第2話 衣瑠とエレーニア

 いい加減布団から出るか。

 昨日着替えずにそのまま寝たのでせっかくのドレスが皺くちゃだ。衣装部屋への扉は姿見になっている。昨日は良く確かめずに寝たしな。


 鏡の前でじっと顔を見る。衣瑠は近眼じゃなかったがエレーニアも視力はいい。(エレーニア記憶検索:魔力を込めるとさらに遠くが見えるようになる)今はやんないよ、必要ないし。


 鏡の前で横を向いたり首を傾げてみたり、ウインクして、投げキッス……てバカなことはやめとこう。

 はっきり言おう。美人だ、すごい美人だ。挿絵のエレーニアは美人だったが、2Dを3Dにした感じじゃなくて実写化したら凄いンデスって感じ?


 少し釣り上がり気味のアーモンド型の目は長い睫毛にビッシリ覆われて、髪より少し金髪味と言うか、濃い色をしている。瞳は翠色、弟のクリストフも同じ色。虹彩はエメラルドの様な翠色に所々金色が混じってカラコンとは全然違う。


 鼻筋はスッと通り高すぎず低すぎず。唇は少し口角が上がり気味で真顔でも微笑んでいるように見える。下唇が上唇より少し厚めでぽってり。口紅が不要なくらい赤桃色、これにツヤツヤリップを塗れば『思わずキスしたくなる唇』ってやつだ。輪郭は卵形で顎のラインもスッとして、パーツが不足なく配置されシンメトリー。


 そう、シンメトリーなのだ。衣瑠は右目の方が少し大きく眉の位置もちょっとちがった。ブスじゃ無い、ブスじゃ無いよ、大事なので二度言っとく。でも美人じゃなかった。

 母は「女の顔は化粧でどうとでもなるのよ」って励ましにならない励ましをくれた。


 髪は銀髪、昨日はドレスアップに合わせてサイドを軽くたらし、残りは編み込み後頭部に纏めてたが、寝てる時痛かったので寝ぼけながら解いた気がする。

 編み込みの所為かどうかわからないが緩いウエーブの腰まで届くロング。窓から差し込む朝日が当たってキラキラ、キューティクル健在!

 そして胸だ。下を向くと視界は胸、足先が見えないのだよ。

 ふ、ふふふ、フハハハハァ、もう『チッパイ』などとは呼ばせん、呼ばせはせんよ!

 見よ!このボリューミーなパイオツを!確かなハリと重力に負けない偉大な頂きを!

 だがけして脂肪だけでは無い、その下のシュッとしたウエスト。これぞボンキュッボンというやつだ!

 自分の体を撫で回し腹部をさする、ん?何か違和感が……

 そろそろとドレスの裾をめくる。ロングドレスだがすでにくしゃくしゃなので御構い無しにたくし上げ、自分のウエストを鏡に写した。


 あるぇ?エレーニアって貴族の令嬢だよねー、なんでほんのり六つに割れてるのかなぁ?

(エレーニア記憶検索:貴族の令嬢たるもの自己防衛の手段を身につけることも必要。筋トレ、剣、槍、弓の稽古は欠かさない)


 orz


 そう、リアルでorzポーズ中です。エレーニアってば頑張り屋さんなのね~、そして中途半端は嫌い、やるからにはトップを目指す!そう言う性格みたいだ。







 とりあえず、エレーニアの外見チェック終了だ、着替えるか。

 衣装部屋の扉を開ける。そこは12畳ほどあるウオークインクローゼット。大量のドレス、靴のほかアクセサリーやら色々だ。物置も兼ねてるのかな?剣やら槍やら武具なんかも置いてある。

 端の方にある地味なワンピースみっけ、コレにしとこう。

 地味と言ってもレースやらリボンがないだけで生地は上物っぽい。さすが貴族令嬢。


 脱いだこのドレスどうしよう?くしゃくしゃだし。うん【異空間収納インベントリ】にしまっとこう。

 そう、エレーニアってば【インベントリ】持ってます。

 何事もトップを目指す、絶大な魔力量、勤勉な性格、努力家。これだけ揃って優秀じゃ無いはずない。ただ一つ、彼女が苦手としたもの、それは『おかたづけ』である。かたずけられ無いエレーニアはかたずけなくてもいい様に【インベントリ】の魔法を習得し片っ端から突っ込んだのだ。

