第39話 白いスーツの男

「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」


いつも俺に甘えて後ろを付いてくる妹の姿が記憶の中で浮かび上がる・・・

だがその顔を思い出そうとしても浮かび上がらず真っ黒な影だけがそこには在った。

目の前に居るにも関わらず触れる事も見ることも出来ないその存在・・・

ピコハンは手を伸ばす・・・


「俺の・・・大切な・・・妹・・・」


確かに妹と言う存在が居たと記憶は残っている。

だがどれだけ記憶を遡ってもその妹が存在したという核心が得られない・・・

触れた事も見た事も・・・その匂いすら記憶に無いのだ。

ただただ自分に甘え自分の事を慕ってくれていた存在。

会話はした記憶が在る・・・

だが誰かが妹と話している記憶すらも無い・・・





カタン、カタン・・・

カタン、カタン・・・


レールの上を走る車輪の音が定期的に鳴り続けその音に安らぎを感じいつの間にか意識を失っていたピコハン・・・

一度無くした事も在る左手を持ち上げ目を擦る。


「寝てたのか・・・」


いつの間にか修復された最後尾車両の小さな個室の中でピコハンは目覚めた。

目の前には計器に突き刺さりあのワニの尻尾を固定している女王蟻の剣が在った。

それを見て自分があのワニを倒した事を思い出したピコハンは体を起こして共有箱を展開する。


「喰えるのか分からないけど・・・」


そう言いながらそのワニの尻尾を唯一修復されてない透明石から引っ張り込み狭い個室に入れた。

それと同時に透明石も修復されまるで何事も無かったかのように元通りになった。

もう見慣れたその光景を気にする事も無くピコハンはワニの尻尾を輪切りにしながら共有箱の中へ収納していくのであった。


「これは・・・強くなったのか?」


ワニの尻尾を輪切りにしようと力を入れるだけで簡単に切断出切る事に自身が更に強くなったのを感じ取った。

どうやらワニは倒した時にあの光の粒子が出ていたようである。

この中に来てからどれだけ魔物と思われる者を倒してもあの光の粒子が一切出なかったので久々の感覚にピコハンは一人満足気に頷く・・・


「とりあえずルージュにお礼のメモも入れておかないとな」


先頭車両の花の中からルージュの送ってくれたあの液体が無ければ出れなかったかもしれないと考えたピコハンはワニを切り分けながらそう考えていた。

通常共有箱の中は確認をしないと増減してても分からない。

それがメモを送って直ぐに気付いてもらえたという事から向こうでは定期的に、それこそ数分に1回は中を確認してくれている、それに気付いていたピコハンは感謝の気持ちで一杯であった。

もしあのメモに気づかれるのが遅ければあの花の中で消化されてたり花ごとワニに丸飲みにされていたかもしれないのだ。

ピコハンは普段ルージュにこういったお礼を述べる気持ちは在るのだが中々口に出せない。

子供ながら特別な感情を抱き始めていたのだ。


「と、とりあえず生きてるって事は知らせておかないとな・・・」


凄く単純で短い文面、と言うのもピコハン自体がそれ程文字を書くのに慣れておらず短い手紙に結構時間が掛かってしまった。

と言っても自身の体の状態を考えると少しでも休む事も必要だと理解しているので焦りはしなかった。

そうして書き終えた手紙を中へ入れてピコハンは立ち上がる。


「それじゃ行くか!」


そう、この車両の一番先頭を目指すのだ。

ピコハンはワニのお陰で中ではなく外を通れば安全だと気付きそこから透明石を叩き割って車両の屋根の上に上がるのであった。


「相変わらず真っ暗だな・・・」


左右には多分地面が在る筈、そう考えればあちこちで小さな光を放っているのはそこに在る何かが光っているのだろう。

そう考え、ピコハンは前の車両へ飛び移る。

水の手の車両、無機物の車両、人影の車両、血管の車両、そして花の車両・・・

全5両の車両を屋根の上を通過する事で一切の苦労なく通り過ぎてピコハンは先頭車両の真上へ到着した。

そして、屋根を女王蟻の剣でくり貫く様に切り裂き屋根に自分が通れる様に穴を開ける!

そこを覗き込むとあの花のつぼみが視界に入った。

丁度先頭の個室を塞ぐように陣取っているそのつぼみを睨みつけピコハンは女王蟻の剣を構えて飛び降りる!


