うちはうち よそはよそ

1


□ □ □ □



「雅、実家には戻らなくていいのか?」



 机で何か書き物をしていた夏生さんが手を止め、綾芽の膝の上でボーっとしている私の方を見てきた。



「ん? んー。もうちょっとだけぇー」

「……おい、どうした?」

「んー」



 美味しいお節料理にお餅はお腹いっぱい食べたし、優しいオジサン達にはお年玉代わりにとお菓子をもらえた。ちなみに瑠衣さんからは洋服和服問わず大量に服が送られてきて、それを持ってきてくれた黒木さんからはお店の無料券をたくさん頂いてしまった。ちなみのちなみに、無料券はたまたま傍にいた薫くんがうらやましそうに見てきたから、何枚か一緒に行こうという意味合いで分けっこしてあげた。


 そんなわけで、一年のうちいそがしい中にも嬉しさもあるのがこの正月明けるまでの日々なのに。


 最近、なんだか夢見が悪い。その上、しっかりと睡眠時間を取っているはずなのに、異様いように眠たい時がある。そういう時には決まって同じような夢を見ている。起きた時にはあまりはっきりとは思い出せないけど、女の人がいた、気がする。


 そんな妙に居心地が悪い気分もあいまって、いつも以上に誰かにべっとりと張り付いていた。


 今も膝の上で無意味にゴロゴロする私のひたいに、後ろから綾芽のひんやりとした手が伸びてきた。



「熱はないみたいやなぁ」

「んー」



 熱じゃないんだよなぁ。そもそも、私そんなに体調くずすとかいったことないし。元気なのが取りだってひぃおばあちゃんが言ってたくらい。



「巳鶴さんにてもらうか?」

「だいじょーぶ」



 巳鶴さん、実家のお手伝いで忙しそうだから。


 私も神社の家の子だからよく分かる。年末年始の忙しさ半端はんぱない。この国の宗教観念について、皆と膝詰ひざづめして話し合いたいくらいの忙しさだもん。



「どないしたん? まさか、どっかでひろい食いでもしてへんやろなぁ?」

「してないよぅ」



 いつもだったら失礼な発言をしてきた綾芽の胸をボコボコとたたいてやるところだけど、その気力も起きない。


 そんな私に不審ふしんげな二人分の視線が飛んでくる。



「なにか心当たりはあんのか?」

「んー。……ゆめに、おんなのひとがでてくるんです」

「夢に女?」

「あい」



 なんだろう。

 口にした瞬間、今までぼやけていた姿がみょうにはっきりと思い出されてきた。



「おんなのひとが、ないてて。たくさんきものきたひとで。あいしていたのって」

「……なんや、穏やかな話じゃなくなりそうやなぁ」

「茶化すな。それで? その女はどうしたんだ?」

「わたしがいえばいいよっていったら……もうおそいのよっていって、きえちゃった」



 不思議なのは、女の人がどう見てもアッチ系の存在なのに、怖いという感じが全然しなかったこと。通常時の私なら即失神ものだというのがいなめないにも関わらず、あまつさえ言葉までわしている。


 ぼぅっとその時のことを話す私とは対照的に、二人の顔がみるみるうちに強張こわばっていく。



「怖いって感情を持たなかったなら、悪いもんじゃねーんだろうが……良くはねぇな」

「今は平気いうても、今後どうなるかなんて分からへんし。夏生さん、どないします?」

「どうするったって……こいつの父親に出てきてもらうのが一番だろ」

「そやなぁ」



 私のあずかり知らぬところで、アノ人を呼びだす算段が着々と進められていった。



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