修行は本場の土地で

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◇ ◇ ◇ ◇



 地面に等間隔とうかんかくに置かれた雪洞ぼんぼりが、暗闇くらやみをぼんやりと照らす。

 時折、そのあかりに照らしだされたうつむく女の人からすすり泣く声が聞こえてくる。


 女の人が着ているのはとても綺麗きれいで重そうな十二ひとえと呼ばれるものだ。闇の中でもつやがあると分かる黒髪を長く後ろにらしている。



「どうしてないてるの?」



 声をかけると、その女の人がゆっくりと顔を上げてこちらを振り向いた。

 その女の人の顔は目と口の部分が黒く空洞くうどうになっていて、人の顔のあるべき形をしていなかった。



「愛していたの。愛していたのよ、だれよりも。あの子を」



 口がないはずなのに、きちんと聞き取れる言葉が耳に届く。

 不思議とこわくもない。いつもだったら振り返られた時点でアウトだっただろうに。



「いえばいいよ。あいしてるって。だいすきって」



 言葉で、行動で。

 何かを伝えたいなら、その人の前で。



「……もう、遅いのよ」

「え?」



 女の人のそば唯一ゆいいつこの空間を照らしていた雪洞から光がフッと消え、私の意識もそこで途切とぎれた。



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