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◆ ◆ ◆ ◆



「つまらぬ。寝てしまいおったわ」

黄泉津よもつ大神おおかみ様。あの女童はたいそう清廉せいれんな魂を持つようです。きっと大神様のお暇をまぎらわせるに相応ふさわしい者になるかと」

「ふむ。しかし、気に入らぬな」



 見事な細工の椅子に座り、ひじをついて気怠けだるげにつぶやく大神は先程までのぞいていた水鏡を振り消した。



「何故あの者はわらわの前にここを治めていたというのに、ここではなく地獄へ行く。あそこは本来また別の、地獄の主達が管理する場ぞ。何故じゃ? 何故妾に顔を見せに来ぬ。あの女童も、辿たどり着くのはいつもあちら側ばかりじゃ」

「ならば大神様。こちらに招待してはいかがでしょう。あの女童は食事をることがことほか好きなようですから、こちらのものを振舞ってみては。他ならぬ大神様からのもてなしだと言えば、口にせずにはいきますまい」

「……妾のようにか?」

「えぇ。大神様が彼の神に食を勧められたのと同じように」

「そうか。ふむ。それもよいな。あの者が勧めてきた食事のせいで妾はここから出られぬ身となった。それくらいの意趣返しは構わぬであろ?」

「大神様が望まれるままになさればよろしいでしょう。この中つ国は本来貴女と伊邪那岐命いざなぎのみことが御創りになった国。その地に生まれたものは皆、貴女がたの子も同然。それならば、子が親に会いに来るのはなんらおかしくはないかと」

「そうじゃな。……そなた、名はなんと言ったか」

「あぁ、いえ、私のことなどお気になさらず」



 狩衣を着て大神の傍に控える男は頭から被衣をかぶり、顔が影になって隠れている。


 口元の笑みだけがその男の表情を表していた。


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