5



 イテテと打った膝小僧ひざこぞうと顔をで回しながら裏庭に続く

縁側えんがわまで来た。


 いつのまにか豆を放り、くりを放っていた海斗さん。

 どうやら全ての鬱憤うっぷんを餅にぶつけていたようです。



「かいとさーん。かおるくんがはやいっておかんむりですよー」

「うりゃあ! おし、次! ……なんか言ったか、チビ」



 聞こえていなかったようで、早々に次の餅をつきあげていた。


 そりゃああんな大きな声で掛け声かけてたら聞こえないだろうな。



「かいとー! かおるくんがはやいってー!」

「……ったく、薫のやつ、俺をなんだと思ってんだよ」



 仕方ないよ、それが薫くんだもん。


 手を止めた海斗さんが、肩にかけていた手ぬぐいであせれる顔をぬぐいながらこちらにやって来た。



「確かに結構なスピードですから、厨房ちゅうぼうがおいついていないのでは?」

「うん。かおるくん、あやめにおこって、あやめがかいとにいえって」

「あいつ! ほんっと!」



 ドサッとあらく縁側に腰かけた海斗さんは後ろ手に手をつき、厨房の方を苦々しくにらんだ。



「海斗」

「あ゛?」

「あ゛ぁ?」

「あ、あぁ、夏生さんか。なんだ?」



 あぁ、お馬鹿。

 いくら不機嫌だからといって、夏生さんを睨みつけるとは何事か。


 夏生さんにすごみ返され、海斗さんはついていた手を離して折り目正しく夏生さんに向き直った。

 夏生さんはフンと鼻を鳴らし、手に持っていた書状を海斗さんに突きつける。

 海斗さんはその書状を受け取り、パサリと開いた。目が右から左へと動くにつれ、顔がどんどん怖いものに変わっていく。



「かいとー?」

「……そうだ!」



 胡座あぐらをかいている足にそっと触れると、海斗さんはしばらく黙って私を見ていた。かと思いきや、何かをひらめいたようで大きな声を上げた。

 すると、何を察知したのか、夏生さんと巳鶴さんが顔をしかめた。



「海斗。お前、ロクでもねぇこと考えてんじゃねーだろーな」

「その子を巻き込むなんてこと、許しませんよ」



 両方から責め立てられ、海斗さんはウッと声を上げた。


 ダメだよ。そんなんじゃ。

 その通りですって言ってるようなものじゃん。



「なぁ雅ぃ。お前は手伝ってくれるよな?」

「ん?」

「海斗っ!」

「なぁ雅ぃ。さっきのすっげー痛かったけどよ、手伝ってくれたら水に流してやるからさぁ」

「んー」



 その件を持ち出されると弱いなぁ。

 不可抗力とはいえ、やっちゃった私は立派な加害者だ。



「頼むっ! このとーりだっ!」

「んー」



 くるっと体の向きを変え、深々と土下座どげざまでされてしまった。

 ここまで来ると怒っていた夏生さんと巳鶴さんも何も言わない。あきれてモノも言えないっていう方が正しいのかもしれないけど。



「わかった。いーよ」

「おっし! 神様ありがとうございますっ! ……ってお前もそうだったわ」



 海斗さんは天に向かっておがんだ後、ソレを思い出して私を見下ろした。


 大丈夫。私もたまに忘れるから。



「なにすればいいの?」

「ん? なーに。お前はいつもみたいにニコニコしてりゃいい」

「そうなの?」



 なーんだ。簡単じゃん。私、いつも笑顔よ。



「……バレた時は知らねぇからな」

「あっ。そんな殺生せっしょうな。助けてくれよ。可愛い可愛い部下の一大事だろ?」

「ほー。よく言うぜ。俺が可愛いと思うのはきちんと真面目に働くヤツのことだ。そんなに言うなら年明けの書類整理、山ほど手伝ってくれんだろうな?」

「いやー。それとこれとは話が別なような」

「ふざけんな!」

「いてっ!」



 海斗さんは夏生さんから鉄拳制裁てっけんせいさいを食らい、自分で頭をよしよしと撫で始めた。


 そんなに毎回ふざけるからその度毎回怒られるのに。

 学習しないヤツは嫌いだって、前に夏生さん、言ってたよ。



「綾芽さんもそうですが、なにより御父上に話が行った時は、貴方、たたられますよ?」

「だぁいじょうぶだって! そん時は雅が取りなしてくれるもんなぁ?」

「ん?」

「なぁ?」

「う、うん」



 海斗さんの笑顔の圧力が逆に怖い。


 ……そんなアノ人に祟られるようなことなの?

 私、早まっちゃったかなぁ?


 その後、夏生さんと巳鶴さんから、契約書関係はよく読むように、人の話は最後まで内容を把握はあくしてから返事をするようにと懇々こんこんと話を膝詰ひざづめで聞かされた。


 ようするに、私、早まっちゃった、と?

 そういうことですか。そういうことですね。……反省。



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