在りし日を思ふ

1


□ □ □ □



 ――綾芽達が帰ってくるまで起きて待ってる。



 えぇ、確かに、私、アノ人にそう豪語ごうごしてたんです。そのはずなんです。


 でもねぇ、これ、どう考えても寝ちゃってるんだよなぁ。

 いつ寝ちゃったかは分からない。でも、確実に寝てる。


 だって、今いるの、どこか見覚えのない部屋の中だし。そんでもって、汗だくになった見知らぬ女の人を、これまた女の人ばっかりが四、五人で取り囲んでるし。さらにさらに、その傍では甲高い声で泣いている赤ちゃんが布に包まれて寝かされてるし。


 もう、今の状況が分かるんだけど分からなさ過ぎて、ちょっと反応に困る。


 夢って自分の深層心理を表すって言われるけど、出産シーンって何? どんな深層心理? おめでたいことを見たい聞きたい感じたいってこと?


 ……よし来た。お祝い事? 大好きです。


 すぅーっ。



笹木ささきさん』

「お」



 汗だくの女の人に先を越されてしまった。


 まぁ、別に夢だから言わなくてもいいんだけど、一度言いかけたお祝いの言葉を続けないのもなんとなく変な気分になってしまう。

 言いかけた言葉を続けるべく再び口を開きかけ、周りの人たちの顔を見て、口を閉じた。


 この場にいる人――私以外は皆、喜びとは真逆の表情をしていた。


 え? なんで? 赤ちゃんもお母さんも無事でしょ? 

 なんでそんな暗い顔をしているの? 


 

『この子は男の子じゃない。女の子よね?』

『……茉莉まり様』

『陛下のちょうが深いあの方の御子でさえ、男宮であるというだけで命をねらわれるのよ? 私が産んだ子なんて……すぐに殺されてしまうっ』

『……』



 ……えぇっと。


 なんか最近、よく聞くようになった“陛下”って単語と、“男宮”って単語が入ってたねぇ。おまけに、殺されるなんて物騒ぶっそうな話まで。


 あー、でも、“陛下”って帝様とかに対して使われる言葉だけど、この場合の“陛下”っていうのは私の知ってる帝様のことじゃないよね。だって、もし帝様に子供がいるなら、橘さんが事あるごとにお嫁さんのこと口をすっぱくして言うはずないし。


 いやぁ、実際に身近にいる人じゃなくて本当に良かった良かった。


 それにしても、夢の中でぐらい、物騒なのは勘弁かんべんしてもらいたいんだけどなぁ。現実でもう十分だもの。爆破事件なんて、一年で何回目なのって感じだし。一回目でだってびっくりなのに、二回目だよ、二回目。しかも、うち一回は死傷者多数。本当に勘弁してほしい。


 一人で喜んだり不満に思ったりしている中、女の人達の話は続いていた。



『だってそうでしょう? 私、あの方みたいに、自分の子を奪われたくなくてその子の首をめかけるなんてこと、したくないの。そんな母親にはなりたくない』



 んんっ? んんんんっ?


 なんか、聞き覚えが。



『……分かりました。茉莉様、全てこの笹木にお任せください』

『え?』

『貴女達もいいですね? 今日お生まれになったのは、男宮様ではなく、女宮様です。もし、このことが外に、特に他のきさき方に知られるようなことがあれば、その時はこの場にいた者全員命がないものと思いなさい』



 ……思いっきり身近にいる人の話でしたね、これ。

 あの栄太ってお兄さんの過去をのぞいた時と同じ感じのやつだ。

 でもって、これはたぶん、櫻宮様の過去。それも、宮様がお生まれになった時。



『茉莉様、女宮様のご誕生、まことにおめでとうございます』



 お母さんである女の人に向かって、周りにいた女の人達が一斉いっせいに頭を下げた。



『ありがとう。……赤ちゃんを』

『はい』



 女の人は泣き止んだ赤ちゃんを腕に抱き、指を一本、赤ちゃんの指に握らせる。まだまだ小さい五本の指が、その一本の指をしっかりと握るのを見て、女の人はポロポロと涙をこぼし始めた。



『……ごめんね。良い母親になれなくてごめんね。許してね』



 その言葉と涙が、なんだか胸にひっかかった。



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