第61話 極限状況を打破する知恵と勇気と諦めない心

クリフが扉から降りる時に設置した縄梯子を使ってアリーと共に上へ上がっている。

それをチラリとピコハンは見てピコハンは鼻血を鼻息と共に噴き出した。

すると驚く事に鼻血は既に止まっておりピコハンは酒呑童子を正面に構える。

戦いで脳内麻薬のアドレナリンが放出されピコハンは出血が止まっていただけでなく、地の加護により回復もされていたのだ。


「やっぱお前だよ、何度お前とこうやってもう一度やり合える日を夢見たか・・・」

「はっこっちはもうお前には会いたく無かったよ」

「まぁそう言うな、お前が消えた洞窟の後を掘ったが結局何も見つからなくてな・・・10年以上も恋焦がれて居たんだよ!」


そう叫ぶ酒呑童子の心の底からの喜びを表すようにその表情は哂っている。

その表情にゾクリとピコハンは恐怖を感じるがなんとしても2人を逃がす為にも今は引けない。


「さぁ、もっと楽しませてくれよ!ピコハン!」


ピコハンの名前を叫ぶと同時に酒呑童子は物凄い速度でピコハンに一直線に突っ込んできた。

とてもピコハンの目では追えない速度であったが酒呑童子がピコハンの事を忘れた事が無いのと同じようにピコハンも酒呑童子の事は一時も忘れていなかった。

唯一自分が逃げることしか出来なかった相手、だからこそピコハンは再び戦う事となった場合を考え戦い方を思考していたのだ。


「ぐぁっ?!」

「さっきのお礼だ!」


酒呑童子の突進に合わせてピコハンも前へ一気に進み酒呑童子の顔面に拳を叩き込んでいたのだ!

2人の向かい合う速度が加わったそのパンチの威力は凄まじく酒呑童子はそのまま仰け反る。

だが・・・


「ぐぇ・・・」


ピコハンのパンチに合わせて酒呑童子もピコハンの腹部を蹴り抜いていたのだ。

とてつもなくハイレベルな相打ちであったが腕と足のリーチの差はとても大きい、酒呑童子は首の筋肉のみでピコハンの拳を押し返しそのまま嬉しそうに哂う。


「カカカ・・・カカカカカカカカカ!!!!」


腹を押さえながらその場に崩れ落ちそうになったピコハンの顔面を酒呑童子は鷲掴みにして持ち上げる。

こめかみを握り潰されそうな握力で締め付けられピコハンは余りの苦痛に呻く・・・

両足が浮いて片腕でピコハンの体を持ち上げている酒呑童子に反撃としてピコハンはその状態で蹴りを叩き込むが酒呑童子は防御する事無くそれをそのまま受ける。

まさに圧倒的な差、ピコハンの踏ん張りが効かないからと言っても岩すらも木っ端微塵に破壊するほどの蹴りをその身に受けて平然としているのだ。


「あぁ・・・ぁぁぁ・・・・」

「おっと、まだ寝るには早いぜ!」


酒呑童子がピコハンの顔面から手を離してピコハンは地面へ重力に従って落ちる。

だがその両足が地面に着く直前にピコハンの顔面を酒呑童子の拳が襲う!

それも1発ではなく何発も何発も続けてピコハンは拳を受ける。

最初の1発をまともに喰らったがそれ以降の拳は何とか両腕でガードするピコハン。

だが威力が凄まじいのもそうだが一番厄介なのがその状況であった。


「だはははははは!!!まだだ!もっと俺の気持ちを受け止めてくれぇえええええ!!!!!」


次々と叩き込まれる拳によりピコハンは一度も地に足を付く事無く浮かされ続けていたのだ。

そのせいもありピコハンは地の加護の回復が出来なくなっていた。

まるで空中を運ばれるようにピコハンは空中で殴り飛ばされ落下する前に酒呑童子が追い付いて来て更に殴られる。

回復が出来ない事もあり既にピコハンの両腕の骨は複雑骨折状態となっておりたまに腹部に叩き込まれるパンチにより肋骨にもヒビが入っていた。

それでも直撃を受けるのよりはマシと痛みが麻痺した腕で拳を受け続ける。

今にも意識が飛びそうな状況であったが遂にピコハンは壁まで運ばれてその背中を壁に押し付けられた。

だがそれは同時に酒呑童子に殴られても距離が離れなくなったと同じ事で先程よりも更に濃密度な連続攻撃がピコハンを襲う!

