第5話 村人と遭遇

 ではまず近くの村を目指そう。その前に、


「お腹が空きましたわ」


 朝食は作り置きしたナンもどきだけだからなぁ、なにか獲るかな、出来れば動物性タンパク質肉が欲しい。


 空間魔法の1つ〈領域検索エリアサーチ〉発動。


 あんまり使ってないから熟練度が低く半径100メートルくらいしか検索できないが、地形やそこにあるモノを調べられる。目的を設定すればそれが在る位置が脳内マップ上にピンポイントで光る。閉じられた空間、すなわち建物の中とかダンジョンの扉の向こうとかは調べられない。扉が開いてれば可能だけどね。


 今回はタゲを[食べられるもの]に設定。おお、色々あるな。湖から流れ出る川に沿うように作られた街道を進むと川縁には薬草やらハーブやらが生えてる。摘みながら進もう。


 ふんふんふ~ん。あ、クレソン発見、ポキポキ。結構色々摘んだな、しかし肉、肉はないのか。あ、肉みっけ。

 小川の反対側、森の浅いところで動く光あり、なにかな~、気配を消す為風結界発動。


 そろりそろりと近づくと5メートルほど先に獲物発見。兎がもきゅもきゅ草を食んでます。ではサクッと〈風の刃ウインドカッター


  ザシュッ


 いわゆるカマイタチ、ってやつで首チョンパ。え、酷いって?いやいやこれも生きる為、有り難く命の糧にさせていただきます。一撃で痛みすら感じる前に昇天して頂きました。


 血の匂いに魔物が引き寄せられる前に解体しましょ。うん、エレーニアというか衣瑠私普通に解体も出来るよ。?ん~、血が苦手って訳じゃないし肉捌くの問題ないね。


 最初は衣瑠の記憶が勝ってたけど徐々にエレーニアの記憶も戻って来てるんだよね。


 さて、結界の範囲内に入れれば匂いは漏れない、土魔法〈穴掘りディグディッチ〉で穴掘って、水魔法〈液体操作リキッドコントロール〉で血を排出、あっという間に血抜き終了。魔法便利~皮も売れるのでインベントリへ入れとこう。あ、頭はどこ?忘れず内臓と血を捨てた穴に一緒に埋めないと。あ、角があるよ、コレ【モンスター】だったか。


 この世界の動物は地球のと一緒のものが多い。ゴブリンやらドラゴンやらいかにも【モンスター】なやつもいながら、地球と同じ動物もいる。普通の動物と思いきや角があったらこれも【モンスター】だったりするのでややこしい。

 角付なんて呼ばれたりもするが、有名どころは兎→角兎、鼠→角鼠、猪→角猪、熊→角熊と言う感じだ。元から角がある鹿とか山羊は元の角とは別の角が前頭葉から生えて角鹿、角山羊になるのだ。


 一説には動物が魔素を取り込み【モンスター】になるとか。魔素は動物の身体に入り肉体を変質させ最期は脳に蓄積される。脳に溜まった魔素は結晶化し角となるのだ。一般に魔石と言われるのはこの角のことである、心臓の近くじゃないから血塗れで取り出す必要なし、乙女ゲーム仕様か?楽でいいけど。

 でもって取り込んだ魔素のせいかお肉は動物より美味しくなるの。人間は魔素を取り込んでも【モンスター】化しない、多分。MPが回復されるのだ。過剰に摂取したら、気分が悪くなり、枯渇したら気を失ったりするが死にはしません。枯渇を繰り返すとMP総量が増えるのでエレーニアは子供の時から何度もやりましたが生きてます。どういう仕組みなのかな。考えても解らないことは『異世界(乙女ゲームもしくはラノベ)なんでもあり』ってことで


 さて肉はもも肉残してインベントリ。塩胡椒とさっき詰んだローズマリーをもも肉にスリスリ。魔導コンロとフライパン出してバターでじゅ~~、ひっくり返してじゅ~じゅ~~、蓋をしてしばらく蒸し焼き。

