14

 


 よく分かんないけど、綾芽達の仕事はだいぶ遅くまでかかるらしい。日が落ちてもうずいぶん経つというのに、夏生さんが一度帰ってきたの以外は誰も帰ってこない。


 夜ご飯もお風呂も済ませ、後は寝るだけ……なんだけど、ついつい広間の炬燵こたつに入ってだらだらとテレビを見続けている。


 櫻宮様もウトウトとしていたけれど、ついさっき夢の中に誘われていった。今は一緒にテレビを見ている子瑛さんの横で、丸まってぐっすり寝ている。



「しえーさん」

「どした? ねむい?」

「んーん。ねない」



 暇なんだ。暇なんだよ。暇過ぎて辛いんだよ。

 ……眠くない、眠くない……眠ってない。

 でも、おかしいんだ。目蓋まぶたの上と下がくっつきそうで。上と……下が……。



『放送の途中ですが、ここで臨時ニュースをお送りいたします。先程、先帝陛下の第一皇女、櫻宮様が居住なさる殿舎が何者かに爆破されるという重大事件が発生いたしました』

「えっ、ばっ!? ばくは!?」



 あともう少しでくっついた両目蓋だったけど、一瞬で引き離された。


 テレビには上空のヘリからと思われる映像が映し出されている。夜でも分かるほどの煙が立ち込めていた。火の手は煙に隠されていて分からないけれど、たぶん煙がこんなに上がっているからにはどこかしらまだ燃えているんだろう。そんな爆音はここまで聞こえてこなかったけれど、結構な規模だったみたいだ。



『なお、宮様の安否ですが、別の場所にいらっしゃったということで安全が確認されております。この事件での負傷者ですが、警備員が一名、軽い火傷やけどったものの、命に別状はないとのことです。なお、付近一帯は警察、消防の交通規制が行われており、現場検証や警戒けいかい等のため、数日はそれが続く見込みです。では、現場の……』



 映像は現場キャスターのお兄さんに代わり、現在入っている情報を神妙な面持ちで話し始めた。

 

 み、みっ、みや、宮様……宮様は。


 ここにいて、ぐっすり寝ていると分かっているのに、手を伸ばしてとくとくと脈を打っている胸の上に手を当てた。子供特有の高めの体温が服越しにも伝わってくる。


 どうやら、冬の入り口にあったお城の爆破事件で、たくさんの人が運ばれてきた時の記憶に引きずられてたみたい。


 あの時は、その、助からなかった人も大勢いたから。



「だいじょーぶ。だいじょーぶ」

「……ん」



 子瑛さんが私の背を優しくポンポンと叩いてくれる。


 ターン、ターン、タラッタラー、タータータータラー


 そのまま子瑛さんの横にピタリとくっついていると、子瑛さんのスマホが鳴った。誰かさんが設定した某将軍様のテーマソングだ。それをそのまま律儀りちぎに変えずにいたらしい。


 ……なんか、その、ごめんなさい。これ、おじいちゃんの携帯だったから良かったやつ。もう反省しかないです。ごめんなさい。


 電話をとり、一言二言話したかと思えば、子瑛さんは部屋の中へ視線を彷徨さまよわせ始めた。


 何かを探しているみたいだけど、一体何を探しているんだろう? “ゆ”から始まって“い”で終わる方々とかを探しているんじゃなければ一緒に探してあげるけど。



「しえーさん、なにさがしてるの?」

「みやび、おちちうえ、どこ?」

「おち、おちちうえ……あぁ」



 一瞬、御父上っていうのが頭の中で変換できなかった。


 そういえば、ここに滞在することになったわりには姿を見ていない。どうせ隠形おんぎょうしてそこらにいるんだろうけど。



「さがしてく……でたぁ」

「でた?」

「あ、ううん」



 立ち上がろうと身体の向きを変えると、ひょっこりと現れた。でも、まだ隠形は解いてないらしい。子瑛さんはきょとんとしている。



「しえーさんがごようじあるんだって。みえるようにして」

「用事? 我はない」

「しえーさんはあるの! はやく!」

「……」



 渋々しぶしぶといった感満載まんさい顕現けんげんしたアノ人に、子瑛さんがまだ通話中のままのスマホを差し出した。どうやら、本当に用があるのは電話の相手らしい。


 ますます怪訝けげんそうにするアノ人。スマホを受け取ろうとしない。



「あの」

「……しかたないなぁ。しえーさん。びでおつうわにしてください」

「びでお?」



 アノ人に差し出していた手を引っ込め、子瑛さんは通話をビデオ通話に切り替える。その間に、アノ人の手を仕方なーく引き、隣に座ってもらう。スマホ画面の向こうでは巳鶴さんが待っていた。



「あぁ、貴女もまだ起きていたんですね。すみませんが、御父上と宮様と三人で、もうしばらく留守番をしていてくれますか? 人が足りないので、子瑛もこちらに寄越よこしてもらいたいのですが」

「ん。おるすばん、できます。……あのっ、みやさまの」

「爆破の件ならもう知っていますよ。今、現場に来ていますから。宮様のこと、よくよく見ておいてくださいね」

「はぁーい」



 忙しそうだから、ビデオ通話はそれで終わり。


 私とアノ人が玄関先まで見送る中、子瑛さんもすぐに出かけて行った。



「……ふん。龍脈を探せと言っておいたというに」

「え?」



 独り言のように呟かれたアノ人の言葉に、思わず顔を上げてアノ人の方を見る。アノ人は、夕暮れ時のあの一瞬だけに訪れるような紅色のひとみでお城がある方角を見ていた。


 ……大丈夫、だよね?


 せっかく子瑛さんが大丈夫って落ち着かせてくれたのに、再び不安が夕暮れの後にくる夜の闇のように心を侵食していった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る