第24話 オルフェリア王国のある日

 

 

 

 

「こ、こ、この、愚かもぉのぉがぁぁっ!」


 オルフェリア王城内の最奥は王族の居住区となっている。その居住区にある居間に怒号が響き渡る。


「馬鹿か、お前は馬鹿なのか。いや言うな、間違いなくお前は馬鹿だ」


 苛立たしげに声を張り上げる王の隣では王妃が立ちくらみを起こしたか、ふらりと身体を揺らし隣に控えていた第2王子、ハインリヒに抱きとめられる。


「母上、お気を確かに、誰か、手をかせっ」


 侍従が駆けつけ手を貸し王妃をカウチに横たえる。メイドが気付け薬を嗅がせると、眉間にしわを寄せ目を覚ました。


「申し訳ありませぬ、王よ。これは甘やかした妾の責。この罰はいかようとも受けましょう」


「よい、妃よ、此奴の教育を間違えたのは我も同罪だ」


 レオンハルト王はカウチに腰掛け王妃ミラディアナの手をとる。


「なぜです。リリアの身分が低いからですか、それならばダイクン男爵家を陞爵させるか、どこぞの伯爵家に養女として迎え入れさせればよいではないですか」


 レオンハルト王は愚かな長男をキッと睨む。


「どこまでも馬鹿なのだな。なんの功績もない男爵を陞爵できるはずなかろう。どこぞの養女にしたところで市井で育ったあの娘に国政のなんたるかが理解できると?」


「それくらい学べば「だから馬鹿だと言うのだ!」」


「エレーニア嬢はお前との婚約が決まった5歳から王妃教育を施してきた。教師役は皆彼女の優秀さに驚いていたが、2歳上のお前よりもどれほど優れていたか。お前は政の勉強は嫌がって暇さえあればメイドの尻を追いかけていたから気づかんかったのだろう」


「エレーニア嬢が王妃となれば王が多少馬鹿でも政務はなんとかできる、そう判断されて皆は貴方が勉強をサボっても多めに見てくれていたのですよ、それを…」


 ヨヨヨと王妃はレオンハルト王に身を寄せ嘆く。


「エレーニア嬢という妃がいて初めてお前の国王、いや王太子としての立場が保証されていたのだ。あの様な公の場所で彼女を侮辱した今、婚約破棄はなかったことにしてほしいなどと頼める筈もない」


 レオンハルト王は王妃の肩を撫でながらその眼を見つめる。

 王妃は決意を込め頷くのだったが、ラインハルトは両親のそのやりとりに頭をかしげる。

 ハインリヒはそんな兄を侮蔑の目で眺め、両親の後ろに控えた。


「ラインハルト、お前を廃嫡する、ちょうどロイター伯爵家が断絶し、領地もいま王国預かりとなっていた。そこをお前にやろう。今日からお前はロイター伯爵だ。それならば妻が男爵令嬢でも問題ない。王太子はハインリヒに。ハインリヒの16歳の誕生日に正式に立太子式を行うが公式にも今日からハインリヒが王太子だ」


「そんなっ、父上…」


「まともに政務も法律も勉強しなかったお前が、領地運営ができるかどうかわからんので、補佐はつけてやる。今週中にはロイター伯爵領へ移るがよい。連れて行け」


 国王は入り口に控えていた護衛騎士に命じラインハルトを退室させる。


「父上、そんなお待ちを、父上ーっ」


 叫び争うも、武術の稽古もサボりっぱなしのラインハルトが騎士に抗える筈もなく引きずられていくのだった。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 

「父上、ち~ち~う~え~~!」

「クリストフ、学園で勉強中の時間だろう」

「姉上は、エレーニア姉様はどこですか?」

「ギクゥ!」


 執務室の机の上に身を乗り出しキースクリフに詰め寄るクリストフ。


「新学期が始まったのに姉様は学園寮どころか授業にも全く顔を出されておりません。確かに『婚約破棄』は不名誉ですが、此度の非は下のダラシない王太子にあります。姉様が恥じることなどないのですよ」


