新年準備は人も人外も忙しなく

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◇ ◇ ◇ ◇


  

「ひとーつ、かみさまのちからはむやみにつかいません。ふたーつ、かってにおでかけしません。みーっつ、オヤツはいちにちひとつまで。よーっつ、おさけはぜったいにのみません!」

「なんか、これを聞くと帰ってきたなーって気がするな」

「ふふん」



 鴨居かもいを見上げて私専用ルールを読み上げる私を見て、通りかかった海斗さんがしみじみとした様子でそう口にした。


 そうだろう、そうだろう。寂しかっただろう?


 東のお屋敷に帰ってきたよ、私!


 この鴨居を見上げるのもだいぶ久々だもんなー。

 えっと……もしかして、月単位で久しぶり!? 色々ありすぎて、あっという間だったからなぁ。


 本当はまだもう少し奏様のところで修行を続けるべきだったけど、やっぱり大晦日おおみそかやお正月三が日は皆と過ごしたい。


 随分ずいぶんとワガママを言って、三十日の今日、ついさっき帰ってきたというわけだ。


 大広間に置かれた炬燵こたつ目当てで色んな人がやってくるから、すぐに皆にただいまの挨拶あいさつを言い終えていく。


 後は、綾芽や綾芽と一緒に都の見回りに出かけている人達だけだ。



「……あ、いたいた。チビ、雑煮ぞうにを作るんだけど」

「つくるっ! もちつきっ!」

「まだ言い終えてないでしょ。ま、いいけど。綾芽達が帰ってきたら当番表更新してるからって言ってね。餅つきはその後だよ」

「はーい」



 薫くんに言われて毎日の日課を思い出す。


 久しぶりの当番表。

 私は今日、何に当たるのかなぁ。



「それっ」

「ぎゃっ! つめたいっ!」



 かわやへ行っていたお調子者の榊原さかきばらさんが背後から忍び寄り、私の頬に手をあててきた。手を洗った後だからか、随分とてのひらが冷えていた。


 ヒュッとなった私を見て、皆が笑っている。


 ……やったな?



「あやめがかえってきたらいいつけてやろうかなぁ」

「あっ、卑怯だぞ」

「ひきょーでいいもんねー」



 べーっとしたを出すと、榊原さんがその舌を引っこ抜こうとする。だから、慌てて口を隠した。もちろん、お互い冗談だ。その証拠に、口元は笑っている。


 そのまま榊原さんは私の体を抱き上げて炬燵の中に入ってきた。


 元々冷え性なのか、どこもかしこも冷たい榊原さんが胡座あぐらをかいた上に座っていると、今までよりもうんと寒い。



「さかきばらさん、ほんとつめたいねー」

「ん? あぁ、俺は心が温かいからな。ついでに広い」

「うっせぇよ!」

「勝手に言ってろ」



 榊原さんがニカリと歯を輝かせながら笑みを浮かべる横で、榊原さんと仲が良いおじさん達がチャチャをいれてきた。



「なんだよ。体が冷たい奴は心が温かい云々うんぬんは昔から言うだろーが!」



 それ、私も知ってる。


 自分の手をニギニギすると、ほんのりじんわり温かい。


 これって、裏を返せば私の心は冷たいってこと!?

 ……ショックー。



「お前は子供体温だから関係ねーだろ」

「……そっか」



 てっきりテレビに夢中かと思いきや、海斗さんはしっかり私の行動を見ていた。



「あ、雅ちゃん。綾芽さん達、もうすぐ帰ってくるみたいだよ」

「ほんとう?」



 障子をあけて入ってきたお兄さんが、ミカンのかごを炬燵の上に置きながら教えてくれた。それから皆が食べた皮をゴミ箱に放り込んでいく。



「もう橋のたもとまで来てるって。湯を準備するよう言っていたから……あ、ほら、帰ってきた」

「いってくる!」



 門の方から門番さんが誰かと話す声がする。

 今日の門番さんは真面目なおじさん二人だから、お互いと話すとしてもここまで聞こえるくらいの大声にはならない。きっと帰ってきた綾芽達と話してるんだろう。


 私は榊原さんの膝の上から抜け出し、玄関に走った。


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