 作り置きしてあるナンもどきにさっきのクレソンを水魔法で洗ってのせておく。

 蓋をあけると、う~んいい香り。お肉をナンもどきに載せておく。フライパンにバターとワイン塩胡椒を追加してと、出来たソースをちょちょっとお肉にかけてナンもどきで包んで完成~


 手と手を合わせて「イタダキマス」もぐもぐウマウマ


 うまうまモグモグ、ごっくん。パクパクもぐもぐ………


「ゴチソウサマ、美味しゅうございました」


 手と手のシワを合わせて幸せ~。久々のお肉堪能させて頂きました。使った道具は水魔法で洗ってインベントリに。エレーニアちゃんってば洗わずにインベントリに入れてるモノ多いから。こんなとこまで『おかたづけできない』が……



 さて、そろそろ近くの村に向かって出発しましょう。


 テクテク


 テクテク





「うわーっ、た、助けてくれぇ!」


 む、絹を引き裂けない野太い悲鳴、何事?、もしや……


「くそっ!くるなぁ」


  叫び声が聞こえた方に走り出す。30メートル程先の森から街道に男が飛び出してきた。慌てたのかはたまた何かに足をとられたのか躓き転がる。男の後を追うように森から2人子供が飛び出して来た。


「「ギィ、ギギィ」」


 あ、子供じゃなかった。緑色のちんまいオッさん、ゴブリンでした。


「あ、あぁ」


 転んだ拍子に足を捻ったのか、男は立ち上がれずに後ずさる。

 なんだ、盗賊に襲われてる商隊かと思ったのにな。緑色のちんまいオッさんはボロい腰蓑姿に手に棍棒。しかたない、腰のブロードソードを抜き放ち転んだ男に向かって走り出した。


「はあっ」


 剣をひと薙、一匹目のゴブリンの首を背後からチョンパ、そのまま身体を回転、勢いをつけもう残り一匹のゴブリンの首をチョン……パ出来ず3分の2程で刃が止まった。

 むう、ここ暫くはお腹が減るからとトレーニングを怠ったのでちょっと腕が鈍ったか。塔で最初の2日は筋トレと素振りをしたのだが、お腹が空くのでやめたんだよ。今日から筋トレ再開だな。

 2匹のゴブリンの身体がドサっと倒れる。


 剣を振り血糊を飛ばしインベントリからボロ布を取り出し刃を拭き拭きして刃先チェック、刃こぼれは無し。ボロ布をゴブリンの上に捨て男に近寄りましょう。


「足を痛められた様ですが大丈夫ですか?」


「あ、有難うございます、助かりました。冒険者の方ですか?」


「登録がこれからなので見習いのようなものです。足は固定した方がいいですね、なにか布かベルトの様なものはお持ちではないですか?」


 捻った程度ならテーピングでいいだろう、回復魔法?使えるけどこの男が何者かもわからないので魔法は隠しますけどなにか?






 男が締めていた帯を外し渡して来たのでその辺で手頃な木を拾ってグルカナイフで削って副え木を作り置き足首を固定する。応急処置の間に話をした。男はこの先にあるアオ村の村民、イナミさん28歳農夫さん。なんでも娘が熱を出したので解熱に効く薬草を採りにきたとかで、運悪くゴブリンに遭遇したようだ。


 この辺りはゴブリンなどの人型モンスターが少ない、定期的に侯爵領兵や侯爵家子飼いの騎士達が定期的に巡回してモンスターを狩っている。角付きは貴重な栄養源なのでノータッチ。よっぽどデカイ角熊とかでない限り猟師の獲物です。村人でも罠とかで捕まえられるし。


 さっきのゴブリンは領兵の狩残しか、ハグレかな。ゴブリンやオークはすぐ増える。『1匹見たら30匹はいると思え』と黒光りするGの様だ。領兵に報告した方がいいけどそれはイナミさんに任せましょ。領兵でエレーニアの顔知ってる人いるかもしんない。


