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 案の定、門の手前で門番さん達と話し込んでいた一行の中に綾芽がいた。



「あやめっ!」



 私の声に綾芽が気づき、こちらを振り向いた。私の姿を認識すると、綾芽の目が大きく見開かれていく。他のおじさん達も皆おどろいていた。


 まぁ、いつ帰るとか言ってなかったから、驚くのも無理はないかもしれない。



「みんなもおかえりーっ!」



 手前にいた白戸さんの足に横からしがみついた。



「えー」



 私が駆け寄ってきたから手を広げてスタンバイしていた綾芽の手は行き場を失い、スルスルとゆっくり落ちていった。



「綾芽さんでなくていいのか?」

「え、いいよ。だって、これがさいごじゃないんだもん」

「ほぉー。言うやん」



 これが最後の別れの時ですっていうなら考えるけど、そうじゃないなら近くの人に行くよ、私は。

 だって、みーんな大好きだからね。

 そのうえ白戸さんはお菓子もくれるから……好き。



「……あ、そうだ。おかえり!」

「おぅ」

「ただいま」

「雅もな!」

「あっ! そっか! ただいまっ!」



 いってきます、いってらっしゃい、ただいま、おかえり。


 どんな時でも大事にしなきゃいけない挨拶あいさつだ。


 私が来たばかりの頃は全然だったのに、言い続けたおかげでみんなもちゃんと返してくれるようになった。


 私の教育の賜物たまものだね。私ってばえらい。


 この後、餅つきすることを伝えようと口を開いた瞬間、ビュッと強い風が一陣吹き荒れた。


 綾芽の髪を結んでいた組紐くみひもがほどけ、風に連れていかれそうになったのをすんでのところで綾芽が取り返す。



「あかん。寒いわぁ」



 綾芽が顔にかかる髪をはらっているのを何とはなしに見ていると、フッと違う人の姿が綾芽に重なって見えた。


 女物の着物を着た、そう、何枚も重ねて着る十二単の……この前見た夢の中に出てきた女の人みたいな。



「どないしたん?」

「えっ。あ、ううん」



 前に綾芽、お母さんに間違われた時、すっごい怒ってたからなぁ。女の人に見えたなんて、言えない、言えない。


 でも、なんで重なって見えちゃったんだろう? 眠くもないはずなんだけど。


 ゴシゴシと目をこすってみるけれど、あんまり意味はないと自分でも分かる。


 綾芽、下ろしてると腰の辺りまで髪があるから、それかなぁ?


 ずっと綾芽の方を見ていると、何を思ったのか、綾芽が私の身体を抱き上げた。



「あー、やっぱぬくいわぁ」

「むぅ。カイロじゃない」

「えーやん。えーやん。……ん? 自分、ちびっとばかし重ぅなった?」

「……おりる! おろしてっ!」



 薫くんや桐生さんのご飯食べてた時だって太ってなかったのに!


 絶対、毎日のお茶会のせいだと思うんですのよ! 


 だって、そんなにぐうたら生活してたわけじゃないからね。ちゃんと修行してたからね。


 だから吾妻あづまさん、その服のたもとから出しかけたお菓子をそっとしまうのやめてぇ!


 綾芽の腕を押しのけようと格闘かくとうしていると、玄関先から誰かが出てくる音がした。雪駄せったみょうに軽快な音からして、音の主の心の余裕具合が見て取れる。



「おい、うるせぇぞ」



 着物の袂に両腕を突っ込み、肩に綿入り半纏はんてんをかけた夏生さんだ。

 年末にかけて必要な書類仕事は終わらせたらしく、後は各見回りの報告書作成くらいらしい。それは確かにわざわざ軒先のきさきまで出てくる余裕もでてくるだろう。


 そんな夏生さんがクイッとあごを裏庭に向けて動かした。



「もう海斗が準備始めてるぞ。行ってこい」

「あい!」



 それは大変!

 私は餅も食べたいけど、餅つきもしてみたい!


 より一層綾芽の腕を押す手に力がこもるというものだ。



「じゃあ、自分も」

「おいおいおい。なーにが自分も、だ」



 クルリと身をひるがえした綾芽の服のえりを夏生さんが容赦ようしゃなくつかんだ。綾芽がたたらをむと、その手を離し、今度は片耳をぎゅっとまみ上げる。



「いててっ。ちょっ、耳引っ張るのやめてーや」

「うるせぇ。お前はこっちで報告だろーが」



 私を片腕で抱き、もう片方の手で夏生さんの手を払おうとする綾芽の手がゆるんだすきに地面に着地。


 じゃっ!と声をかけて裏庭へ駆けた。



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