 だから何がどんだけ入っているのか本人も把握できていない。まあ、把握出来るくらいならかたづけられるよね。(クローゼットの管理は使用人、エレーニアはノータッチさ)


 収納中は時間も停止する【インベントリ】はかなりレア魔法だ。収納量固定(体積)で時間経過も普通の【収納魔法アイテムボックス】や鞄に収納魔法を付与した【マジックバック】と違って【インベントリ】の容量は術者の魔力量に由来する。子供の頃から【インベントリ】の容量を増やすべく何度も意識を失い、血の滲む思いで魔力量の増加に励んだのだ。

 いやそんな努力するくらいならかたづける練習のが簡単だと思う。


 ちなみにエレーニアが【インベントリ】を使えることは周りに秘密だ。まあ母親にはバレてますけど。使用人とか他の家族にはバレてない。だってかたづけできないことバレるじゃん。貴族令嬢は普段自分で荷物持たないし。お出かけやお買い物の時は使用人が付いて来て荷物持ちするか配達だし。学院では誤魔化すためにアイテムバックを使用していたしね。


 そもそも【インベントリ】の魔法は習得の難しい上位属性の空間魔法と時間魔法の混合魔法、正式名称ではないが時空魔法の俗称で呼ばれることが多い。空間魔法の【アイテムボックス】でも魔法を使える人間の百人に一人と言われており、【インベントリ】は一万人に一人いるかいないかと言われている。それくらい上位属性の空間魔法の習得が難しく、さらに時空魔法の習得が困難極まりないからだ。

  あ、【マジックバック】は結構お高いですがそれなりに手に入ります。

  空間魔法を習得した魔術師は皆【マジックバック】を作って金稼ぎに走るから。


  ラノベでは【インベントリ】に触れてなかったなと記憶している。【マジックバック】は使ってたけど。

 なんでだろ?かたづけできない設定も無かった。転生した女の子がかたづけ出来たからかな?


 ついでに非常時に備えて下着やらアクセサリー類も放りこんでおくか。

 愛用のレイピアに学園で使用していた飾り気の無い短剣、長弓、無骨な鉄槍、コレはクレイブっていうか薙刀っぽいな。エレーニアってばこんなのも扱えるのですよ。派手な装飾付きは足がつきそうなのでやめておく。

 自分の物なのになんか泥棒してる気分……


 あぁお腹すいた、そういえば昨日の夕食も食べてない気がする。



 コンコン


 扉をノックする音。


「お入りなさい」


 許可するとガチャリと鍵のあく音がして扉が開かれる。窓際で背筋をピンと伸ばし立つエレーニア私。食事の乗ったワゴンを押してメイドが入って来た。視線を全く合わせず黙々とテーブルの上に朝食を用意し終わると、隣の浴室から使用済みのタオルなどを持って、やはり視線を合わせず去っていった。


 浴室あります。洋風なので猫足バスタブ想像した人、残念でした。大理石風の浴槽洗い場付きの日本のお風呂です。配管や給湯システムどうなってるのかと思ったら。


 ふっふっふっ不思議装置イッツァファンタジ~!魔道具デス!

 水が出る魔道具とお湯が出る魔道具に魔力を流すとあら不思議、水道管も何もないのにこのとおり!!魔力があればもう水不足の心配なし。


 “あら、でもお高いんでしょ?”

 “いえいえ奥様、今なら水とお湯セットでこのお値段!”

 “まあ、お・と・く♡

 “さらに!浴室用と洗面所用と2セットお買い上げの方に”

 “お買い上げの方に?”

 “吸水抜群、タオルセットをおつけします!”