 熱冷ましの薬草ならさっき摘んだのあるな。


「薬草なら手持ちのものがあるのでお譲りしましょうか、その足では無理をされない方が良いでしょう」


「ゴブリンから助けてもらった上、そこまで……本当に申し訳ありません」


 杖代わりになりそうな枝を探しイナミさんに渡すとさらに申し訳無さげに頭を下げられる。いえいえ、こちらも下心アリアリですので。


 村はさほど遠くなかった。イナミさんに合わせてゆっくりと歩いていたが20分程で村の囲いが見えてきた。


 ディヴァン侯爵領地の街や村はモンスター除けに必ず柵や塀で囲われている。この辺りは巡廻もあり、それほどモンスターは出ないのだろう、木で組んだ高さ150センチ程の柵でかこわれていた。



「止まれ!」


 柵に設けられた門の横にある見張り台から声がかけられた。

 イナミさんと2人で上を見る。そこには槍を持った男が1人立っていた。


「ガルフ、俺だイナミだ。戻って来たので門を開けてくれ」


 ガルフと呼ばれた男は私をジロリと見る。


「そっちの女は何者だ」


「冒険者見習いの…えっと、そういえば名前聴いてませんでしたね」

 イナミさんが振り返って尋ねてきた。


「あの、エル、エルって言います」

 嘘じゃないよ、エレーニアの愛称もエルだし私の本名だよ。


「冒険者見習いのエルさんだ。ゴブリンに襲われて怪我したところを助けてもらったんだ」


「なんだって、ゴブリンが出たのか?」


 ドタドタと梯子を降り門を開けたガルフ。


「早く入れ」


 そう言いながら辺りを警戒する。イナミさんと私が門をくぐると直ぐに閉め重そうな閂をかけた。よし!第一関門突破。


 領内の街や村は身分証の無い者を簡単に招き入れない。パパンの政策だ。昔し盗賊が横行した時代に不審者を割り出せる様、身分証の提示を制度化したのだ。他の領地では大きな街にしか検問はないが、ディヴァン領地では補助金を出し小さな町でも実施している。冒険者や商人などギルドが存在するところは、それぞれのギルドが発行したギルドカード。町村民が他の町村に行くときは村長の証明書、貴族も紋章入りの証明書などを提示する。パパンは領民の生活を守っているのだ。


 そして私はギルドカードも証明書も無い。村に入るために申し訳ないがイナミさんを利用させて頂きました。


「無事でよかったよ、イナミさん。ゴブリンはどのくらいいたんだ?」


「2匹のだけだがエルさんがあっという間に倒してくれたんだ。すごかったよ」


 それ程でもありますが、緑色のちんまいオッさんゴブリンなど屁でもありませんわ、オホホホホ。


「いえ、運が良かったんですよ、2匹ともイナミさんを見ていて背後の私に気付いてませんでしたから」


「有難うございます、イナミさんに何かあったら、レミーちゃんやナミルさんが哀しむよ」


 ガルフさんの言葉にハッとするイナミ。


「そうだ、レミー、早く帰って薬草を」


「ああ、村長には俺から報告しておく、早く帰ってやれ」


「エルさん、こっちです」


 ぺこりとガルフに頭を下げ、そそくさとイナミの後をついていく。村の中心に井戸があり、周りに共同の洗濯場などがあった。その前を急ぎ足で通り過ぎる。数人の井戸端会議中のオバちゃんがこっち見て何か言ってるが今はスルーだ。

 小さな農村の中のイナミの家は木造一階建ての古い家はよく手入れされている様だ。よく見れば他の家も同じ様であばら家っぽいのはない。

 イナミは扉を開けて入っていく。


「ナミル、帰ったよ、レミーの様子はどうだ?」


 部屋は食堂と居間を兼ねているのか、4人がけのテーブルと暖炉の前に毛皮のラグが敷かれクッションがいくつか置かれていた。奥にドアが2つ、イナミの声が聞こえたのだろう、片方のドアを開け女性が現れた。