既に勝敗は完全に決していると誰が見てもそう感じる状況であったが突然酒呑童子の攻撃が止み、その体がピコハンに密着してきた。


「あぁんっ?!」


ピコハンに体を押し付ける形で振り返った酒呑童子の目の前にはこの空間へ一緒に運ばれてきた宝石の様な体の人形が立っていた。

酒呑童子によってボロボロの体となっていたそいつは両腕を破壊されていたので頭突きで背後から酒呑童子を攻撃していたのだ。

しかし、酒呑童子にダメージは全く無く楽しい時間を邪魔された怒りのみが増幅されていた。


「邪魔を・・・するなぁああああ!!!」


恐ろしい速度で振り上げられた片足が一瞬で振り下ろされて踵落としが宝石人形の頭部に炸裂した。

一瞬で押し潰されて粉砕する宝石人形の体が飛び散り地面にクレーターの様な物が出来上がる。

攻撃の破壊力が高過ぎて地面に埋まる前に壊されたのだ。


「はっもうお前に用は無いんだよ!」


吐き捨てるように壊れた宝石人形に告げて酒呑童子は怒りの表情を一瞬で緩め笑顔で振り返る。

あまりにも気味が悪い姿であったが酒呑童子の強さを見たものにとっては恐怖の対象でしかない。

しかし、様々な苦難を乗り越えてきたピコハンはその一瞬を見逃さなかった!


「喰らえぇ!!!」


壁にめり込んだ事で地の加護で複雑骨折が少しだけ回復していたピコハンは懐から取り出したそれを握り締めて拳を突き出していた!

ピコハンの握り締めていたそれはユティカから渡された新しい剣だった物。

既に仏像に叩き潰された時に折れて居たそれをピコハンは何かに使えるかもしれないと隠し持っていたのだ。

折れた剣の破片、それが酒呑童子の顔を襲った!

だが間一髪で酒呑童子は顔を反らしてそれを回避する。

僅かに頬を少しと左耳を切っただけでかわされたのだ。


「いってぇ!・・・嬉しいぜぇ!!!まだ楽しませてくれるって事だよなぁ!!!!」


再び壁に体を預けるピコハンに叩き込まれる酒呑童子の拳!拳!拳!

治り掛けていた腕は再びその攻撃を受けて骨が粉砕し血管はズタズタになり腕から血が飛び散る。

それでも急所だけは必死で守るピコハンはチャンスを待ち続ける・・・


永遠とも思えるラッシュが続いていたのが突然ピッタリと止んだ。

一体どれ程の時間殴られ続けていたのかピコハンには分からない。

ピコハンが壁に埋もれている場所は最初よりもかなり広範囲に破壊されそこだけ別の空間のようになっていた。

その中で酒呑童子は肩で息をしながらピコハンを見詰める。


「まだ生きているなんてな、本当お前は最高だよ!」


両腕は完全に使い物にならないし顔も血塗れで晴れ上がり意識が残っているのかすら分からない。

だが小さく呼吸による胸が上下しているのを確認した酒呑童子は嬉しそうにピコハンを見下ろす。

これ以上やってももう楽しめる要素は無いと思えるのだがそれでもまだ息がある事に喜んでいるのだ。


「ここまで楽しませてくれたんだ、最後に何か言っておきたい事があるなら聞いてやるぜ?」


酒呑童子はピコハンが意識を残しているのか確かめる事も含めて上から目線で告げる。

強者が弱者を狩るのは自然の摂理、その中でもピコハンだけは酒呑童子も認める強者であった。

鬼族以外で唯一自らが認めた相手だからこそ最後の言葉を聞きたいと考えていた酒呑童子にピコハンは小さい声で答えた・・・


「・・・最初は・・・手も・・・足も・・・出なかった・・・」


そのピコハンの最後の言葉を聞き届けようと息を呑み酒呑童子は耳を傾ける。


「・・・まるで・・・歯が立たなくて・・・傷一つ・・・付けられなかった・・・」


最初の出会い、酒呑童子にとっては15年前の話をしているのだ。

酒呑童子はそれでも自分から逃げ切ったピコハンを認めていた。


「・・・今日・・・お前と・・・戦った・・・」


今にも途切れそうな小さい呼吸で声を搾り出すピコハン。


「・・・全然・・・勝てない・・・けど・・・頬に傷と・・・片耳・・・」


酒呑童子は頬の傷を指でなぞる。

そして、異様なピコハンから発せられる気配に鳥肌が立っているのに気付いた。


「・・・今はまだ・・・勝てない・・・けど・・・・次は・・・片腕を・・・もらう!」

「お、お前・・・一体何を言って・・・」

「その次は・・・片足!・・・そして・・・首!」


晴れ上がった顔の中からピコハンの目が酒呑童子を睨みつける。


ゾクリ!