「だああああああああああ!!!」


一切警戒をされてないその花へ真上からの強襲!

花自体も車両内を通過する者を花粉やツタで攻撃する為の進化を続けていたのだがそんな攻撃に対する対処法は一切持ち合わせていなかった。

それ以上にワニを倒してピコハンの力がアップしていたのも在るだろう。

真っ直ぐにつぼみを一刀両断しその着地と共にその場で回転して周囲をなぎ払う!

十字に切り裂かれたつぼみはまるで枯れるようにその場で萎れていく・・・

周囲に咲いている花もピコハンのなぎ払いで飛び散り天井に開いた穴から次々と風に乗って飛んでいく・・・

どうせ時間が開くと復活すると考えているピコハンは枯れたつぼみを踏みつけそこに在るドアに手を伸ばす!

背後から襲いかかるツタが伸びる音が聞こえても一切気にする事無くそのドアを開きピコハンはその中へ飛び込んだ!


するとそのドアが在った部分に伸びてきたツタが見えない何かにぶつかり弾き返される。

ピコハンはそれでも一応開いたドアに手を伸ばしそこを閉める。

そして振り返り手にしていた女王蟻の剣を握り締め構えた。

そこは上から見たら一番後ろの個室と同じサイズの部屋だった筈にも拘らず広かった。

そして、正面に居るそいつが立ち上がる。


その空間の広さは車両がもう1つ在るほど広くピコハンは気付いていないが足元から響いている筈のあの走る音が聞こえなくなっていた。

目の前には椅子が一つ、そこに先程まで座っていた白い服を着た男が手を斜め下に伸ばす。

その顔は仮面を被り髪型はオールバックで着ている白いスーツからピコハンは領主の所に居た執事を想像する、と言っても色が間逆だが・・・

立ち上がりから手を伸ばす動作からまるでその動きは人間味を帯びておらず、椅子から立ち上がった時もたたずまいも不思議な違和感に包まれていた。

身長はピコハンよりも高く170は在るだろうか、存在感は無いのに威圧感はある不思議な存在であった。


「にゃ~」


ふと男が立ち上がると同時に膝の上から降りた猫が鳴き声を上げる。

白く小さい猫だがその顔が横に平べったく普通の猫ではない事がそれだけで分かる。

「かちゃり」と言う音と共に目の前の男が斜め下に伸ばしていた手にいつの間にか1本の剣が握られていた。

そして、違和感の正体にピコハンは気付く・・・

その白い服の男から一切の感情を感じないのだ。

そして剣を持ったその手がピコハンの方へ伸びて剣先をピコハンへ向ける。


「良く分からないけど倒さなきゃ駄目みたいだな」


そう口にしてピコハンが女王蟻の剣を構える。

すると仮面を被っているにも関わらず白いスーツの男はニヤリと笑ったような気がした。

ピコハンが真正面からぶつかるのは危険だと考え軽く横へステップを踏んだと同時に先程ピコハンが立っていた場所を何かが通過して後ろをドアにぶつかる音が聞こえた。

全くの偶然であるがピコハンは目の前の白いスーツの男が剣先から何かを飛ばして来たのだと理解して距離を離しているのは危険と判断した。

だがその時は既に遅かったのだ。

再びその剣先から放たれた何かにピコハンの左肩は撃たれ続いて右足に何かがぶつかる!


「いがっ?!」


突然やってきたその痛みに苦悶の表情を浮かべるが当たった場所には何も無くピコハンは立ち上がり構える。

じっとしているのは危険だと分かっている。

だが動けない、白いスーツの男との距離は約3メートル。

この距離はあの遠距離からの攻撃を一方的に受ける距離なのだと言う事をピコハンは理解していた。

動いた瞬間にその部分を打ち抜かれるのが分かっていたのだ。


「おい、俺の言葉が分かるか?」


言葉がもしかしたら通じるかも、仮面を被った人間かもしれないと考えたピコハンは口にする。

だが男はピコハンの言葉が伝わらなかったのか一切反応を見せずこちらに剣先を向けたまま固まっている。

油断も一切無くまともに殺リ合うしかないと腹をくくったピコハンは真後ろへジャンプするのであった!

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