弐 孤独と、別れの足音

 ――神様がお守りに宿って三週間。


 どうやら神様はテレビが大層のお気に入りのようで、暇さえあればテレビの観賞かんしょう催促さいそくするようになった。

 お守りから遠くへ離れられないため、一人でリモコンを操作することも敵わない天子。

 必然的に、宗一郎がいなければテレビを見られない。


 なんで無理矢理テレビを見なきゃいけないんだ。

 宗一郎は「面倒」の一点張りで拒み続けた。

 当初、ぶーぶーと文句を言うだけの天子だったが、最後には「リモコンを言霊に代えて携帯電話の中に宿らせよう」と言い始めた。

 宗一郎は携帯電話を壊された一件を思い出し「天子ならまた壊しかねない」と頭に過ぎった。そのため、天子と一緒になくなくテレビを見るハメになってしまった。


「ねぇ、キミ」


「何だよ」


 天子はテレビに釘づけだった。映されているのは、昨シーズン人気を博した学園ものの青春ドラマだ。男同士の深い友情を描いた作品らしい。

 再放送が決定したらしく、たまたまテレビをつけたら一、二話が放映されていた。

 宗一郎はあまり好きではなかったが、天子が見たがっていたので一緒に見ることにした。

 天子は、後ろに座る宗一郎へ問いかける。


「トモダチって何か、わかるかい?」


 小さな口に入るよう、細かく砕いたポテトチップスをほお張りながら、天子は答えを待つ。


「――動物で例えるとれ、だ」


「動物は自分たちをおびやかす存在を恐れて、群れをなすものじゃないか。じゃあ、人間たちは何を恐れて群れているんだい?」

 天子のその知識は先日、社会科の先生が授業中に語っていた内容だった。

 誰も聞いてなかったのに、聞いていたんだな。俺と同じで。

 宗一郎は苦笑し、口を開く。


「多分、それは『孤独こどく』を恐れているんだと思う。人間は寂しがり屋なのさ、一人でいると寂しくて死んじゃうんだよ」


「ふぅん……じゃあ、キミは寂しくないのかい?」


 ぴくり、と宗一郎の肩が跳ねる。胸に針が刺さったかのように、心が痛む。

 風呂やトイレといった場所を除いては、常に天子と一緒に過ごしていた。

 修理から戻ってきた携帯電話に、お守りをつけたからだ。

 だから学校も例外ではない。

 そのため、天子は気になったのだろう。


 ドラマの中では主人公と友人がいつも教室内でふざけ合い、笑いあっている。

 その光景を、天子は宗一郎の身近で見たことがないからだ。

 宗一郎には、そういった友達がいなかった。

 男女共に入り乱れて騒ぎあう教室の中で、彼は一人だった。

 いつも宗一郎は窓際で景色を眺め、そんな彼をみる天子。それが二人の学校生活だった。


「寂しくない」


 ポテトチップスを咀嚼そしゃくする音だけが、耳の奥でむなしく響く。


「そっか。僕は、寂しいと思っちゃうかな」


 手についたポテトチップスをペロリと舐めると、天子は振り返った。


「僕は一人だと寂しい。キミがいつも一緒にいてくれるから、今は寂しくはない、かな」


 テレビはちょうどコマーシャルに入ったようで、天子はグーッと背伸びをすると、身体も宗一郎へ向きなおした。


「きっと……宿るべきはずの神具に宿っていたとしたら、僕は寂しかったと思うよ。一人で永遠に、誰とも言葉を交わすことなく、人々の信仰しんこうを受け続けるんだ」


 淡々と天子は語る。

 今、自分が聞いている言葉は神様の……天子の本音だろうか――。

 

「でも、それが神なんだよね――あぁ、僕は幸せ者だなぁ。こうして毎日、キミと楽しく過ごせているのだから」


 曇り一つない笑顔を向けられた宗一郎は、あることに気づいた。

 そうか。天子と自分は似たもの同士だったのだ、と。

 友達が――心を許しあえる人がいなかった。

 なんだか急に胸がくすぐったくなる。

 それは、みずからが友達というものを遠ざけていた宗一郎が、初めて抱いた感情であった。


         ・・・


「お前なら出来るだろ。何でもっと頑張んねえんだよ!」


 それは遠い昔の記憶。

 聞きなれた、とても懐かしい声だ。


「うるせぇなぁ……他人のくせにいちいち口出すなよ」


 これは、自分の声。


「なんだよそれ。俺はお前に頑張ってもらおうとだな――」

「いちいちうっとうしいんだよ。何だお前、俺が何しようと勝手だろう」

「はぁ!? 宗一郎――てめぇ、そんな自分勝手な奴だったのかよ……マジがっかりしたわ」


 何が原因で口論こうろんしたのかは覚えていない。

 ただ、あのときは自分のことを何も解ってないんだと、この友人をねてしまった。


「勝手にしろ」


 自分のことをたいして知らない他人に、とやかく言われるのはうっとうしかった。

この頃から宗一郎は人を遠ざけていた。

 だが、次第しだいに宗一郎の胸には言い表せない感覚が宿り始めた。

 まるで燃料ねんりょうタンクに穴が開いているかのように、自分の心から大切な何かが漏れている気分だった。

 それを、ただの気のせいだと宗一郎は自分をだまし続けた。

 本当は自分のことを解ってくれる友人が欲しいという、心の声から逃げていただけなのに。

 あぁ――くそ、胸糞むなくそ悪い。

 そして、宗一郎の思考しこう加速かそくする。眠りから覚めるのに、そう時間はかからなかった。


       ・・・


 急速きゅうそくに意識が覚醒かくせいした宗一郎は、自らの部屋……ベッドの上で目をさました。


 ――何で今さら思い出すんだ。

 大きくため息をついて、寝返りをうとうとした。腕を投げ出して縮こまろうとしたとき、視界の端に携帯電話――天子が映る。


 ――しまった!?

 宗一郎は右腕に渾身こんしんの力を入れ、天子の数センチ上で見事に停止させた。

 ムリに力を入れてしまったために痛む右腕をさすりながら、携帯電話の上で眠る天子を見つめた。

 ピクン、と身体を震わせては寝返りをうつ小さな神様。

 微かな衣擦れの音が宗一郎の耳に届く。


「こんなやつがいなければ、悠々ゆうゆうと両手を広げて寝れるってのになぁ」


 神様でも、一人は寂しいらしい。

 初めて会った日の夜のこと。宗一郎は気をつかい、他の部屋で寝ようとしたのだが「神様は寝ないんだ。だからキミの隣で悪霊から守ってあげるよ」と言い出した。

 だが天子は、宗一郎よりも早く眠りにいてしまった。


 本当に悪霊が退治出来るのかと思い、試しに『恐怖の心霊映像――百連発!!』を見せたら「怖くて一人じゃあ眠れないんだ、僕と一緒に寝てくれ」と泣きついてきた。

 今まで……家族以外の他人とこんなに長い時間を、共にしたことなんてなかった。

冷え切っていた何かが、天子という神様と出会ったことによって温められ、満たされてくのを感じた。

 もしかしたら、自分は天子のことが――なんて、宗一郎は考えてしまう。


 いや、違う。違うんだ。

 宗一郎はかぶりを振る。

 きっと、いつか天子も本来いるべき所に戻るんだ。

 そうしたら、またいつもの日常が帰ってくる。

 しかし、宗一郎の胸には今まで感じたことのない、焼けるような痛みが宿った。

 天子――これもお前と一緒にいたせいなのか……?

 気持ちよさそうに寝息をたてる天子を見て、宗一郎は瞼を下ろした。

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