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 そーっと上を向いてみると、ばっちり目があった。


 徐々に細められていく瞳と同時に上がっていく口角。



「この子が例の。澪ちゃんと同じ見た目で可愛いわぁ」

「は、はじめまして。みやび、です」

「あら、人見知りしないなんていい子ね」

「えっと……」



 こんな状況でこんな話をしててもいいんだろうか。


 いいわけがない。


 だって、千早様の目が段々すさんできてるもの。



「あのっ、ここにいるひとたち、たすけられますか?」



 私はアノ人の腕を掴み、ちょっとだけ顔を出した。



「え? あぁ、そうね。もう自我を失いかけて怨霊化しているの以外は」

「ぜんいんはダメ?」

「無理ね。そこは諦めてちょうだい。むしろ私が本来手を出せるのは人間と人外双方に害を与える可能性がある怨霊化してる方だけだもの。そういう決まりなの」



 千早様が呼んだと思しきお姉さんは栗色の髪を一房指に巻き付けながら肩を竦めた。



「この子が言ってることは気にしなくていいから、さっさとやっちゃって」

「はいはい。じゃあ皆さんは私の後ろにいてくださいね」



 私を抱いたままのアノ人とオネェさん、それから千早様がお姉さんの後ろに回り込む。


 それを確認したお姉さんは懐から小瓶を取り出した。



「まずは仕分け、ね」



 お姉さんが小瓶の栓をポンと抜いた。


 

「……もうだいじょーぶ。おりる」

「む」



 ずっと片手上げたままだと、結構辛いと思うし。


 それに、お姉さんが何をするのか見ていたい。



「下りたいって言ってるんだから下ろしてあげればいいじゃない」

「……だが、こんな機会滅多にない」

「つまり、下ろしたくないってわけ? んもう。この親子、まだこじらせてるの? 雅ちゃん、下ろしてあげるからこっちにいらっしゃい」

「あい」

「……分かった。我が下ろす」



 オネェさんのおかげで無事に自分の足で立つことができた私は、アノ人の後ろからお姉さんの気が散らない程度にお姉さんの手元をじっと見つめた。


 それにしても、あの小瓶は一体何なんだろう?



「さて。貴方達は何も悪くないんだろうけど、そうなってしまったら対象にだけ害が出るってわけにもいかないのよ。だから……この瓶の中で眠りなさい。恨む心すら忘れるほど永遠に」



 お姉さんが小瓶の口をつーっと撫でた。



「……あっ」



 床の扉の中から大勢の人達がその小瓶に吸い込まれていっている。


 私達の方に迫って来ていた一人まであっという間に吸い終えた後、お姉さんが小瓶の栓を固く閉めた。



「これでよし。じゃあ、後は貴女の出番よ」

「え?」

「あなたが彼女から引き受けたんでしょう?」

「え?」



 お姉さんが指をさした方を見ると、部屋の隅にあの看護師のお姉さんが立っていた。


 悲しそうに、でも、どこか期待が込められた目でこちらを黙って見ている。



「……おねえさん、わたし、こーいうのやったことないから、あってるかわからないけど」

「大丈夫よ。あなたのソレはたぶん、願い、想うだけで力になる」



 お姉さんの言葉に後押しされ、私はアノ人の後ろから前に出た。



 スゥッと深呼吸をして、ゆっくりと目を閉じる。


 助けを求めている幽霊達に私ができるのは一つしか思い当たらない。



「逝く先を 神にまかせて 帰る霊 道暗からぬ 黄泉津根の国」



 神葬祭で、亡くなった人の心を和めるために歌われている倭歌。


 うちの神社でも斎主であるおじいちゃんが何度も歌ってきたのを聞いてきた。


 本来は笏の拍子を打ちながら歌うものだけど、今はその笏はないし、お姉さんも願い想うだけでいいって言ってくれている。



 淡い光が宙にポウッといくつも現れた。


 温かくて、優しくて、幸せな感じ。



「ねのくにで、みんながかぞくにまたあえますよーに」



 淡い光は蛍のように飛び回り、やがて扉の下にまだ残っていた人達の周りを囲み始めた。


 その光に誘われ、次々と消えていく。



「りゅう!」

「ママっ!」



 看護師のお姉さんが扉の下から出てきた男の子に駆け寄って抱きしめた。


 男の子はお姉さんの姿を見るやいなやそれまでのおどおどした様子から一変し、心から安心できたようで顔が歪んでいる。


 二人の目からはたくさんの涙が流れ落ちていた。



「ごめんねっ! ごめんねっ!!」

「ママっ! あいたかったよぅ」

「もうずっと一緒だから」

「ほんとう? よかったぁ」



 泣きながら親子はお互いのおでこをコツンと合わせ、いびつながらも笑みを見せた。



 うぅ。ダメだ。私、こういうの無理。


 どんどんもらい涙があふれてくる。



「ありがとう」



 本当に、本当に幸せそうな表情で二人は手を繋いで消えていった。



 ……なんだか無性にお母さんに会いたくなってきた。



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