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『お前はその女のことをどうしたい?』



 お母さんが毎年恒例の年末年始の忙しさによって自分に構ってもらえないからか、アノ人は若干不機嫌になっていた。もちろん顔には出ていないし、声音にも変化はない。でも、なんというか、アノ人の普段が波が一切立たない池だとするなら、今の状態は誰かに一石投じられ、波紋が広がった後の僅かに水面の揺れがある時、というのだろうか。


 勘のいい夏生さんもそれを感じ取れたのか、簡潔に今の状況を説明し、対応策を求めた。


 綾芽の膝の上で身体を丸める私の方をジッと見つめてきたアノ人はおもむろに片手を伸ばしてきて、何かを引きはがすような動作をした。



『これでしばらくの間はお前が望まぬ限り夢には出てこないだろう。ただ、ここにいる以上、その女はまた出てくるだろう』



 そう言って、アノ人は踵を返した。


 あちら側に帰る寸前、言い残したのが、あの夢の女の人を私がどうしたいか、だった。



「で? どうすんだ?」



 アノ人が帰った後、夏生さんが組んだ腕をそのままに、こちらに顔を向けてきた。慣れていればそうでもないけど、なかなかに怖い顔をしている。心配事で眉を顰めている夏生さんは近所の子に会うともっぱら泣かれているというのが門番当番になったおじさん達からの情報だ。


 関係ないことを考えているのがすぐに分かったのか、夏生さんは片眉をピクリと上げた。



「なんかその女に覚えはあるのか?」

「うぅうん。ない。……でも、なんでかな。このひとをたすけてあげたいっておもった」

「助ける? バカ言え! お前、もう少しでとり殺されるかもしれなかったんだぞ!?」



 海斗さんが声を荒げて私の頭を小突いた。


 見回りから戻ってきた海斗さんはそのまま夏生さんに報告に来て、この話を聞いたというわけだ。



 とり殺されるっていうのは言い過ぎだと思うけど、体調が万全でないことは確か。でも、こんな風に心配されてるっていうのも気恥ずかしいけど、ちゃんと分かってる。意外と海斗さんってば心配性なのだ。


 それでも、だ。



「びょーいんのときもそうだったけど、やっぱり、ないてるひとはほうっておけないんだぁ」

「だからってなぁ……ったく」



 海斗さんが舌打ちして頭の後ろの方をガシガシと掻いた。物事を白黒はっきりつけたがり、明瞭さを求める快活な彼にとって、この状況は酷く気に障るのだろう。


 ごめんなさいと謝ることはできても、きっと口だけのものになってしまうから、やめておこう。悪いとは思っていても、結局やめる気がないなら一緒のことだもの。


 そうこうしていると、また段々とまぶたが重たくなってきた。


 顔を猫のように擦ると、綾芽が背中に手を回してギュッと抱きしめてきた。



「なにかあったら、すぐに呼ぶんや。ちゃぁんと起こしたるさかい」



 海斗さんも夏生さんも綾芽も、私のことをまだまだ修行が足りないヤツだと思ってるかもしれないけど、私だってちゃんと成長している。人一人救えなくて何が神様か。


 それになにより、私が多少無鉄砲なことをしても、ここにはそれでも助けてくれる人がたくさんいる。だから私は自分が好きなようにどうしたいか“選べる”んだ。



 トントンと背を優しく叩く彼によって、私はいつもよりも穏やかに意識を飛ばしていった。




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