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 社務所ではなく、住居の方に通された私と巳鶴さん。


 前を歩く春道さんの後ろをついて回り、最奥に近い一部屋に通された。きちんと床の間まである和室で、その床の間の上部には神棚が祀られている。



「鏡餅はこちらへお願いします」

「はい」



 春道さんが手で指した床の間の前で巳鶴さんが腰をおり、持っていた箱からお餅を取り出して重ねていく。あっという間によく見る形の鏡餅の完成だ。



「今、お茶を用意しますね。ちょっと待っていてください」

「あ、いえ、もう戻るので……あぁ」



 巳鶴さんの言葉を最後まで聞かず、春道さんは部屋を出て行ってしまった。


 追いかける形の巳鶴さんの手がだらんと力なく降りた。



 そういえば、なんでみんなここへ来るのを嫌がってたんだろう?


 綾芽も薫くんもしっかりはっきり嫌だなぁーって顔に出てた。面倒くさがりの綾芽はともかく、薫くんまで。


 だから何かあるのかなぁって思ってたけど、今のところ、坂がちょっと大変だったのと、変な神様がいるってことくらいしか……もしかして、あの神様が原因? 変な神様っていうのに、私が慣れすぎちゃった? アノ人とか、アノ人とか、アノ人とか、オネェさんとかで。



「半分正解で半分外れですよ」



 おぅ。いつもながら、心の中の自問自答に答えが返ってきたぜぃ。


 知ってますとも。心の声ならぬ普通の声になってたんですね? えぇ、知ってます。


 それでそれで? 答えはなぁに?



「ここ、私の実家なんですが」

「なんと」



 ここ、巳鶴さんの実家なの!?


 巳鶴さんてば、私とおんなじだったんか!



 それはそれなりに驚くべきところだったんだけど、巳鶴さんはそこを掘り下げる様子は全く見せてくれなかった。



「ここの神様は、先程お会いしたあの方は、酷くマイペースというか、世話されたがりというか、とにかくお世話が大変で。さらに自分も世話される側なのに、幼い者に異常なまでに構いたがるので、それを止めるのに骨が折れるんですよ」

「あ、あぁー」



 見た目お兄さんなのに、中身お爺ちゃんって感じ?


 たまにしか来ない孫が顔を見せに来て楽しくて仕方ないって感じは確かにあったなぁ。



 鳥居であった時のことを思い返し、その言葉にうんうんと頷く。



「綾芽さん達も役目柄、幼い頃からここへ来ていましたからね。苦手なのでしょう」



 確かに。綾芽達が実質0距離な神様と仲良くしてる絵面が思い浮かばない。よくて頬ずりされて迷惑そうにしている薫くんの顔だ。



「貴女が、その、彼らのような神様に慣れているかといえば、それはない、とは言えませんが」

「うっ」



 巳鶴さんが言いにくそうに言葉を選びつつ口にしたことに、私は言葉を詰まらせた。



 そこは嘘でもちょっとは否定してほしかったなぁ。


 関わってきた神様の中でまともだったのって、正気を取り戻した例の温泉郷の土地神様くらいのもんだろう。アノ人はあぁだし、オネェさんもオネェさんだし、千早様は……だし。


 普通が一番難しいって誰かが言ってたけど、それはどうやら神様界にも適用されるようです。



「お待たせしました」



 春道さんがお盆にお茶とお茶請けのお饅頭を乗せて持ってきてくれた。


 ちなみにお饅頭は瑠衣さんのところのやつらしい。今日も今日とて美味しそうなお饅頭に口の中がすでに受け入れ態勢万全とばかりにヨダレが……あっ。


 春道さんが準備を終えるまでそわそわと身体を揺らし落ち着けない私の服の裾をそっと巳鶴さんが引っ張ってくる。



「さぁ、召し上がれ」

「あいっ」



 いただきますと手を合わせ、両手でお饅頭を持って口へ運んでいく。


 一口、二口と無言で食べ進める私をじっと見るお二人さん。



「……おいし」



 ニカッと笑って見せると、二人は確かによく似ている顔で笑った。



「お口に合ったようで良かった」

「るいおねーちゃまのところの、ぜんぶすき」

「そうですか。なら、準備しておきますから、またいらっしゃい」

「あい」



 うーん。もうちょっと食べたいなぁ。まだお腹入るなぁ。



 もう一つ、ダメですか? と、おねだりすると春道さんはどうぞと爽やかな笑顔で言ってくれた。


 巳鶴さんの親戚?のせいか、血のなせる業か、春道さんも線が細い。巳鶴さんほどではないけれど色素が薄く、目の色も茶色がかっている。いわゆる薄幸の美青年だ。



 が、顔が良いのは綾芽達で見慣れている。


 重要なのは、お菓子をくれる優しい人か否か。お菓子をくれても怪しい人じゃないか否か。


 春道さんは見事、私の大好き人物帳に名を連ねた。



 お茶とお饅頭を満足いくまで堪能し、私達は東のお屋敷に帰ることにした。


 堪能しすぎて遅くなった私達を心配した薫くんが電話してきたっていうのもある。



「長居してしまってすみません」

「いえ。雅ちゃん、またおいで」

「はーい」



 鳥居の向こうまでということで春道さんもお見送りに出てきてくれた。


 神様は……うんうん、いないね。ちゃんとお仕事してるのかな?



「ばいばい」



 春道さんに手を振って神社に背を向けて巳鶴さんと歩き出した。



「雅」



 名を呼ばれ、声のする方、鳥居の上の方を見上げると、神様が鳥居に腰かけていた。


 神様は湯気の立つ湯呑を両手で持ち、薄く口元を上げてこちらを見下ろしてくる。



 ありゃまぁ。お仕事してるかと思ってたのに。



「なんですか?」



 いつの間にか夕日が空を赤くしていて、その色が神様の背後から私の目の中に入ってきた。そのせいか、神様が、笑っているはずの神様が、ちょっぴり怖い。


 それを気取られまいと声をいつもより大きく張り上げた。



「お前はどれを選ぶのだろうなぁ?」

「え?」

「……いや。なんでもない。気を付けて帰れ」



 冷たい風がサッと吹いたかと思うと、神様はもうそこにはいなかった。



「雅さん」

「……かえろ」



 ちょっとでも不安に思うこの気持ちを早く落ち着かせてもらうべく巳鶴さんの手をキュッと握る。


 巳鶴さんは何か言いたげだったけど、フッと表情を切り替え、いつものように笑ってくれた。



 神様は、いつも中途半端な助言をくれる。


 本当はおおよそお見通しなのに。


 神様は懐が深くて、おおらかで、でも、時にとても意地悪なのだ。



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