「あなた、良かった。熱がまた上がったみたいなの。熱冷ましの薬草は採れて?」


「ああ、こちらのエルさんが手持ちの薬草をわけてくれると言ってね、お連れしたんだ」


「始めまして、冒険者見習いのエルと申します」


「イナミの妻のナミルです、それで、あの薬草は」


「その前に娘さんを見させてもらってもよろしいですか、場合によっては他の薬草も使った方がいいかもしれません」


 私の言葉に驚き顔を見合わせる夫婦、イナミさんはナミルさんを見て深く頷く。ナミルさんはイナミさんとエレーニアちゃんを何度も見返してから奥の部屋に案内してくれた。


 部屋の中は小さめのベッドと箪笥だけの小さな部屋だった。明かりとり用の窓は開けられ生成りの布が張られている。ガラスは高級品なので農村などにはなく、寒さ対策に布窓が使われているのは良い方だ。昆虫系モンスターの羽なんかもガラス代わりに使われたりする。


 ベッドには小さな女の子が眠っているが呼吸がかなり荒い。


「失礼」


 断ってから布団がわりの毛皮をめくる。熱が高い割に手先が冷たく爪先が青い。やっぱりそうだ。


「一昨日くらい川べりでクレソンを摘んで食べませんでしたか?」


 私の言葉に驚く夫婦。


「ええ、レミーと二人で摘みに行き夕食に…」


「先程私もクレソンを摘みましたが、近くによく似た毒草の『擬き草』も生えていました。レミーちゃんはクレソンと間違えて摘みながら口にしたのかも知れません」


 毛布をかけ直し部屋を出る。夫婦も付いてきた。イナミさんが椅子を勧めるので頷き座る。


 さっきクレソン摘んだ時近くに『擬き草』が生えていたのを見つけた。『擬き草』は近くに生えている植物に擬態すると言う不思議植物だ。今回はクレソンに擬態した『クレソン擬き』だろう、毒の所為で発熱しているが、毒消しも使わなければ治らない。農婦が『擬き草』を見分けられないことなど無いのだが、レミーちゃんはまだ小さい子供なので気付かず口にしてしまったのだろう。


「熱冷ましだけじゃなく毒消しの薬草もいりますね、どちらも手持ちがあるので今ここで調合してもよろしいですか?」


「ほ、本当に、エ、エルさんお願いしますっ」


  イナミはガバッと両手を握りしめて食い気味に頼んできた。


  マジックバックから出す振りをしてインベントリから調合用の器具を出す。エレーニアちゃんたら薬草学の成績もトップだし、調合もお手の物。ただ調合用の乳鉢と天秤秤が汚れているのがたまに傷なのだ。


「………すみません、桶に水を貰えませんか?」


「あ、はい」


 ナミルさんが桶を持って外に飛び出して行った。水瓶がへやの隅にあるのになんで?あ、わざわざ井戸に綺麗な水を汲みに行ってくれたんだ。薬に使う水と思ったのかな?ゴメンなさい。器具の洗浄の為なんです。自分一人なら魔法でチョチョチョイなんだけどね~


 ナミルさんが戻ってくるまでに大きめの薬包紙を広げ毒消し草、解熱草をインベントリから出しておく。あ、戻って来た、じゃあ先ず器具の洗浄から…ホント申し訳ない。


 プチプチプチと解熱草をちぎりながら重さを計る。測ったら乳鉢に。薬の吸収を良くする為の薬草を3対1の割合になるよう計って乳鉢に入れコリコリコリ。出来たら小鉢にいれてっと。

 乳鉢と擂粉木を洗ってから次は毒消し草をコリコリコリ、コレはチョーニガニガなのでサービスで蜂蜜をとろり、お水も少々、こっちは小瓶に入れて完成!


「出来ました」


「え、もう?早いですね」


 驚くイナミさん夫婦。薬を持ってレミーちゃんの部屋へ行き二人に薬の説明をする。


「小鉢の方が解熱剤、小さい子供なのでレミーちゃんにはこのスプーン一杯を熱が下がるまで6時間毎に、小瓶が毒消し薬なので半分を今、明日の朝に残り半分を飲ませてあげてください」


「有難うございます、なんてお礼を言ったらいいのか」


 感涙するナミルとイナミ。


「いえ、お礼なんて、それより早く飲ませてあげてください」


 そう、お礼なんて必要ないの。領民を助けるのも領主の務め、パパンに代わってエレーニアちゃん頑張るっす。

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