 脳内でTVショッピングごっこしてるうちに朝食セッティング終わったよ。

 メイドがペコリと頭を下げると扉を閉めガチャリと鍵の音がした。

 いつもなら多少おしゃべりしていくメイドが無言だった。話しかけるなとでも言われてるのだろうか。まあいい、そんなことより食事だ。


 パン籠に焼きたてのクロワッサンやロールパン、胡桃入りパンなどがある。フレッシュサラダは柑橘系のドレッシングがかかってる。ハムと玉ねぎとチーズ入りのオムレツはふわとろ。カリッと焼かれたベーコンにソーセージ、ポタージュスープにオレンジジュース、紅茶のポット。小さな陶器の瓶には各種ジャム、蜂蜜、バターなどなど。何処ぞのホテルの朝食の様だ。


 ラノベ【悪フラ】でも触れていたがこの世界の食事事情は現代日本そのもの。ゲームが日本で作られた所為か制作スタッフが異世界料理を考えるのを邪魔くさがったのか(あれ?制作スタッフじゃなくてラノベ作者か?)、料理バトルでは和洋中なんでもありだった。異世界転生転移モノでよくある日本式料理でチートや、味噌醤油を探すとかはできない。調味料全部手に入るもん。


 ……この世界は一体なんなんだろうね。


 グゥググゥ~


 あ、腹の虫が……いただきます。おう、うまいっす。侯爵家のシェフ、いい仕事してますね~



  一人前にしては多すぎるけど、残りは【インベントリ】に入れておこう。あ、でも全部たいらげたって思われる?まあいいか。




 メイドが朝食のかたづけに来たのは1時間後(この世界は1日24時間、1週間7日、1年365日で12カ月、ただし曜日の呼び方は違う)で、一緒に執事長が「侯爵様がお呼びです」とエレーニア私を迎えに来た。いよいよか、幽閉回避出来るかやってみよう。


 さすが侯爵家の屋敷、お父様の書斎まで遠い。しかしこの王都の屋敷より領地の屋敷本宅の方がデカイ。幽閉予定の湖の辺りにある塔は所謂見張り塔のようなもので、昔の戦争期の建築物だ。狩猟小屋がわりに偶に使うくらいで今は殆ど使われておらず、近くに住む猟師夫婦に管理を任せているらしい。


 執事が書斎の扉をノックする。


「旦那様、お嬢様をお連れしました」


「うむ、入れ」


 ドアを開けると執務机の向こうにナイスミドルのオジ様が窓から外を見て立っている。

 銀髪をオールバックにし、ハリウッディアンタイプの髭が似合ってダンディです。エレーニアは父親似ですね。クリストフは母親似でしょうか。銀髪はどっちも父親譲りだな。振り向いたタイミングで朝のご挨拶をしとこう“おはよう、パパン”


「 おはようございます、お父様」


  スカートを摘んで軽く膝をまげる。特に衣瑠私は意識してないのに身体エレーニアが自動で動くぞ。セリフも修正されたっ!


「昨日の一件は聴いている。何も言う必要はない。」


 渋い声で先手を取られてしまいました。でもねパパン、どんなに記憶探ってもラインハルトが言ってた様な“教科書を隠した”だの“階段から突き落とした”だの“制服を破いた”だの“講習の面前で身分をわきまえろとなじった”などなど無いのだよ。リリアとは挨拶すらほとんどした事が無いの。どこからそんな話しが湧いて出たのかこっちが聴きたいわ。


「ですがお父様、私には身に覚えが「言う必要はないと、申したはずだ」」


 おう、被せで遮られてしまった。


「お父様「しばらく王都から離れていた方がそなたの為だ」」


 くっ、また被せて来たな。


「しばらく領地でゆっくりするがいい、その間に今後の事を考えよ。スチュアート!」


「はい、旦那様」


  直ぐに扉を開けて執事長が入って来て頭を下げる。スチュアートって執事長の名前、せっかくだからセバスチャンが良かったのに。使い古されたネタですんまそん。


「先程指示したとうりにしろ、直ぐに出立する様に」


 え?もう終わり?幽閉回避どころか全然喋れんかった、ヤバ、執事長の後ろから侯爵家専属の騎士が二人現れ両腕を掴まれた。騎士に連行されつつもパパンを振り返る。


「お、お父様っ」


 呼んでみたがパパンは後ろ手を組んで窓の外を見こちらに背を向けている。なんてこっタァ、幽閉決定じゃん。



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