付き合ってください」

「はい。よろしくね。シオヤ君」


 彼女は爪先立ちになりシオヤの首に手をかけて、ぶら下がるように体重を乗せた。必然的にシオヤの膝と腰が曲がり前かがみになる。二人の唇が触れ合った。




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