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□ □ □ □



「お帰りなさい。寒かったでしょう?」

「ううん。むしろ、熱かった」

「は? 暑い?」



 うーん。なんか字が違う気がするけど。


 旅館に戻ると、旅館の玄関の外で待っていてくれた巳鶴さんが手を広げて出迎えてくれた。


 持ってきていたのか、巳鶴さんがいつも着ている替えの半纏はんてんを着せてくれる。


 巳鶴さんてば、細いからそんなイメージあんまりないけど、背はそれなりに高いんだよねぇ。やっぱり私が着るには大きいや。



「ねぇ、そいつらどうしたのさ」



 玄関の上がりかまちに腰かけ、頬杖ほおづえをついている薫くんが怪訝けげんそうに聞いてきた。


 薫くんの視線の先では、おじさん達に肩を貸された町の人達が意識を半ば飛ばしかけている。


 おじさん達が黙って綾芽とアノ人を交互に見るもんだから、察しのいい薫くんはそれでちゃんと察せたらしい。



「ごしゅーしょーさま」



 全く心がこもっていないと思うのは私だけだろうか。


 まぁ、薫くん怖いから、いつも通り口には出さず、町長さんの前に立った。


 まだうつろな目をしているけど、シャキッとしてもらわなきゃならぬよね。


 パンッ! パンッ!


 私の渾身こんしんの平手打ちを頬にお見舞いした。


 視界の隅で神様がビクリと肩を震わせたのが見えた。



「町長さん、ここにいらっしゃる土地神様がね、人柱はもう金輪際こんりんざいいらないって言ってるの。だから、もうやめてくれます?」

「い、いくら貴方達でも、私達の風習に口出しする権利は……ひぃっ!」

「え? ……ぎゃぁっ!」

「なんで君まで飛びのいてんのさ」



 薫くんにバカにされちゃったけど、嫌なものは嫌なのよ!


 だからね、オネェさん、ごめんなさい。そして、お願いします。

 オネェさんのことは嫌いじゃないから、その尻尾しっぽを早く綺麗なお足に戻してっ!



「ふふふっ。ごめんなさい。あの場を体験して、まだりてなかったのかと思って」

「ひいぃっ」



 オネェさんが半身蛇状態のまま、座らされている町の人達の周りをグルリと取り囲み、町長さんのあごを掴んで顔を上げさせた。玄関のあかりのせいか、目が細くあやしく黄色く光ってる。


 げんかんのあかりってすごいなぁ。


 ……棒読みだよ、コノヤロー。



「ここまで神を利用して私欲を満たすやからを、同胞として見過ごすのはいかがなものか」

「……」



 割れた舌先でペロリと顔をめられた町長さん。


 ねぇ、あの、気絶してない? 大丈夫?

 せっかく平手打ちしてこっちに戻って来てもらったっていうのに、意味なくなっちゃうからさ。ほどほどに、ね? 


 決して自分がされたらって思って鳥肌ザカザカ立ってるから早く戻って欲しいとかそういうのじゃ……そういうのか。うん。そういうのだ。



「やめよ」



 いつの間にか背後に来ていたアノ人が一言声をかけると、オネェさんは動きを止め、つまらなそうにこちらに、正確にはアノ人に目を向けた。



「コレが恐れている。あと、そこにいる土地神もだ。本意ではないだろう?」

「……仕方ないわねぇ。……あーあ。久しぶりに極上の……がたくさん手に入るかと思ったのに」

「なんだって?」

「なぁんにも? あなた、よく地獄耳って言われるでしょ」

「まぁな」



 さすが夏生さん。

 私には肝心かんじんの部分が聞こえなかったよ。


 意図して小さくしたのかもしれないけど、うーん。聞かないでおこう。夏生さんの表情からして、これはヤバいやつだ。



「んんっ」



 軽く咳払せきばらいをして気を取り直してっと。


 もう一度先程と同じ言葉を繰り返そうとした時、ふっと誰かが横に並んできたのが視界に入った。



「あの」



 手を固く胸の前で握りしめ、意を決したように口を開いたのは当の土地神様だった。


 邪魔にならないようにそっと後ろに下がっておこう。やっと自分から伝える気になってくれたんだもの。



「人柱はもう必要ありません。いえ、最初から必要なかった。私がこばめなかったせいで、たくさんの人の子が天へとかえされました。そして、私はもはや堕ちかけた身。この地に留まることすら難しい」

