12



「……この件は後でおいおいしっかり考えるとして。で、そっちにいるのが例の堕ちかけてる神ってわけか?」



 夏生さんがあごで指した方にはこの場の状況に眉をひそめている神様がいた。


 やっぱり、心優しい神様はこの町の人達が痛めつけられているのを見て、自分のことのように心を痛めている。この人達へうらつらみを言うこともない。


 神様の元へ駆け寄って手を掴み、一緒に夏生さんのところへ戻った。



「報告します!」

「あ? あぁ」

「こちらがこの土地の神様で、人柱を受け入れていた方です。さっき、山で土石流起こそうとしていたので、オネェさんと千早様に助けてもらって、平手打ちして目をまさせました」

「は? 平手打ち?」

「大丈夫です! 謝りました! ねっ」



 神様の方へ顔を向けると、神様は困り果ててしまったようで僅かに首を傾けている。

 その様子を見て、夏生さんの目がすーっと細くなっていった。


 え、い、嫌だなぁ。ちゃんと謝ったってば!


 そして、そこに追加でとばかりに千早様が横に並んで口を開いた。



「あと、誓約書書く?とか勝手に聞いてたよね。神相手の誓約書、しかも堕ちかけてる神との誓約書なんて危なっかしいものを、まったくの警戒心ゼロで。この子、やっぱり純粋なんかじゃなくってただの馬鹿なんだって奏に教えてあげなきゃ」

「ばっ、馬鹿ではないよ! だって私、成長してる!」

「……はぁー。この脳足りんが僕の教え子だなんて、なげかわしいけど涙すら出ないよ」

「千早様、成長してる教え子にもっとやわらかい言葉をかけてもバチは当たらないと思うんですよ……うっ!」



 うぅ。酷い。児童虐待ぎゃくたいならぬ教え子虐待だ。


 私が元の姿に戻っているからか、私の方が千早様を見下ろす形になっている。


 いつもなら頭を叩かれているところだけれど、今回はそれができず、代わりに脇腹わきばら肘打ひじうちが飛んできた。



「痛い。……奏様にチクってやる」

「なんだって?」

「なんでもないです!」



 いかんいかん。

 千早様に刃向かおうなんて、まだまだ修行が足りなかった。


 ……怖かったー。



「じゃあ、僕は都に戻るから。奏にもこの話伝えておくよ」

「あぁ。すまねぇな」



 千早様は最後にもう一度私の方に一瞬目を向けてきた後、すぐに姿を消してしまった。


 ……さて。

 私も約束したことは守らねば。



「夏生さん、質問です」

「なんだ」

「この中で一番偉い人は誰ですか?」

「あ? 知らねぇよ。……おい、町長が誰なのかネットで調べろ」

「はい。……出ました、こいつです」



 そばにいたおじさんがスマホを操作して、町長だという人がすぐに判明した。

 それを覗き込み、顔をバッチリ覚えて辺りを見渡す。


 町長さんっていうくらいだからてっきり五、六十くらいのおじさんかと思えば、まだ若いおじさんなんだけど。


 ……ダメだ。いない。


 まぁ、それもそっか。町長自ら来るわけないよね。



「いないですねぇ」

「そいつ見つけてどーする気だ?」

「ん? 神様と約束させるの。もう人柱はやめるって。神様は心穏やかに過ごせるし、町の人達は人柱なんて拉致監禁らちかんきんおよび殺人っていう立派な犯罪行為しなくとも守ってもらえる。両方いい関係でしょ?」

「そいつが大人しく言うことを聞くようなヤツじゃなかったら?」



 海斗さんが矢次早やつぎばやに質問してくる。


 まだ相手と会ってすらいないのに、そんなこと考えるのも早い気がするけど。


 大人しく聞いてくれなかったら?

 私だったら、相手が折れてくれるまで話続ける、かな。一応、他の人にも聞いてみよう。



「……どうしよっか?」



 隣に立った綾芽を見上げた。



「そうやなぁ」



 綾芽が腕組をして考えていると、ツンツンと誰かが肩に触れてきた。


 後ろを振り返ると、綾芽の部下である白戸さんだった。よく飴とかチョコとかをくれる親切なおじ様である。大好き。



「雅、悪いことは言わんからやめとけ」

「え?」



 そっと耳打ちしてくる白戸さんに首を傾げた。



「いや、綾芽さんにその手の意見を求めるのはちょっと」

「どーして?」

「どーしてもこーしてもねーから。犯人可哀想だから」

「でも、未遂とはいえ、おきゅうはすえておくべきだよ」

「お灸どころかトラウマ植え付けられるんだぞ」

「……ほぅ」



 そういえば、私、綾芽が外でお仕事してるの見たことない。


 あ、いや、初めて会った時と、あのお祭りの時に見回りしてたのを見たっきりだ。


 皆が言う悪魔っていうのを見てみたい、気もする。



「バカ白戸」

「へ?」



 海斗さんが呆れ顔で白戸さんの名を呼んだ。



「チビの顔を見てみろ。そのトラウマ級の所業を見てみたいって顔してんじゃねーか」

「……え゛っ」

「……あははっ」



 いやぁ、ほんのちょっとだけだよ?

 ほんのちょっとだけ、そんな考えが頭をよぎっちゃったというか。


 ……なぜバレたし。

 また顔に出てたんか? うん、出てたんだな。しっかりしてくれ表情筋。半分アノ人にくれてやってもいいかもしれない。



「あ」



 綾芽が一人、とてもいいことを思いついたとニコニコとしている。


 こちらの会話は筒抜けだったことはおそらく間違いない。


 にもかかわらず笑みを浮かべる綾芽に、彼の部下とそれを苦々しく見ていた夏生さんは重い溜息をついていた。



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