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 反省、してます。

 ごめんなさい。ほんっとーにごめんなさい!


 周りは意外と明るいけれど、それは燃えたぎるかまどの火や、鈍く光るたくさんのつるぎの輝き。そして聞こえる、数多あまたさけび声。


 ただ今現在、私達一行は綾芽たっての希望で、アノ人のセカンドハウスならぬサードハウス、地獄じごくに来ておりまーす!


 やけくそだー!



「だから言っただろーが」



 白戸さんの声が、響く絶叫ぜっきょうにかき消されていった。



「ふん。本来まだ寿命がある人間は連れて来てはならぬ決まりだというのに。貸し一つだぞ?」

「ふむ。あいわかった」



 墨染の狩衣を着たお兄さんとアノ人が何か話してる。


 ひゃっ! なんか飛んできたっ!


 お寺の本堂とかで見かける地獄絵図。

 針の山と昔話では聞いていたけれど、それでも痛そうには痛そうだけれど。


 お母さん、本物はそんななまっちょろいもんじゃなかったよ。実物はね、ふっとい剣なんだよ、剣!



「う゛あぁぁっ!」

「ちょっ、おい、保護者っ!」



 これ以上は精神的に良くないと判断してくれたのか、夏生さんがたのしげに見ている綾芽にさけんだ。


 綾芽はきっとストレスが溜まっていたに違いない。だって今の綾芽はどこかぶっとんでるもの。


 あ、劉さん!



「みやび、め、ふさぐ」

「ん。はーい」



 私だってこれ以上はごめんだから、大人しく目をふさいだ。劉さんも後ろから耳に手をあててくれた。


 聞こえるっちゃ聞こえるけど。

 やだ。安心感半端はんぱない。


 全く嬉しくない本当の意味での地獄めぐりをさせられている町長さん他数名の方々はまだ大丈夫だろうか。

 いや、大丈夫じゃないと思うけども。



「劉、いったん耳離せ」



 えっ!? 夏生さん!?

 声れてるからそのまま聞きますよう!



「いい、ですか?」

「あぁ」



 あ、あー! 私の精神安定剤!



「おい、雅。神さんとあの町長達と話つけんだろ? さっさとやっちまえ」

「イ、イエッサー!」



 と、とりあえず、別室とか元いた所に戻るとかしませんか?

 これじゃ綾芽がどうこうよりも、地獄の凄まじさを感じただけで終わっちゃう。


 いや、確かにこんな状況でにこやかに観察してられる綾芽はすごいけどもっ!



「娘。……他に誰がいる。お前だ」

「ふぁいっ」



 アノ人が元いた所に戻るための道を繋げてくれたのは気配で分かったから、私はそのまま目をつむって通ろうとしていた。


 のに。


 頭をすごい力で掴まれ、声の主の方へ振り向かされた。



「前に見た時はわらわ姿だったが、こちらが素か? ……いや、思考回路はむしろ」

「いだだだだだっ! いだいぃぃぃぃっ」



 首がっ! もげるっ!



「やかましい娘だな。もう少ししとやかにはできんのか?」

「今は無理っ! はーなーしーてー!」

「ふん」



 頭が解放されると、すぐに劉さんの背後に回った。


 とっくの昔に目から退かされた手で劉さんの服を掴み、思いつく限りの悪態をついてみる。



「まぁ、いい。どうせすぐに会うことになる」

「えっ?」



 つい劉さんの背から顔を出し、その声の主、墨染衣の男の人と目が合った。

 ニヤリと笑った男の人は、そのままふらりとどこかへ歩いて行ってしまった。


 い、意味深やめてー!



「ほら、行くぞ」

「は、はーい」



 後ろ髪を引かれまくりながら皆が通る道を一緒に辿たどり、巳鶴さん達が待つ現世へと戻ることになった。


 戻る途中でアノ人が隣にやって来た。


 そういえば、さっきの男の人、前にも会ったみたいなこと言ってたなぁ。

 コノ人なら知ってるかな?

 なにせ、本人無自覚の家族限定ストーカーってヤツだもの。



「ねぇ」

「む?」

「さっきの男の人、誰?」

「男……冥府の役人のことか。……」

「あぁ、雅ちゃん。彼に貴女と貴女の家族以外のことを聞いても無駄よ。全っ然覚える気ないから。冥府の役人ってだけでも覚えてたらすごい方よ。私のことだって、たぶん顔と名前をそろえたのは最近だと思うもの」



 オネェさんがアノ人の向こう側でケラケラと笑った。それを聞いてもなお、アノ人は平常運転の無表情。


 まぁ、違うなら違うって反論するだろうから、それもまた事実なんだろうけど。


 それってどうなのかなぁ?



「そんなに知りたいなら元老院に聞けばいいわ。冥府はどこの世界でも共通の場所だから、あの男のことも知っているはずよ」

「へー。じゃあ、戻ったら千早様に聞いてみよっと」



 それにしても、とオネェさんはチラリと後ろをついてくる集団の中にいる綾芽の方へ視線を投げた。



「彼、やる気ないですーってなまけ者の皮かぶった鬼ね」

「んふふー。違うよ。悪魔なんだって!」


 

 誰かが知らないことを自分が知ってるって、ちょっと先取りーみたいな感じがする。


 ふふっ。ちょっとした優越感ってやつだね!



「悪魔?」

「うん。皆が言ってるって。ね?」

「はい」



 隣にいてくれている劉さんに顔を向けると、少しの否定もなく答えてくれた。


 神様二人相手に自分一人。

 ものすごく居心地悪いだろうに、皆の所に行きたそうな素振りも見せず、隣にいてくれる。


 ……ほんと、こんなお兄ちゃんが欲しかったなぁ。

 もちろん、皇彼方みたいなワケ分からんお兄ちゃんは論外だとも。


 今回は地獄からの帰還きかんということでちょっと長めに歩いたけど、もうすぐというオネェさんの言葉を信じて大体一時間。


 オネェさんのもうすぐはもう絶対に信じないと心にちかった。



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