「そ、それはどういう」

「天へ、るべき場所、高天原たかまがはらへと戻ります」

「えっ!?」



 その前に一度、元老院にびをいれねばなりませんが、と土地神様は薄く笑みを作り、私の方へ向き直った。



「あの時、私を止めてくれてありがとうございました。おかげで私は堕ちた神としてこの地をこれ以上負の気で満たすことはなくなりました」

「土地神様」

「この土地は本来とても良い土地なのです。春ははかなくも美しき桜が咲きほこり、夏は川遊びで子らの声が響き渡る。秋は山が紅葉こうように色づき、冬はこちらの温泉郷へ皆が疲れをいやしに来る。私の自慢です。どうか、この土地を、この人の子達をお願いいたします」



 神様が頭を下げているのを見て、町の人達は事ここにいたってようやく事態が飲み込めたらしい。


 口々に、「そんな」や、「お待ちください」と声が上がっていく。



「……」



 私は後ろにいる綾芽達を振り返った。

 皆、一様に首を振っている。


 オッケー。分かった。了解です。


 神様達の方に顔を戻し、ニコリと笑った。



「嫌です」



 神様はまさか断られるとは思っていなかったのか、大きく目を見開いてまたたいている。


 高天原に戻るって?

 なんでそんなこと突然言い出すのさ。


 ……あ。在るべき場所になんとかって言い出しっぺ、私やん。まずい。


 いや、そこじゃないやろってやつだよー!


 とりあえず、高天原帰還計画はぼつってことで。



「神様。本当に大切なものだったら、他人に任せずに自分で守っていくべきだと思うよ。大丈夫。だって、元老院から来てる千早様だっていたけど、何も言わなかったもの。だから、まだここにいて大丈夫。ううん。いてもらわなきゃ困るんだって」



 視線を土地神様から町の人達の方へ向けた。


 すると、ハッとした皆が一斉いっせいに頭を下げていく。



「人柱が必要ないとおっしゃるのであれば、もう二度とお供えいたしません。ですから、この地にお留まりをっ!」

「お願いいたします!」

「お願いしますっ!」



 町長さんの言葉を皮切りに、どんどん声が大きくなっていく。


 彼らの本来の思惑おもわくがどうあるかはこの際置いておいて、ここまで信仰あついのは神様の人徳、いや神徳のおかげだと思う。


 千早様から前に聞いたことがある。


 “僕達人外の、それも神籍に名を連ねるものはいつだって人間に生かされ、使われ、捨てられ忘れ去られる。神を生かすも殺すも人間次第なんだ”


 それは裏を返すと、信仰が続きさえすれば、神様は神様としてあり続けられるってことだ。


 今回、確かに人柱は昔から起きていて、残念だけどそれで命を落とした人達も少なからずいる。


 だからきっと、神様は何らかの形で責めを負わされるだろう。


 でも、今、彼らは土地神として目の前にいる土地神様を望んでいる。

 土地神様だって、本当はこの地を離れたくないはずだ。



「土地神様、高天原へ戻っちゃダメ。自分のやっちゃったことと向き合って、これからも信仰続く限り、この土地と人々を守って欲しい。ワガママかなぁ?」

「……いえ。貴女は優しくとも子供らしい残酷さもお持ちですね。以前、出雲でお聞きしましたが」

「あー! ストップ、駄目駄目!」



 これ以上はトップシークレットだから、さ。


 もう! どんなことを聞いたのか知らないけど、本当にアノ人はっ!

 帰ったら絶対お母さんに言いつけてやるから覚悟しててよね!



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