おにはうち ふくもうち

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 ◇◆◇◆






「うーん」



 あの世一歩手前の所まで行った例の件は、日々の忙しさにあっという間に過去のものとなっていった。


 もーいーくつねーるーとーの時期からおにはーそとーの時期がやってきた。


 子供生活をエンジョイしている私も、仮御所となっている南のお屋敷で旧暦の大晦日の晩、つまり節分の日に大儺たいなの儀をするから一役買って欲しいと帝様直々にお仕事を依頼されてしまったのだ。


 この儀式の流れは実家の浅葱神社でもやってるから大体分かる。この容姿からして、鬼を祓う主役である方相氏ほうそうしと呼ばれる人についてまわる侲子しんしと呼ばれる人達の役だろう。振り太鼓を振りつつ、鬼やらいと言ってまわるのがお仕事。豆まきもその後するらしい。


 ただ、困ったことが一つ。


 正真正銘本物の鬼である奏さまとお知り合いになれた今、前みたいに鬼は外と声に出すどころか心の中でも思っちゃいけない気分になってしまうのだ。


 この間だってとってもお世話になったのに、これでは恩を仇で返すようなもの。


 さてはて一体どうしたものだろうか。



「おいおい、どうした? 難しい顔して」

「あ、かいと。……あのねー」



 通りがかった海斗さんに今の私の大いなる悩みを話すと、海斗さんも腕を組んでウンウンと頷きながら聞いてくれた。


 海斗さんはうーんとしばらく天井を見て、ハッと何かを思いついたように顔を明るくさせた。それからニィッコリと笑って私の方を見てきた。


 私は悟った。


 相談する相手、間違えたよね。うん。

 







「だからな? ここをこーして、な? やるんだよ」

「えー!」

「おい、なにやってんだ?」

「「げっ」」



 徹夜につぐ徹夜で書類仕事を片付けていた夏生さんが丁度お風呂から上がって部屋へ戻る所にかち合ってしまった。


 徹夜明けの夏生さんは非常に凶ぼ……んんっ。怖い。その徹夜が横に座ってる海斗さんと綾芽がまめに書類を提出しないことで発生したものならなおさらだ。当社比ならぬ私比で三割り増しで怖い。


 ちなみに綾芽はというと、普段は街の見回りに出かけるのに大層時間をかけるのに、今日はいの一番に出て行った。ほな、行ってくるわと言っていた時の笑顔は輝いていた。確信犯だ。



「え、あ、べ、ベツニ?」

「あ゛ぁ?」



 これで街の平穏を守る一部隊の長だ、なんて詐欺だ。ヤのつくご職業の人と並べても遜色ない。


 けれど、そこはさすが、海斗さん。慣れてる。慣れていいのか分からないけど、声が裏返ってしまったけど、慣れてる。



「こ、こいつが陛下に任された仕事の内容がいまいち分からなかったって言うから教えてやってたんだよ。ほ、ほら、毎年見てるから、俺達」

「……面倒ごとは起こすなよ?」

「お、おう」



 極限に近い眠さから飢えた獣のような目で睥睨されれば、コクコクと頷くしかない。顔振り人形もびっくりなスピードだ。


 夏生さんはジッと私の目を見て、それからもう何も言わずに部屋に戻って行った。


 

「行ったか?」

「……ん」



 ふぃーっと背伸びして上半身だけ縁側に寝転がる海斗さん。


 海斗さんが足をつけている地面には、さっきまで書いていた図がグリグリと証拠隠滅を図られている。何を隠そう南のお屋敷の簡単な見取り図だ。



「今日は何時から南に行くんだ?」

「もうそろそろかな?ひさしぶりにおひるごはんもいっしょにたべようって、みかどさまがいってたって」

「ふぅーん」

「かいとたちはー?」

「俺らは夕方じゃねーかな?あんまり早く行っちまうと、屋敷に入る人数にも限度っつーもんがあるだろ」

「そっか」

「んじゃ、さっきの復習するぞ。……覚えてられるか?」

「だいじょーぶ。わたし、やればできるこ」



 そうこうしていると、玄関の方から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


 ……南の葵さんに茜さんだ!



「あっ!いたいた!」

「雅ちゃん、お久しぶりー」

「んん?……げっ」



 葵さんと茜さんの背後にもう一人いるのを目ざとく見つけた海斗さんは、素早く地面の図を消し姿勢をただした。



「随分と暇があるようだな」



 南のお屋敷のボスにして、西のお屋敷のボスでもある鳳さんだ。綾芽と海斗さんの天敵でもある。


 秋口に病院に入院するほどだった怪我も大分良くなっているみたい。良かった良かった。



「そんな暇があるならうちに来て馬車馬のように働いてもらおうか」

「いやいやいや!今日は非番なだけだって。な?雅」

「ん。かいとはね、きょうはおやすみなの。だからわたしがはなしあいてになってあげてた」

「あげてた?……そーいうことだよ!」



 海斗さんは、いいから話を合わせてっていう私の目配せにちゃんと気づいてくれた。助かったとばかりに胸を張って鳳さんに言い返した。



「まぁ、いい。準備はできているか?」

「あい」

「陛下がお待ちかねだからね。行こっか」

「はーい」



 どっこらしょっと。


 茜さんが伸ばして来た手を掴んで立ち上がった。ちゃんと自分の足で地面に降りたというのに、茜さんは手を離そうとしない。それどころかもう片方の手まで差し出して来た。


 んん。抱っこですか?


 うーん。お正月太りが改善されてるといいけど。


 という内心の葛藤は茜さんの期待のこもった眼差しと、楽ちんできるという某保護者に似てきた考えによって霧散した。



「おもくないですか?」

「んー?ぜーんぜん。それに、雅ちゃんが仮に重くなるってことは、成長してるってことでしょ?美味しいものをたくさん食べられてるって、嬉しくなることはあっても嫌になることなんかないよ」

「んまっ」



 なんて大人の鑑的なことを言ってくれるお方なんですか。子供心にグッときました。子供じゃないけど。


 お礼にほっぺスリスリしちゃおう。マシュマロぞ?我、魅惑のマシュマロほっぺぞ?ふふっ。子供のほっぺってどうして気持ちいいんだろうね?


 思わず笑みがこぼれる茜さん。



「あ、ずるい」

「へっへー。いいだろー」

「おい、じゃれ合いは屋敷に戻ってからにしろ」

「「はーい」」



 双子らしく重なる返事を聞いた鳳さんは門の方へ踵を返した。その背を葵さんと茜さんは小走りで追いかける。



「じゃーさきにいってまーす」

「おぅ。しっかりやれよ?」

「あい」



 海斗さんの姿が見えなくなる前に敬礼ポーズで挨拶して、四人で正門をくぐった。駐車場に停めてあった車に乗り込み、私達は東のお屋敷を後にした。







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