第47話 黒鬼への不意打ち

階段を降りて左右に部屋が続く道を進み適当に扉を開いて中を見てピコハンは固まっていた。

その中の残酷でえげつない光景に胃の中の物が込み上げてくるのを気力で必死に押さえていたのだ。

そこには人だった物の残骸が無造作に放置され辺りは血に染まっていた。

きっとここで調理されていたのであろう人だった残骸の中には小さい頭部から大人の頭部まで様々。

そのどれもが髪が長く女性だと言う事を現わしていた。


「なんて・・・むごい・・・」


だが怒りは出てこない、人間も他の生き物を殺して食べているのだ。

この世は弱肉強食、ただ自らが食われる立場になったからといってこの世の摂理に異を唱える程ピコハンは人間至上主義ではない。

それでも自分と同い年くらいの女の子の頭部が棄てられているのを見て鬼に対して何も思わない訳ではない。


「可哀想に・・・」


その時、足音が聞こえた。

ピコハンは死体が棄てられている山の横に身を潜めた。

周囲から漂う夥しい血の臭いに耐えながら様子を覗っているとピコハンが入ってきた扉が開けられそいつは入ってきた。

身の丈はピコハンの倍は在るであろう全身の黒い鬼、その巨大な手に一人の女性が摑まっていた。


「ひっひぃいいいいいいいい!!!」


女性は部屋の中の光景を見て余りの恐怖に悲鳴を上げる。

それを嬉しそうに聞く黒鬼はその叫び声が落ち着くまでそのままの姿勢で居た。

少しして女性も逃げようとしていたのであろうが掴まれている手の力が強く全く逃げられない事を悟り力なく項垂れた。


「抵抗はもう良いのか?ならばお前は我等の今夜の食材になってもらう。光栄に思うがいい!」


そう言い黒鬼は女性を血が染み込んだ台の上に放り投げて直ぐに手足を固定する。

声にならない悲鳴を上げ続けていた女性は仰向けになったまま固定されている手足を動かす。


「なんだ、まだそんな力が残っていたのか?まぁいい、直ぐに楽にしてやるから安心しろ」


そう言い黒鬼が取り出したのは巨大な包丁であった。

丁度女性の肩の部分に台に入った切れ込みが触れており自分が辿る道を想像してしまった女性は枯れた悲鳴を再び上げる。


「いやあああああ・・・お願い・・・助けて・・・」

「そうだ、そうやって汚物を全て出してくれれば美味い肉となる。もっと気張れ!」


ピコハンの位置からは見えないが女性が恐怖の余り失禁等をしているのは簡単に理解できた。

そして、それを黒鬼は喜んでいるのだ。


「子を宿せなかったお前はこうなるしかない運命なのだ。さて、それではそろそろさよならだ」


そう言って黒鬼は巨大な包丁を振り上げる。

だがその包丁が振り下ろされる事は無かった・・・


「が・・・が・・・がふっ・・・ぐあああ・・・・」


背後から腹部を貫いた女王蟻の剣が黒鬼の腹から生えていたのだ。

ここまで意思疎通が出来る鬼達を殺してこなかったピコハンであったがこの黒鬼の言動だけは我慢ならなかった。

そのまま突き刺した女王蟻の剣を横へ振りきり黒鬼の腹部を半分切断する。


「が・・・があああ・・・お前・・・こ・・・ど・・・も・・・・」


振り返ろうとした黒鬼の腹部の断面から内臓がはみ出しそのまま横倒しに倒れる。

その目は開いたままで倒れた黒鬼は少し痙攣した後息絶えた。

勿論、黒鬼の痙攣が泊まったと同時に光の粒子がピコハン目掛けて飛び出した。

それを見てここも一つのダンジョン内なのだと理解したピコハンは台の上で拘束されていた女性を解放する。


「ひぐっえっぐ・・・えっぐ・・・」


余りの恐怖に最初見たときは黒かった髪が白く変色しその顔は一気に老けた様に感じられた。

それでも女性は自らが助かった事を理解して両腕で自身を抱き締める。

震えるその体を必死に押さえて壊れそうな精神を保とうとしているのだ。

ピコハンはその女性が落ち着くまで近くに居る事にした。


10分くらいだろうか、徐々に顔色に赤味が戻って来た女性は突然その場に嘔吐した。

ピコハンはもう慣れていたがその部屋は血の匂いが充満しそこら中に人間の体の部位が棄てられているのだ。


「けほっ・・・えほっ・・・げほっ・・・」


背中を擦ってやり女性が落ち着いたのを見計らいピコハンは無言で部屋を出ようと合図をする。

ここは鬼の住処、何処に他の鬼が居ていつこの部屋に別の鬼が来るか分からないのだ。

そのピコハンの仕草に女性は頷き震える足で立ち上がる・・・

そして、地に足を付いて立った時に始めて女性は気付いた。

自分を助けてくれたのが自分よりも小さく幼い男の子だと言う事にだ。


「きみ・・・が助けてくれたんだよね?」

「ごめんなさい、本当ならもっと早く助けたかったんだけど・・・」


ピコハンは黒鬼を見た時にその強さを感じ取っていた。

まともに正面から戦えば負けないと言っても怪我はさせられていたのは確実、その力の強さは殺した時に自身に入り込んだ光の粒子により強化されたピコハンの体が語っていた。


「ううん・・・ありがとう、本当に・・・」

「それで、他に摑まっている人居るんだよね?」

「うん、沢山居る・・・」


その後、案内を自ら女性は名乗り出てピコハンを連れて道を進む。

その間に女性は小声でここでの生活をしていた数ヶ月の事を話してくれた。

捕らえられていた中から選ばれて毎晩鬼の夜の相手をさせられる日々。

そして、数ヶ月して子を宿せなかった自分は不良品扱いを受けて今日殺されて食料とされる予定だった事を・・・

思い出したことで震える肩に力を入れながら全てを話した女性の話が終わる頃にそこに到着した。

そこは大きい岩が1つ置かれているだけの場所、だがその地面には引きずった後が残っている・・・


「この中に?」

「うん、鬼はこの岩を力づくで動かしていたの・・・」


ピコハンをここまで連れて来たのはここまでの通路に別の鬼が現在居ない事とこの扉が開けられないことには誰も助けられない事をピコハンに理解させる為であった。

女性自身も元々は探検者であった為、口で説明しても納得しなかった場合の事を考えてここまで誘導していたのだ。

本当は今すぐにでも逃げ出したい、あまりの恐怖で変わり果てた自身には気が付いていたのだがそれでもこの中には自分と同じ身の上の人間が居るのだ。

そう考えて見捨てる事が出来なかったのもあったのだろう。

だがその岩を動かす事が出来なければ結局は同じこと、自分自身でも諦める理由を作りたかったのだ。


「よし・・・」


ピコハンの言動に目を向く女性。

それはそうだろう、ピコハンの体の2.5倍は在るサイズの大岩に両手を着けて頑張ろうとするピコハンの姿を目の当たりにしたのだから。

人間が10人居てもとても動かす事なんて無理だろうと思われるその大岩を動かそうとピコハンは全身に力を入れているのだ。

当然ビクともしないだろうと考えていた女性であったが・・・


ズ・・・ズズズ・・・ズズズズズ・・・ガガガガガガガガガガ!!!

「うぉおおおおおおおおお!!!!」

「う・・・そ・・・」


大岩はピコハン一人の力によって動かされていくのであった。

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