 唾の飛ぶ勢いで食ってかかる息子に思わず身を引くパパン。


「王太子の出方を見るためと、姉上をどこかに匿われたのはわかります、けれどもう2週間も姉上にお会いしていないのです、2週間もっ!!」


 苦渋の表情で大きくため息を吐くキースクリフ。執務机の鍵付きの引き出しから一通の手紙を取り出し、クリストフの目の前へ置く。


「なんですかこれは」


「読めばわかる」


 クリストフは手紙を手にとって開く。

 其処には最愛の姉の筆跡、所々滲んでおり読みにくくはあるが。


「そんな……まさか……嘘だ、嘘だ、姉様が、僕の姉様が出奔…もう戻らない、そんなそんな」


 クリストフの手紙を持つ手がふるふると震える。


「うそだあぁぁぁぁ、姉様、ねえさまあぁぁぁぁ」


 蹲り慟哭するクリストフを痛ましげに見つめるキースクリフであった。

 慟哭が嗚咽に変わり、ようやく静かになった頃、手紙を握りしめてクリストフがゆらりとたちあがる。


「……そうだ、こんなところで嘆いている場合じゃない、今すぐ姉様を探しに行かねば…」


 その言葉を聞き、ガタンと椅子を撥ねとばす勢いで立ち上がるキースクリフ。


「馬鹿なことを言うんじゃ無い」


「馬鹿な事?僕がどれだけあの淫乱男爵令嬢を追い出そうと頑張ったと思うんですか?あんな下のダラシない男でも姉様の婚約者だ。近づく女を追い払うために…怪しまれないよう変装する為に姉様のドレスを着て化粧までして嫌がらせをしてやったのに!あの女はちっとも堪えなかった。教科書を隠したり、ロッカーの中の制服を破いたり、階段から突き落としたり、其処までやったのにあのビッチは王太子を落としやがった。ならいっそ婚約破棄した方が姉様の為になると反対に2人をそそのかして……

 僕の苦労は……」



「………犯人はお前か……」


 キースクリフの冷たい声はクリストフには届かなかったようだ。しかしクリストフはキッと父親を睨む。


「なぜ姉様を探しに行かないのですか、父上が行かないのならば僕がっ」


 堪えきれずキースクリフはクリストフの胸ぐらを掴む。


「誰が、誰が好き好んで…俺がどんなに我慢してると……俺だって、俺だってなあぁぁぁ、アズスラぶっ飛ばして今すぐ行きたいんだよおぉぉ、だけどなぁ、クラリッサがダメだって言うんだよおおぉぉぉぉ……うおおぉぉ」


「ち、父上えぇぇぇ、うおおぉぉん」


「「うわああぁぁぁ」」


  2人は抱き合いながら床に崩れ落ちる。





  バンッ!!


 執務室の扉が勢いよく開かれた。


「うるさいですわ!二人とも!何を叫んでいるの!」


 飛び込んできたクラリッサが見たものは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった似た者親子の顔であった。


「はぁ、もう、仕方ないわねぇ」


 どこからか取り出した二枚のハンカチで二人の顔を拭く。


「ほら、チーンしなさい」


「「ちーん」」


「クラリッサ…」「母上…」


「そんなに心配なら私が探しに行きます」


「「ええっ?」」


「いや僕が」「いや俺が」


「何を言ってるの、あなたたちは侯爵として、侯爵嫡男としてすることがあるでしょう」


 腕を組み二人を見下ろすママン。ハンカチはいつの間にか後ろに控えていたスチュアートに渡し済みだ。


「あなたたちには政務や勉強があるのです、それをおろそかにして追いかけてこられてエレーニアが喜ぶとでも思って?」


 うっと、息を飲み込む二人を睨みつけるママン。

 しかし次の瞬間それをなかったことのようにニッコリ微笑みかける。


「あの子の事は私が一番よく知っているわ、すぐに見つけて来るからおとなしく待っていなさい」


 シュンと項垂れる二人の頬に手を添え優しく撫でる。















 見つけて来るとは言ったが連れて帰るとは言っていないママンであった。














「さあ、行くわよカルラ、ヒャッハーーッ!」






 なんてことがあったかどうかはわからない……………







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