3



 裏庭に行くと、海斗さんと劉さんを中心として準備が着々と進められていた。



「みやび」



 名前を呼ばれて後ろを振り返ると、子瑛さんが餅のもとになるいたお米が入ったボウルを持って縁側に立っていた。


 少し視線を下にずらすと、なるほど。


 子瑛さんのものと思しき草履ぞうりが誰かにられて沓脱石くつぬぎいしから落ちてしまっている。


 駆け寄ってその草履を沓脱石に並べて乗せた。



「ありがと」

「どーいたしまして」



 初めは会話しているとウサギのように落ち着きなくいられたものだけど、最近はそうでもない。ごくたまにヒッとよく分からない声を出されるだけだ。それはそれでせないけれども。



「雅さん」



 これまた名を呼ばれ、その声の主を目で探す。


 巳鶴さんが自分の居室でもある離れから顔を出し、こちらに向かって手招いていた。


 準備をしている人達の邪魔にならないように回り道をして巳鶴さんの傍に駆け寄った。



「寒いので、これを羽織はおっていてください」

「ん? ふぉー! あったかい!」

「瑠衣さんが持ってきてくださったので、後でお礼を言っておきましょうね」

「あい!」



 肩掛けにもなるような真っ白の大きなポンチョには可愛いボンボンもついている。


 そういえば、温泉に行ったときの洋服も買ってもらったっけ?

 あいやー。今度本当に一回ちゃんとお礼しとかなきゃ。



「ふふっ。とても可愛いですよ」



 巳鶴さんがそう言いながらスマホのカメラを向けてくる。思わずVサイン。



「おい、雅ぃー。準備できたぞー」

「はーい!」



 今度は海斗さんから呼ばれてしまった。


 ふぅ。今日はなんだか引っ張りだこだ。でも、この感じ、悪くない。


 巳鶴さんにバイバイして、きねを持ってスタンバイしてる海斗さんの元へ戻った。


 服のそでをまくりあげると、ビューっと吹く風が冷たい。


 でも、我慢だ我慢。美味しいお餅を作るためだもの。



「ほい、ここに立って」

「ん」



 海斗さんがうすと自分との間に置かれた白木の台を指さした。


 そうだね、身長届かないもんね。

 いるわ、台。さすが。分かってるー。


 海斗さんに腕を取られ、台の上に上った。合いの手には池上さんが入ってくれるらしく、臼の前に片膝かたひざをついてスタンバイしている。



「杵持って。いいか? いち、に、で、こうだぞ?」

「はーい」



 いちが杵を下ろして、にであげるのね。オッケーオッケー。了解です。


 さぁ、頑張りましょー!



「じゃあ、行くぞ。せーの!」

「いーちっ……ととっ」

「いっ!」

「あ、ごめん」



 杵を思い切り振り下ろした時、バランスをくずしたせいで後ろに立ってくれていた海斗さんの体のどこかに当たってしまったらしい。


 後ろを振り返ると、海斗さんがうずくまって悶絶もんぜつしていた。



「だ、だいじょーぶ?」

「……」



 み、みぞおちとかに入っちゃった?


 海斗さんは声をあげず、近くにいた劉さんに向かって手を伸ばして助けを求めた。すかさず救出に入る劉さん。


 杵を両手で抱え、恐る恐る様子をうかがっていると、巳鶴さんを連れた子瑛さんが戻ってきた。



「……可哀想ですが、どうすることもできません。自力で治してください。そんな至近距離で無防備にぼーっと立っていたのが悪いんですよ」



 巳鶴さんはそう判断を下して、台の上で立ち尽くす私に視線をよこした。



「海斗さんはしばらく使い物になりませんので、気にせずに続けてください。厨房で薫さんが待っていますから」

「あ、あい。かいとさん、ごめんなさい」



 一応やらかしてしまった自覚はちゃんとあるので、ぺこりと頭を下げて謝っておく。


 クルッと前を向きなおし、続きをつくべく杵を再び振り上げた。


 しばらく餅をつき続け、池上さんが私が疲れただろうからと少し休憩を挟んでくれる。


 その合間に後ろを振り返って海斗さんの様子をうかがった。

 劉さんによって避難させられた海斗さんは縁側でゴロリと横になっている。


 痛い? 痛いよね?

 本当は力を使えればいいんだけど、使わないようにするって奏様達と約束してしまった私には何ともしがたい。


 そこに夏生さんへの報告が終わったようで、ふわぁっと欠伸あくびをしながら綾芽が通りかかった。



「……なにしてはんの?」

「うぅー。何も聞くな言うな」



 海斗さんを指さした綾芽に、海斗さんからのうめき声がかかる。


 傍についていた劉さんも海斗さんの言葉を受け、綾芽に言うようなことはしなかった。



「チビ。まだぁー?」



 今度は厨房の方から歩いてきた薫くんが顔を覗かせた。


 薫くんは寝転がる海斗さんを見つけ、途端にムスッとした顔へとかわった。つかつかと大股おおまたで海斗さんに歩み寄り、劉さんが止める間もなく海斗さんの背中をり上げた。



「みんな仕事なり準備なりしてるっていうのに、あんたは寝転がって昼寝? いいご身分だね」

「……ひでぇー」

「は?」



 綾芽と薫くん以外の一連の流れを知っている皆は、そろって海斗さんに憐憫れんびんの眼差しを送っている。



「ごろごろねてるんじゃないよー。かいと、わたしがこれでやっちゃったの」

「杵で? 避けなかったの?」



 胡乱うろんげに海斗さんを見下ろす薫くん。


 その視線に、海斗さんは心外なと声を張り上げた。



「先が来ると思ったら柄の方が来たんだよ! しかもフルスイングで!」

「はぁ? どんな状況になったらそんなよく分からないことになるのさ。でも、そんなにさけべるならもう大丈夫でしょ。働かざる者食うべからずだよ。豆持ってくるから、サヤ取りして」

「……くっそぉー」



 薫くんは言いたいことを言い終えてスタスタと去っていった。しかも、ちゃっかり海斗さんに新しく仕事を押し付けている。


 しばらくして戻ってきた薫くんの手にはさっき言っていた豆と、ついでとばかりにくりが入ったボウルがあった。ついでにこれもやれということらしい。


 食に関してこの東の屋敷で絶大な権力を誇る薫くんに逆らえば、東で食にありつけることはまずない。


 それが分かっている海斗さんは悪態をつきながらも渋々しぶしば豆のサヤ取りにいそしみ始め、その横で巳鶴さんと劉さん、子瑛さんも手伝いをかって出た。ちなみに綾芽は見回り帰りだということで免除のお許しが出されていた。



「……じゃあ雅ちゃん、そろそろやろうか」

「あ、はい!」



 池上さんに促され、私も再び餅つきに戻った。


 それからつくこと、五分少々。

 海斗さんという犠牲者ぎせいしゃが出ることには出たけれど、餅自体はその名の通り、モチモチした美味しそうなものが出来上がった。


 じゅるりと出るよだれを手でぬぐい、ボウルに移し替えてもらって厨房で待つ薫くんの元へ走った。



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