第17話 シオヤ③

 シオヤが意識を回復して最初に見た人間はマツミヤ娘である。


「あなたが私の最初の患者さんよ」


 少女はニンマリと笑った。


 シオヤ家の祖母は寝たきりで自宅介護が必要であり、どうしても常に家に一人居なければならなかった。父親はトラック運転手で家には居られない。シオヤの看病に頭を抱えていた。そんな時に手を差し伸べたのがマツミヤ母である。


「私の勤めている病院に転院しませんか? そこならシオヤさんの家からも近いですし、常に私の目も届きますし、私と娘で看病できますわ」


「とんでもない。そこまで迷惑はかけられない。県外の病院で親戚が預かってくれそうですから......」

「小さい時に親がそばにいないのは心細いですわ。それに家に近いところの方がお見舞いに来るのも安心ですよね? 」

「おっしゃる通りですが、なぜそこまでしてくれるんですか? 」

「私は娘が生まれる前に離婚して、お金もないのに一人で産みましたの。心細くて孤独でした。正直、心中を考えてました。そんな時に助けてくれたのが、今勤めている看護師長だったんです。病院の職員たちからカンパを募って二十万円くれたんです。もちろん断りました。でもね、その方から叱られましてね」


「あんたが意地を張って、この赤ちゃんを育てられるのかい? このお金はね、あんたにじゃない、この子にあげたんだ。あんたみたいな絶望して死んだ目をした母親はたくさん見て来たよ。あんたが死ぬのは勝手だよ。でもこの子には罪はない。母親ならヒロイン気取って死ぬ道じゃなく、借金してでも、生き恥晒してでも生きる道を選びな! この子の母親はあんたしか居ないんだよ! 」


「その言葉で目が覚めましたわ。それからは死に物狂いでした。子育て、在宅の仕事、家事、寝る暇もなく働いてお金を作りました。でも不思議とね。辛くてどうしようもない時には、看護師長が食べ物を持って現れるんです。後で聞いたら大家さんとグルになって私たちを見守って居たんですって。そして娘が小学校に上がった時に私は看護師学校に通い始めましたの。特待生になって首席で卒業できました。私は看護師長のいる病院に勤めることを志願して、あの時の二十万円を返すことが可能になったんです。未だに受け取ってはくれませんけどね。ですから私は困っている人がいたら力になろうと決めてるんです。これも何かの縁です。どうか私たちに手助けさせてはくれませんか? 」


 数日後、シオヤの両親は転院することを承諾した。




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