(な、なんなんだこれは?!まさか・・・これが恐怖?!)


酒呑童子にとって生まれて初めての恐怖であった。

既に両腕は破壊されダメージで身動き一つ取れないと思われるその人間の子供に恐怖を感じてしまったのだ。

そして、初めての恐怖は酒呑童子の精神状態を狂わせた。


「もういい!お前は死ね!」


普段ならありえない程に力んだ拳!

普段なら考えられないほど振り上げた腕!

全てが戦いにこそ生き甲斐を感じる鬼である酒呑童子にとって完全な失態であった。

逃げ場が完全に無いと思われていた場所に居たピコハンには地の加護だけでなく光の加護が備わっているのだ!

そもそも物質が目で見えると言うのは光がその物質に反射をしてそれを見ているから見えるのである。

酒呑童子の攻撃により掘られた穴と言う暗がり、それが距離感を狂わせ少しだけ体を浮かせていたピコハンは酒呑童子の攻撃と同時に体を床へ沈める。

腕は使えないが肩と両足は健在だったのも幸いであった!

背中を壁に擦り付ける様に動いたピコハンは酒呑童子の拳をその狭い空間の中で避けたのだ!

壁に叩き込まれた拳はそこを破壊して更に隣の空間へと突き破り酒呑童子はその体をそっちへ持っていかれる。


「じゃあな!」


先程までの死にそうな声とは打って変わってピコハンは元気にバランスを崩しながら壁の向こうへ行った酒呑童子へ告げて穴から飛び出る!

両腕が使えないのでバランスが取りにくいがそれでもピコハンは走り大きく飛び上がった!

そして、掛けられていた縄梯子に足を掛けて歯を使って噛んで口と足で縄梯子を登っていく!


「ピコハン!急いで!」


上ではアリーが覗き込んでおりピコハンに手を伸ばす!

だがピコハンが両腕を使えなくなっている事に気が付いたアリーはその体を引き込もうと体勢を変える!

その時下の方で壁が吹っ飛んで酒呑童子の怒声が響き渡った!


「逃がすかピコハン!!!」


だがそのタイミングを計っていたかのようにアリーの横からクリフが下へ何かを投げつける!

そう、クリフが持っていた最後の煙球である!

煙球が地面にぶつかると同時に煙が周囲に一気に広がり酒呑童子の姿を隠す!

そして、ピコハンがアリーに体を捕まれて扉の間から外へ出ると同時にピコハンは足で扉に刺さっていた石刀を蹴って抜く!

それと同時に扉の間が岩で塞がった。

ピコハンの読み通り酒呑童子は閉じ込められて大仏3体と宝石人形と戦う事になってるだろう!


「逃げるぞ急げ!」

「ピコハン私に捕まって!」


クリフが先導しアリーがピコハンに肩を貸して3人は外へ駆けて行く!

後は通路を真っ直ぐに走り抜けるだけだ!

そう考えた3人の真後ろで扉が吹き飛び充満していた煙と一緒に宝石人形が吹っ飛んでくる!

そして、あの高さを一っ飛びでジャンプした酒呑童子が後ろから追い駆けてきた!


「絶対に逃がさねぇぞおおお!!!!」


ダンジョン内を震わす程の怒声が響き、物凄い速度で3人に向かって走る酒呑童子。


「振り返らずに走り抜けるんだ!」


クリフの言葉にアリーは頷きピコハンと共に外へ向かって駆ける!!

そして、ダンジョンの外に届く瞬間ピコハンの頭上に酒呑童子の手が伸びて・・・

その手はまるで今までそこに無かったかのように消え去るのであった。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・一体どういう・・・?」

「間一髪でしたね・・・はぁ・・・はぁ・・・これが僕の研究成果の一つ、ダンジョンから出ると入った場所に戻るです」


驚きつつも、入る度に違う場所へ辿り着くのならばその逆もありえるのか・・・

ピコハンは大の字に寝転がりながらそんな事を考えてそのまま意識を失うのであった。

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