第18話 シオヤ④

 シオヤは入院中にマツミヤ母娘おやこに自分の恥ずかしいところを全て見られた。自分一人では用も足せないほどの重症で仕方ないが、同級生の母親に尿瓶しびんで採尿されるのは情けなかった。リハビリ中もマツミヤ娘は必ず病院に立ち寄った。そして必ずとびきりの笑顔で話しかけてくるのだ。いつのまにか彼女は退屈な入院生活の中で唯一の楽しみになっていた。


 彼女が風邪をひいて一週間来れない時があった。シオヤは心配で夜も眠れない。胸が苦しい。元気になった彼女がマスクをして病室に現れた。


「いい子にしてた? 」

「うるせえ! 」


 彼女の笑顔を見たら身体中の力が抜けた。トイレに閉じこもって嬉しくて泣いた。その日、自分が恋をしていることに気づいた。


 脅威の回復力でシオヤがまずしたことは、バトミントンクラブに行くことだった。突如現れた松葉杖をついたシオヤにパニックになる児童達。


 シオヤは今までの自分の態度について謝罪した。彼は生まれ変わった。


「見学だけさせてほしい」


 見取り稽古というものがある。ただ毎日学校の後、コーチ達の動きを観察して他の子供に対するアドバイスに耳を傾けていた。食生活も改善し好き嫌いをなくした。科学的トレーニングの理論に関する文献を読み漁った。ビデオ屋で借りたバトミントン大会の映像を見てイメージトレーニングを始めた。他の競技の成功者の書籍も読み始めてメンタルトレーニングも学んだ。


 マツミヤはバトミントンクラブに入ろうとしていた。ならば俺はこの競技でトップになり、マツミヤにアピールする。男は静かに決意していた。


 中学二年生でシオヤは急激に背が伸びた。身長は一八五センチを超え、成長痛で身体中が痛い。ジムに行き成長の妨げになると封じていた筋力トレーニングを解禁する。自分の今まで学んできた科学的な理論を試す時が来た。食事、練習、筋トレ、イメージトレーニング、睡眠、勉強。無駄にしていい時間なんてなかった。


 中学三年生の春、シオヤは今まで一度も出場しなかったバトミントン大会の新人戦で優勝する。全てが規格外。圧倒的だった。


 全くのノーマークだった無名の選手は、そのまま日本トップクラスへの階段を駆け上がった。伝説の幕開けだった。

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