第2話 オンステージ

 あれから二週間後の二年四組の教室。この日は午前中から男女分かれての健康診断が行われていた。身体測定は男子が先に終わり、女子が帰ってくるのを待っている状態だった。時刻は昼休み二十分前。身長が伸びていた、座高が高い、視力が下がった、腹が減ったと教室内はざわついている。


 そんな中、シオヤは後方のドアにピタリと身を寄せ外を確認した。ヤハギは前方のドアを少し開けて外を確認した。クボは二人の様子を伺い、三人は目線を合わせて頷く。


 シオヤとヤハギは外を見たままだ。クボは黒板の前に進み周りを見渡した。深呼吸して気持ちを整える。何人かが気付き始めた。


「パン! パン! 」


 手を大きく叩いた。視線がクボに集まる。


 柄じゃないのはわかっている。でも...... 覚悟を決めて顔を上げ、教卓の前に手をついた。

「みんな、聞いて欲しいことがある」


 クボのクラス内の評価は無口で暗い奴である。そんな人間が授業中でもないのに自発的に出て何か始めようとしている。みんな暇を持て余していた。ランチまでの余興にはちょうど良い。


「なんだよクボ! 一発芸でもするのか? 向いてないからやらないほうがいいんじゃないの? 」


 予想通り野次が浴びせられる。笑われて、舐められる。弄るオモチャが目の前にあるので少しでも楽しもうといった感じだ。


「あ、あの......... 」


 萎縮し声が掠れる。


「バンッ! 」


 全員が後ろを振り向く。シオヤが後方の黒板をデカイ手の平で力任せに叩いたのだ。カラフルなチョークの粉がキラキラ舞い散った。


「静かにしろ」


 鋭い目つきで睨みをきかせ、また後方のドアに身を寄せる。クラス内の誰もが驚愕した。学校内の誰もが一目置く、誰ともつるまない一匹狼のストイックな武士のような男がクボに味方している。「」全員の背中に冷や汗が流れた。クボはシオヤと目を合わせて深く頷いた。


 黙って黒板にマグネットで写真を貼り付けていく。それはまるでアイドルの宣材写真のようだった。全員が女子F高校の制服を着ている。ブルセラショップに貼り付けてあるようなポロライドカメラで撮ったものだ。前もって厳選した五枚を貼り付けた。


「????? 」


 三人以外の男子は全く意味がわからない。視力の弱い者は前に出て確認しようとしている。おもむろにクボは目の前にいた男子を指差した。


「お前、モテないだろう? 」


 その男はイノウエといった。眼鏡をかけた色白でひょろ長、化学部に所属している。趣味はコオロギを飼育することでありインドア派の真面目な男だった。あだ名はガチャピン。


「なっ! 」


 突然みんなの前で図星を突かれた井上。思わず立ち上がる。


 イノウエを無視して違う男を指差した。


「お前、童貞だろう? 」


 次のターゲットになったのは、先ほどクボをからかって野次を飛ばしていたヤマダだった。仲間内ではもう初体験は済ませたを見栄を張っていたが、中学時代は真面目でおとなしい生徒であり見栄を張っていた。一念発起して高校デビューしたのだ。おかげでクラス内のヒエラルキーの上位に属していたが、最近では嘘をつく事に罪悪感を覚えはじめ、カミングアウトしようか悩んでいた。初体験どころか女子と手を繋いだこともない。幸い中学時代を知っている者はこの学校にはいないはずだった。


 まさかこんな形でバレてしまうとは。いや、まだ大丈夫。ここまで作り上げたイメージを守りきるしかない。嘘をつくのに慣れているだろう? さあ、言うんだ!


「な、なんのことかな〜〜〜」


 動揺しすぎて声がひっくり返ってしまった。所詮はただの童貞である。


「お前も、お前もお前もお前もお前もお前もお前もお前もお前もお前も、ここにいる全員、モテない童貞野郎だ〜〜! 」


 静まりかえる教室。クボは隠し持っていたイチゴオレを口に含み、時間を確認する。残り時間十五分。

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